第六十一話 散りゆく者
所で、少弐屋形には三人の弟がいる。
次弟は東千葉であり、まさに今から撃滅せんとしている。
三弟は綾部城に在城している。
そして、末弟が川副の某寺にいるのだが……。
長兄たる屋形と、次弟の東千葉は討ち取る。
では、三弟と末弟はどうするのか?
三弟には、直接的な恨みはない。
だが、まだ若いとはいえ城主となっている。
討つか否かはともかく、捕えるのは確定だ。
問題は末弟だ。
何せ寺にいるのだ。
殺す訳にはいかないし、捕えに行くというのも憚られる。
色々な意見があるが、少なくとも俺は奴らと同じ穴の狢になるつもりはない。
ふーむ。
……保護、させるか。
* * *
さて、行軍を邪魔する者もなく、あっさりと小城郡は東千葉の領内へ入ることが出来た。
道中、倉町上野に勝屋隼人を添えて兵を割き、とある場所にて備えさせる。
多分に保険的な役割となるが、不審な動きがあれば捕えるよう指示しておいた。
そして、東千葉の当主が籠るその居城を臨む地にて、千葉介殿らと合流したのだった。
* * *
「千葉介殿。お久しゅうございます。」
「うむ!よう来た。息災なようで何よりじゃ!」
相変わらず溌剌としている。
敢えて聞かなくても元気であることが丸わかりだ。
「千葉介殿も、お元気そうで。」
「うむ!最近は目出度いことも多く、何よりじゃ!」
「目出度いこと?」
「実はな、先日あちらが打って出て来てな。」
詳しく聞いてみると、面白い話が聞けた。
俺たちは筑後から戻ってすぐに土橋加賀を討ち果たした。
そして更に、八戸を攻めていることに東千葉は大いに焦ったらしい。
堪らず城から打って出て来て、俺たちが合流する前に一撃を与えようとしたとか。
まあ千葉介殿が御機嫌であることから判る通り、それは失敗に終わったと。
「奴らに従う将兵も随分減っておってな、蹴散らしてやったわい!」
わっはっは!と御機嫌に笑う千葉介殿。
東千葉に対しては、俺が筑後に落ちる前から入念な工作が施されている。
今回の無謀な出撃も、その一環によるものだろうか。
なれば、その命脈は風前の灯火。
積年の仇敵を討ち取る機会が近い。
そう思うと、御機嫌になるのも仕方がないのかも知れない。
そして一連の工作を主導したのは、千葉介殿の隣で控えている千葉左門だ。
いやはや、頼もしいと言うか末恐ろしいと言うか。
「では、奴らは城に籠りますか?」
「ふむ、どうじゃろうな。夜陰に紛れて逃走を図るやも知れぬなぁ。」
確かに乾坤一擲の勝負に敗れ、後が無いのは明々白々。
実兄らの下へ、望みを繋いで逃亡しないとも限らないか。
「ならば囲みを厚くしましょう。」
「そうじゃな。或いは……」
「御注進!」
「何事じゃ!?」
戦評定もどきを進めていると、家臣が飛び込んできた。
随分と興奮しているようだが、何があった?
「倉町様より御注進です!
殿と別れて一刻余り後、数名の不審な人数が通ろうとしたので誰何しました。
すると刀を抜いて押し通ろうとした為、これに対処し討ち果たしました!
後から確認すると、そ奴らは……」
「東千葉の、当主とな?」
「はっ!」
辺りに微妙な空気が流れる。
今から全力で討ち取ろうとした相手が、まさかの逃走済。
しかも、通り掛りで討ち果たされてしまったのだ。
果たして、これは誰の不手際となるのだろうか。
「いや、御苦労であった。
それで、上野介は何と?」
「現地を勝屋様に任せ、首を持参すると。
私はその先触れで参りました!」
「うむ!承知した。下がって休むが良い!」
俺と千葉介殿は使者を労い、下がらせる。
相変わらず微妙な空気であるが、どうしようか。
取り合えず、不手際云々はこの際放り投げて置こう。
誰も幸せにならん。
* * *
「この手で成敗出来なかったのは悔やまれるが、まあ良かろう。」
千葉介殿が残念がっているが、手間が省けたと思えば良い。
戦になると、どれ程の勝ち戦であろうと手間が掛るのだ。
そして、東千葉の当主が討死したからには、その後始末が必要となる。
こういった、いわゆる雑務は戦の有無に関わらず結構大変だ。
今回は千葉介殿がメインなので、ある程度の手伝い以外は任せよう。
「晴気の城はどういった塩梅で?」
「うむ。円城寺らが上手くまとめよるな!」
「当主の一族などは、どうなさりますか。」
「うーむ。」
確か、東千葉当主には妻と子が一人いた筈。
その子の性別までは覚えていないが、男子であれば少々面倒だ。
「寺にでも入れますか?」
「そうよな……。」
チラリと俺を見る千葉介殿。
何だ。
「まあ、まずは捕えることが出来るかどうかじゃな!」
「え?ええ、まあ。確かに。」
何か思惑があり気な千葉介殿だが、確かに皮算用しても意味は薄い。
サッサと後始末を終えるべきか。
「では、落ち着いたら我らは次へ向かいますので。」
「承知している。
忙しないが、暫しの辛抱じゃな!
確定したら左衛門大夫を送る故、また後ほどな!」
幾人かの将兵を備えと手伝いに残し、また周辺への繋ぎに人員の割り振りを行う。
ここから少し足を延ばせば杵島がある。
予想外に時間も出来たことだし、余裕を持って行くことが出来よう。
そんな作業をしながらも考えるのは東のことだ。
色々と気になることが多いが、東のことを考えると大抵のことが些事に思える。
図らずも東千葉は相見えることなく滅亡したが、次はそうは行くまい。
少弐の屋形よ。
首を洗って待っているがいい。
とは言え、遠くを見すぎて足元がお留守になっても詰まらない。
気合いを入れるのは良いが、まずは粛々と作業を進めよう。
話を跨がず回収される伏線は、その機能を果たしていると言えるのでしょうか。




