第六十九話 少弐滅亡 後
九月は週二回を目途に更新します。
「……致し方無い」
やや間を置いて、少弐彦三郎は息を吐くように呟いた。
「以後、私は武藤を名乗ることとする」
「若……」
「筑前、良いのだ」
「龍造寺山城守殿。今後の事は、まだよく考えてみたいのだが」
「判りました。ならば一旦、藤崎殿と共に佐賀までお出で頂きたい」
「承知した」
* * *
こうして少弐彦三郎改め武藤彦三郎は、一旦藤崎筑前と共に佐賀にて預りとなることとなった。
そうそう、忘れていたが村中は正式に佐賀と呼称することになった。
山内一帯はアレだが、佐賀郡は平らげたと言っても過言ではない。
なので、村中城を改めて佐賀城とするよう布告したのだ。
さて、武藤彦三郎らと同様、馬場肥前も佐賀に送られるが、その前に少し話しておきたいと思う。
そこで、南里宮内の陣に逗留する彼の下を訪ねることにした。
* * *
「馬場肥前守殿。少々宜しいか?」
「これは山城守殿。何の御用でしょう」
「単刀直入にお尋ねする」
「……は」
「私に対して、表に出てしまう程の不満があるのか?」
「……」
「少弐でも龍造寺でもなく、寄る辺もなく自力で起つことを望むか?」
「……」
馬場肥前は答えない。
軽く俯き目を合せることもない。
積極的な肯定ではないが、少なくとも否定ではないな。
残念だ。
馬場肥前は少弐と龍造寺の、双方の血を受け継ぐ者。
期待したかったのだが、仕方が無い。
「まあ、良かろう。条件の撤回はせぬ。構わぬな?」
「御意」
腹を割って話すには、時間も信頼度も足りてなかったようだ。
しかし収穫はあった。
以前の動きを見るにつけ、少弐の為に動いている風ではなかった。
だから、龍造寺の血を持つ者として安直に許しそうになったのだ。
しかし、それは否定された。
奴は、要注意だ。
* * *
少弐を冠する直系のうち、屋形こと冬尚は自刃。
名乗る資格のあった東千葉も首を獲られ、彦三郎は名を捨てた。
残るは川副の寺に居た筈の、末弟である元盛だ。
安住石見がいるから滅多なことはない筈だが。
保護したら村岡卯右衛門と合流する手筈としていた。
……ふむ。
俺も合流して、ささっと解決を目指すか。
三根郡の安定と、養父郡の平定は新次郎に任せよう。
援軍は日向守と高木肥前を向かわせ、小田勢にも一手出して貰えば良いかな。
神埼郡の軍勢が後詰となる。
福地長門や小田駿河も居るし、大丈夫だろう。
* * *
一行は川副に逗留していると、先行させた村岡卯右衛門から連絡があった。
ならば、そちらへ向かうとしよう。
* * *
「安住石見守、大義」
「はっ。……では殿、こちらでございます」
村岡卯右衛門と安住石見に合流した俺は、その陣幕を訪れる。
周囲には姉川中務と出雲民部の姿もある。
俺を見ると目礼してきた。
それに軽く答礼し、床几に座る。
目の前には、若いが法体である人物がいる。
彼こそが少弐の末弟・元盛である。
「お初にお目に掛る。龍造寺山城守だ」
「こちらこそ始めまして。少弐家が末弟・元盛に御座います」
「詳細は聞いているかな?」
「はい。兄二人は死に、彦三郎兄者も囲まれていると」
「彦三郎殿は降伏し、佐賀に差し送った」
「……左様で御座いましたか」
「その上で、お主の処置を決めるべく罷り越した」
「はい。承知しております」
「山城守様!どうか、元盛様へは寛大な処置を!」
姉川中務が懇願するよう頭を下げる。
同じ思いなのか、出雲民部も頭を下げていた。
まあ、兄の彦三郎を生かして弟の元盛を殺すという理不尽はないわな。
処置としては、概ね似たようなことになる。
「元盛殿には、このまま法体でおられるならばそれも良し。
当家が責任以て扶持致しましょう。
還俗をお望みであれば、兄君と同様に少弐の名を捨てて頂く」
少弐の名を捨てて貰うという発言に、姉川と出雲は驚いたような風になる。
元盛は、左程動じてない。
武藤彦三郎共々、兄弟揃って優秀そうで何よりである。
「龍造寺様は、私が少弐を名乗らなければ良いとお考えで?」
「そう捉えて頂いて結構」
「ふむ……」
寺の預りであったせいか、泰然自若とした空気を醸し出す元盛。
教養もありそうだし、出来れば留まって欲しいものだ。
「彦三郎殿には、当家に残るか、或いは神代が下へ往くかを選択頂くつもりにしている」
「……それはまた、剛毅なことで」
「神代大和とは不可侵の約定を結んでいる。
そして、こちらからそれを破るつもりは毛頭ない」
「成程」
「まあ、その約定を結んだ後に奴らは江上の援軍を出してきたのだがな」
「それを踏まえて尚、その選択ですか?」
「そうだ」
慢心どうのではなく、問題ないのだ。
風評と言うのは結構大事だ。
結局、家臣領民の心を掴むのが一番なのだから。
そういったことで、約定の有用性は高い。
「それで、如何か」
「……判りました。
暫くは、法体のままお世話になりましょう。
今後、もし還俗したとしても、少弐を名乗らぬことを誓います」
「そうか」
「……元盛様」
「姉川殿、良いのです。元より私は傍流の生まれ。しかも寺育ちです」
うん。
良い選択をしてくれた。
「龍造寺様。どうか、元盛様には不自由ない暮らし向きの保障を、お願い致します」
「承知している。
元盛殿、一旦佐賀に移って頂きたい。
彦三郎殿がどうするか、決まった後に貴方の在所を決めたく存ずる」
「承知しました。どうぞ、良しなに」
* * *
武藤彦三郎と元盛の兄弟は、それぞれ約す為に誓詞を差し出した。
これで少弐の名を冠する者は居なくなった。
今後、何かしら野心を抱く者の為にそれを冠する者が出たとしても、それは仮冒でしかない。
少なくとも、そのように主張出来る。
つまり、少弐は遂に滅びたのだ。
ご都合主義とか強引な展開。今更ですね。
幾つか頂いている御指摘について。
回答のようなものを、活動報告の「九月の更新とか」に記載しております。
宜しければご覧下さい。(9/2追記)




