第七十七話 浪費
開けて天文二十三年。
二十五歳になった。
激動の一年は漸く終わり、一族家臣領民らと平穏無事に正月を過ごすことが出来た。
そして、祝い事はまとめてドーン!
と言うことで、正月が明けてからも宴会の連続である。
まずは義弟たる摂津守と、その妻・於絃の祝言披露宴。
そして、安房守や百武志摩らの祝言が続くことになる予定だ。
* * *
摂津守と於絃の披露宴は、実行部隊の石井尾張と納富越中が大いに張り切った。
一部の倉がヤバいことになっていたが、愛しい義弟夫婦のためだ。
そう思い、GOサインを出した結果がこれだよ!
「旦那様。
摂津守殿と於絃殿の為にして頂いたこと、わたくしも感謝致しております。
で・す・がっ!
城内の倉を空にするとはどういう了見ですか?!」
絶賛、奥さんに怒られています。
いやいやいや。
流石に城内の倉が空になっているように見えるのはまずいよね。
「まあ待て於与。実はこれには深い理由があってだな。」
「……聞きましょう。」
しょうもない理由だったらタダじゃ置かない。
奥さんの目がそう言っている。
ぬう。
母上はじめ、龍造寺の女は皆強いなあ。
いや、於藤や凛ちゃんもだから佐賀の女は強いの方が正解だろうか。
「旦那様?」
「ああ、うむ。」
気が逸れたら一発で見抜かれる。
浮気がバレた旦那衆はこんな気持ちになるのであろうか。
ともあれ、祝い事に感けて蔵出し万歳を実施したのは事実な訳で。
正月と言えば即ち冬。
そんな季節に蔵を空にすれば、それはもう滅亡待ったなしとも言える。
だが安心して欲しい。
城内で空になった蔵は、言わば旧蔵。
備蓄を続けた結果、古い穀物や保存物が溢れそうになっていたのだ。
それを処分したに過ぎない。
そして物を運び出した蔵は、乾燥や殺虫等のために暫く開け放っておく必要がある。
次の収穫・納入の時までに間がある、空気が乾燥しがちな冬場が適当なのだ。
更に言うと、次の祝言などで出すものもまとめて加工しているので、これ以上の浪費はない。
「と、言う訳なのだ。」
「………。」
奥さんのじっとりとした視線が何とも言えない。
真っ当な理由を付けて浪費を承認したのが少し後ろめたい。
思わず目を逸らしてしまう。
奥さんの眼力が増した気がした。
「それに、な?」
目を逸らしたまま付け加える。
「昨年までは何かと激流のような日々が続いていた。
一族は勿論、家臣領民たちにも苦労をかけていたのは間違いない。
多少贅沢な宴を催して、彼らを慰労しても罰は当たるまい?」
これは本心だ。
予め多くの物資や物流を準備し、迷惑を最小限に留めるべく努力はした。
しかしどれだけ努力しても、戦が起これば土地は荒れ、人心は疲弊する。
ならば終わった後に慰労会など開いて、少しでも笑顔を取り戻すべきだと思うのだ。
そう言ってチラッと奥さんを眺める。
「それは、まあ。…そうなのでしょうが。」
何か憮然としていた。
むう、一体何が気に入らないのだろうか。
最初は物資の浪費を咎めている風だったが、理由を説明しても納得してくれない。
と言うより、それじゃない感じだ。
「……於与?」
「……はい。」
「何が不満なのだ。ちゃんと言ってくれないと判らないぞ。」
人の心は難しい。
仕方なく降参して奥さんを促すことにした。
奥さんはムッと一時口を噤み、軽く溜息を吐くとゆっくり話し出した。
* * *
所変わって宴会場。
摂津守夫妻の披露宴は祝言ではないので、格式張る必要はない。
厳かな儀式ではない、つまり騒いで良い訳だ。
そして家臣領民への慰労も兼ねているので、今回は水ヶ江の大広間と馬場を中心に解放している。
町民商人から農民に至るまで城へ招き、酒と肴を配り、雛壇の二人へ祝いを述べることを許した。
人気取りと言われようと、慰撫に腐心するのは領主の務め。
そのせいで蔵が空になって奥さんに怒られようとも、退く訳には行かないのだ。
そうそう、奥さんが不満に思っていた点はそこだった。
要は、風呂敷を広げ過ぎたと言うか、門戸を開け過ぎたと言うか。
苦労を重ねたとは言え、そこはやはり武家の娘。
己が実家に下々の者を招き入れることに、ちょっとした抵抗があると言うこと。
と言うのが建前。
実際は小さな嫉妬と、それに伴う不満であったようだ。
そして嫉妬の対象は、晴れの舞台に立った義妹となる於絃であったりする。
或いは又、弟夫婦に掛り切りとなってしまった家族であったりもする。
奥さんが於珠を得てから余り時間は経っていない。
その辺りで、多少不安定になってしまったのかもしれない。
俺がしっかりして、支えになってやらねばならない。
ちょっとくらいの嫉妬など、可愛いものだ。
しかし、その対象は夫である俺でなければならない。
一言で表すと独占欲になるのかな。
今回の於絃に対する嫉妬は、”晴れの舞台に立った”ことに由来している。
自分の時は云々。
諸事情があったとはいえ、やはり女たるもの華やかさに惹かれるものらしい。
少し話したが、十分自覚はしているようだった。
その上での不満であり、冒頭のようについ怒ってしまったのだと。
つまり、奥さんは可愛い。
思わず抱き締めてしまった俺は悪くない。
* * *
それでもやはり、複数の蔵を空にするのはやり過ぎだ。
奥さんはそう囁いて、俺の手を抓るのだった。
結構痛かった。
天文二十三年(1554年)誕生
石川康通、井上之房、今枝重直、上杉景虎、小河信章、可児吉長、
斎藤信利、十河存保、富田重政、本多康重、三好房一、脇坂安治




