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第七十六話 後始末

十一月は週一回程度の更新を目指します。

長かった天文二十二年も漸く終わる。


降服した武藤彦三郎は、神代大和の下へ行くことを希望した。

東千葉の忘れ形見も神代の下へ送ることが決まっている。

甥に当たる彼を伴い、養育すると言う。


これで少弐屋形の血族が神代が元へ集結することになった。

危険だと具申する家臣もいたが、判り易いという利点があるからな。


八戸の義兄殿もいることだし、何やら反龍造寺の駆け込み寺みたいになってきた。

確かに、一歩間違えば危険なこととなるかもしれない。


しかしながら、あからさまに過ぎるということもある。

言外に込められたメッセージに気付き、適正に対処してくれることを願おう。


尚、寺に入っている少弐の末弟・元盛は、当人の希望に沿い佐賀城下の寺に入って貰った。

状況によっては還俗し、武藤の家督を継ぐこともあり得るだろう。


* * *


さて、問題は当の神代大和その人である。

当家との相互不可侵の約定を交わした上で、江上への援軍を黙認した。

この落し前は付けねばならない。


神代大和としても自分から言い出した約定である。

尚且つ誓詞を取り交わした、その舌の根も乾かぬ内に反故にするとは言えまい。


無論、そういった計略も戦国の世なればない事ではない。

しかし、今まで彼が培ってきた評判からは程遠い評価となってしまう。


では、どうするか。


家中ではその違反に怒り、領地の割譲とか人質の要求だとか、果ては約定の無効を訴える声まである。

しかし、まだ向こうは明確に約定を反故にした訳ではない。

そんな中、こちらが先に約定の破棄をするわけにはいかない。


そこで、現状で最も良いと思われるものを探り充てることに腐心することになった。


とは言え、選択肢はあまり多くない。

実際に援軍の将を務めた神代対馬の処置。

そして、約定の不備を指摘。

あとは補償なりをどうするか、といったところだろう。


結果、次の三箇条を文書で以って申し入れることとした。


* * *


一つ、援軍の将たる神代対馬を厳正に処分すべし


実動部隊を率いた、神代大和の実弟たる神代対馬。

彼を、神代大和の名で処分するよう求めた。

処分内容については言及しないが、恐らく蟄居謹慎となるだろう。


これは神代大和の名に於いて、というのが大事なことだ。

不手際を認めるか否か、今後の在り方を占うこととなる。



一つ、神代領の境界沿いへ砦を築き、兵を入れることへの了承を求む


これは文面からすると、当家側の領地内のことなので了承など不要とも言える。

それでも敢えて了承させるのは、神代方に前科一犯であることを突き付けるためだ。

あとは監視しているぞ、と言うちょっとした恫喝。


そして一番大きな理由として、神代領が接しているのは肥前だけではないと言うところだろう。

神代大和ならすぐに察してくれるだろうが、要は囲んで仕舞おうという画策である。



一つ、両家の融和を図るため、神代家より千布因幡殿及び、神代清次郎殿を佐賀に招聘致したい


最後に、八戸城でのやり取りで当家と面識のある千布因幡、及び神代大和の三男・清次郎を佐賀に招くという要請。

今回のような不幸な行き違いを防ぐため、そして両家の融和のために老臣と一族を当家に在留させてはどうかと言う提案。


名目は両家の融和と遊学、実際は言わずと知れた人質の要請である。

神代清次郎は、嫡男でも次男でもなく三男。

年齢的にも立場的にも不可能ではない立ち位置にある。


場合によっては当家寄りの立場になるよう教育を、とか思わないでもないが流石に皮算用が過ぎるか。


ともあれ、以上三点を申し入れた。

さて、どうなるかな。


* * *


少弐の枝葉と神代はひとまず良い。

後は彼らに協力し、降伏して我らの預りとなっている者たちの処遇だが……。


基本的に当初の予定通り、馬場肥前と藤崎筑前、そして江上兄弟は領地没収だ。

暫くは少禄の立場にて肥前の安定に寄与して貰おう。

働きに応じて、禄の返還というのも反故にはしない。


尚、江上は筑後にも領地を持っているので、そちらは江上左馬に小田掃部を添えて送り出した。

彼らに代官を務めて貰い適宜対応していきたい。


反乱、というか敵対者への対応は大体こんなものかな。

今回のことで得たものは多い。


例えば、藤崎と江上はまだ良いが馬場は要注意だ、とかな。

何か大事が起これば、事を起こすことも考えられる。

これは八戸の義兄も同じか。


武藤彦三郎や江上伊豆も同様だが、こちらは地力に陰りが見え隠れ。

それでも大友や有馬、神代に筑後の諸将らと結んで事を起こす可能性は当然ある。

そうなった時にはもう、一切容赦は出来ないがな。


* * *


そうそう、少弐滅亡と東肥前統一を各処へ報告しておこう。

味方以外にも、仮想敵国であろうとばら撒くのが常套手段。


肥前国内では、松浦郡の相浦、有田、草野、唐津松浦、平戸松浦、波多、伊万里、佐世保らに。

杵島郡の後藤、多久や白石、そして藤津郡の嬉野、音成など。

彼杵郡の大村に高来郡の西郷、神代こうじろ、島原、長崎、深堀ら。


筑前国は原田弾正、杉弾正は勿論、秋月や麻生、宗像に。

秋月や麻生らと関係の深い豊前国の高橋、長野、そして城井きいにも送っておこうか。


そして筑後国は蒲池様を始めとした諸将に、肥後国にも内空閑、隈部、城、小代、相良らに加えて阿蘇、天草、名和、甲斐らへ。


ちょいと手を伸ばして豊後国の津久見と臼杵と佐伯、そして日向国の伊東と薩摩国の島津諸流、大隅国の肝付や北郷へも。


あとは防長の杉一族と、石見国の吉見大蔵。

そして安芸国の毛利右馬と、毛利備中。

直接関わりはないが、出雲国の尼子紀伊や伊予国の宇都宮遠江などにも送った。


……うむ、このようなものかな。

今後のことを考えると、機会を捉えて色んな伝手を持っておかねばならない。

紙代も馬鹿にならないが、ケチってる場合ではないのだから……。


* * *


後日、神代大和から先の要求は全て呑むという知らせが寄せられた。

人質もとい、留学生たる神代清次郎らは年明けにでも寄越すとか。


神代対馬への処置も、予想通り蟄居処分となったようだ。

所詮パフォーマンスだったとしても、区切りとして必要なことだからな。


まあ、まずは良し。



展望は大体決まっているものの、細部がなかなか難しい。

そして時間と体力が余りない。

難しいものです。

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