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第八話 再興

おじい様たちが出立し、俺たちは留守居役を仰せつけられている。


彦松改め新次郎などは一緒に出陣したそうにしていたが、これも大事なお役目。

そう言って慰めた。


敢えて言わなかったが、万が一挙兵が失敗した場合の保険と言う意味もあるはず。


家臣たちも大部分は出陣し、残っている者は元服前だったり俺たちのように留守居を任された一部の若衆たちだった。

あとは女性と老人の一部。

まあ残っている老人より出陣したおじい様の方が年上であるという事実もあるが、気にしてはいけない。


そんなだから堀江兵部も当然おらず、以前教わった鍛練法を淡々と続けるくらいしか出来ることがない。


末弟の慶法師丸も半年ほど前からこの鍛錬と勉強に加わっている。

ある意味暇を持て余し、素振りや組手を行っている俺たちの所へ母上たちがやってきた。

後ろの方に凛ちゃんの姿も見える。


「ご苦労様です。民部殿。新次郎殿。」


母上は元服した俺たちに敬称を付けて呼ぶ。

正直妙な気分であるが、武家としては珍しいことではない。


「鍛錬も結構ですが、身体を休めることも大事ですよ。」


武家の娘であり、妻でもある母上の言葉は重い。

何しろ俺たちはまだ元服したばかりで初陣も果たしていない。

素直に従うべきだろう。


「母上。皆さまは大丈夫でしょうか…。」


不安を隠しきれず、慶法師丸が母上に尋ねているが


「心配ありません。我々は信じて待つのみですよ。」


一縷の乱れもなく答えている。

流石だ。


「凛殿も、御父上が出陣なされ心配でございましょう。」


ついでに凛ちゃんとも話す俺たち。

出家して後、年の近い女の子と接する機会はこれまで全くなかった。

今後は様々な場面で、そういった機会がやってくるのだろうから慣れも必要と思う。

とは言え「俺」の感覚ではさほど問題ない、はず。


堀江兵部とは個人的にも仲良くなっていたので、俺自身が心配しているというのもある。


「いえ、父上は大丈夫です。叔父上も付いていますし、信じて待つのみです。」


しかし凛ちゃんは毅然として答えてくれた。

…うん。

相変わらず凛々しくて良いね。


しかしまあ、年下であろう凛ちゃんがこんなにもハッキリと答えているのだ。

俺たちも疑うことなく信じて待つべきだな。


* * *


数日後、おじい様が本懐を遂げられたという一報が入った。


その報が届くや否や皆歓喜し、すぐさま肥前へ戻ろうという話になった。

そこで俄仕込みであるが水ヶ江当主である俺と補佐の孫九郎で蒲池様の下へ挨拶に伺うこととなった。

また、新次郎には別働で女衆たち中心で出立の準備を監督させることにした。


俺たちが滞在している一木村から柳川まではさほど離れていない。

気持ち急ぎ足で、代官の原十郎殿の案内役に連れられ柳川へ向かった。


やがて柳川城が見えてきた。

最初に来た時は夕方であったし疲れ果てていたためよく見ていなかったが、改めて見ると結構な威容だ。

城の周りには水路を巡らせ、二層ほどの建て櫓がある。

堅牢そうだ。

縄張りの参考になるな…。


そんなことを考えつつ、蒲池様へ目通りを願い出た。


* * *


「この度は無事に遂げられたようで。お慶び申しあげる。」


蒲池様は十歳近く下である俺に対しても、丁寧に対応してくれる。

これは俺が当主となっているからなのかとも思えるが、そう言う訳ではなく蒲池様自身の人柄とか、そういうものな気がする。


そもそも蒲池様は大友に属しており、肥前勢の大部分とは味方であるとは言い難い。

今回はおじい様が以前、大友にも誼を通じていたことが功を奏したのである。

それが少弐一族は気に入らず、このような事態になった一面もあるのだが、まあ置いておこう。


「此度はおよそ一年の長期に渡り、当家一党を扶助して下さり誠に有難く。厚く御礼申し上げます。」


そう言って俺と孫九郎は深々と頭を下げる。

今回の恩は膨大であり、俺たちなどが頭を下げても何程のこともない。

それでも感謝の念を表すため、誠意を込めて頭を下げるのであった。


「女子供も皆無事に帰参が叶います。全ては蒲池様のお力添えあってのことです。

 いずれ、必ず恩をお返しいたす所存。」


「ふふ。まあそう固くならず。ささ、剛忠殿がお待ちであろう。急ぎ参られよ。」


なんとも好い人である。

これだけのやり取りであるが、一体いかほどの者がこのような物言いが出来るものか。


ともあれ、急がなければならないのもまた事実。

蒲池様の御言葉に甘え、早々に辞去することとした。


* * *


一木村の女子供や老人たちには予め新次郎に率いられ出立、川辺に待機させている。

このまま合流し、一路肥前水ヶ江に向かうことにした。


おじい様は今回本懐を遂げられたが、御身は既に老齢に過ぎる。

願わくば、これからはせめて心安く過ごして頂きたい。


そして、新五郎兄貴もこれで浮かばれるだろうか…。


そんなことを考えながら、一族郎党を引き連れおじい様が待つ水ヶ江に入った。


* * *


龍造寺再興。

その報を聞いた家臣たちが三々五々集まってきている。


俺も孫四郎たちと再会することができた。

孫四郎は、今回の戦いに参加し武功を上げたという。

そして俺が還俗・元服して水ヶ江の当主に擬せられたという情報も伝わっていた。

近々正式に当主に就任することになるだろうことも。


その話を孫四郎としていると、近くにいた親父さんが何やら微妙な目で俺のことを見ていたのが気になった。

目が合うとすぐに逸らされたが、孫四郎に尋ねても分からないらしいし、別段嫌な目で見られていた訳でもないので今は気にしないことにした。


そうそう、還俗と言えば。

宝琳院に挨拶に行かなければならない。

豪覚和尚らも無事らしいとは聞いたが、自分の目でちゃんと確認したいし。

それに、勝手に還俗してしまったからな…。


僧籍に居た時から、行動や考え方が僧侶のそれではなかったことは間違いない。

しかし、よくしてくれた和尚や兄弟子たちに無断で還俗してしまった。

…やはり少し後ろめたい。


* * *


というわけでやってきました宝琳院。

豪覚和尚はいらっしゃいますかな。


「よくぞ無事に戻ってきた。いや、立派になって戻ってきたと言うべきか。」


頗る元気でいらっしゃった。

そして無断還俗について怒るでも咎めるでもなく、俺の今の姿を喜んでくれた。


「何、武家の出家還俗など珍しくもない。それに一族危急の折りであったしの。」


垣根が低いというか、こういうのは時代のせいなのか、一門の寺という存在のせいなのか。

俺の後ろめたさを拭い去るかのように、あっさりと帰還と還俗を喜んでくれた。

それに対し、俺は感謝を述べることしか出来なかった。


なお、今回俺が還俗した上に久助君も出家させる意思は最早ない。

兄弟子の源覚がいるとは言え、その下がいないのは宜しくない。


ということで、豊前守様の命により宗家筋から男子が一人入ることとなった。

彼は、今回の騒動において家族揃って院に匿われたらしい。

そして既に剃髪・出家して澄尊と名乗っている。


先ほど引き合わされたが、久助君より若干下くらいだろうか。

宗家の血筋に連なるのだ。

頑張って欲しいと思う。

何かあったら力になるよと伝えておいた。


しかし宝琳院に匿われて大丈夫だったのだな。

なのに俺が連れ出されたのは、やはりおじい様の直系だったことを危惧したのだろうか。


あれこれ考え事をしていると、院の庭先に血相を変えた若者が転がり込んできた。

水ヶ江からの使者のようだ。

何事かと身構える俺たちに対し、使者は叫ぶように伝えてきた。


「剛忠様、御危篤!!」


* * *


そしてまたひとつ、時代が動く。



<オリジナル要素>

庶弟:龍造寺彦松/新次郎周光

弟の彦松(幼名)は未伝につきオリジナルです。

なお、新次郎(通称)の方は伝書にあります。

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