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第六話 雌伏

追手を振り切り、筑後へ脱出した一行は柳川の地へ向かった。


先触れを出していたようで、柳川に入る頃には武装した集団に迎えられた。

聞くところによると、大友配下で当地柳川の城主・蒲池近江守鑑盛様の一団らしい。


おじい様と宮内大輔様は先方と面識があったようで、挨拶に赴くらしい。

その際、何故か孫九郎を連れて行った。


…ああ、そういえば。

孫九郎は元服の折に大友との繋がりのために当主の偏諱を賜っていたな。

その辺りの縁に使われる、ということだろうか。

とりあえず俺たちは、疲れ果てて眠る幼子や女性たちを守るよう輪になって座り込んだ。


ここまで気丈に歩いて来ていた久助君も、気が緩んだのか眠ってしまった。


周囲の警戒を続ける雅楽頭様の手伝いをしたい気持ちもあったが、体力的に劣り疲れ果てているのも事実。

それに僧籍にあって武家としての訓練をほとんど受けていない俺では、もし何かあっても足手まといにしかならないだろう。

それよりは慶法師丸や母上、彦松たちの側にいて安心させてやることに気を配っていた方が良いように思える。


とりあえず、おじい様たちが戻ってくるまで眠らないようにしておこう。


「…若。少し眠られては?」


そう思っていたのだが、やはり眠気は襲ってくる。

頑張って起きていようと足掻いていると、見かねたのか見覚えのない武将が声をかけてきた。


「いえ。せめておじい様たちが戻ってくるまでは…。」


一応声を返すものの、自分の声が自分の声でないように遠く感じる。

瞼も落ち気味だ。やばい。


「戻られたら起こします。ここは我らにお任せを。」


苦笑気味にそう返された。

隣の彦松も既に眠ってしまったようだ。

意地でも起きておきたいところだが…。


「…流石は六郎二郎様の嫡子ですな。この兵部、感服致しました。」


そう言ってくれるのは嬉しいが、言に体が付いて行かない為体ていたらく

瞼もそろそろ限界のようだ。


「御身らのことは堀江兵部が請け負いました。安心なされませ…。」


そう言ってほほ笑む武将の顔を薄目に見つつ、俺は意識を手放した。


* * *


………ゆさゆさと肩を揺すられる感覚。


「若。大殿らがお戻りになられますぞ!」


……おぉ!?


「ああ、ありがとうございます。」


やばい、まじ寝してた。

ひょっとしてずっと側にいてくれたのか、確か堀江兵部。

多分うちの家臣、なんだろうけど。


「いえ。では、大殿のお話を待ちましょう。」


そう言って堀江兵部は雅楽頭様の下へ行ってしまった。


彦松と久助君はまだ寝てるな。

一応起こしておこうか。


* * *


「皆、大義。しばらくはこの筑後で過ごすこととなる。今は、ゆるりとしようぞ。」


おじい様と宮内大輔様が戻ってきてそう言った。


その後俺たちは蒲池様の領内である一木村という場所に移動し、その地で蒲池様の家臣・原十郎殿の扶助を得て過ごすこととなった。

この一木村は、筑後川を挟んで肥前に対して目と鼻の先にある。

何を企図しているのか明白だ。

蒲池様の企図なのか、おじい様たちの意思なのかは分からないが。


さて、俺は孫九郎と久助君と共におじい様の下で起居することになった。

彦松と慶法師丸は母上と同居し、宮内大輔様は内室の於与さんと幼い娘、雅楽頭様もその家族などとそれぞれ起居することになった。


本来であれば俺も母上や慶法師丸と一緒に居るべきなのであろうが、何故かおじい様がそのように指示したので従った。

まあ起居する場所が違っても、ほとんど同じ敷地内と言っても良い。

彦松たちともすぐに会える状態であるので問題はない。


そしておじい様は宗家当主の宮内大輔様たちと常に話を詰めており、しばらくの間あまり話す機会はなかった。

それでも朝餉前や夕餉の時などに、時間を取ってくれ様々な薫陶を受けることが出来た。

俺と孫九郎は、特に指示されて勉学に努めることとなった。


* * *


そうして昼間は孫九郎とともに勉学に励み、また彦松や慶法師丸、久助君らも交えて遊んだり勉強したりしていたが、夜になり一人横になると様々な暗い情念が湧き起ってくる。


”父や叔父たちを殺した馬場が憎い。

 加担した神代・千葉らが憎い。

 恩を仇で返す少弐が憎い…。”


出家する前、幼いころを共にした家族を殺された恨み辛みが心を締め付ける。

長法師君の声なき声が頭の中にこだまする。


俺は俺で、院で遊び呆ける俺に釘を刺してきた和泉守様の笑顔が忘れられない。

また、剛毅に笑う父上の顔が…。

様々な書物を持って会いに来てくれた祖父の顔…。

俺に従兄弟が出来たことを嬉しそうに報告してくれた叔父上の顔…。

元服の時の緊張しつつも誇らしげな三郎殿の顔…。


それぞれ浮かんでは消え、浮かんでは消える。


…そして、気さくに笑い先頭に立って走り回る新五郎兄貴の姿も…。


理想の兄貴像を見た新五郎兄貴に、もう二度と会えないということが受け入れられずにいた。


悔しさ。


憎しみ。


悲しみ。


これらの気持ちは当然のものだ。


だが、それに流されてはならないことも「俺」は知っている。


仇は取らねばならない。

しかし、それのみに気を取られてはならない。

心を落ち着かせ、己を磨き時を待つことが肝要だ。


落ち着いてよく考え、飲み込まなければならない。

酷く辛く、苦しいことだが絶対に避けて通ってはならぬことだった。


夜ごと繰り返し、眠りの浅い日々が続いた。


お陰で寝不足気味となり久助君らに心配されてしまったが、現状眠れぬ夜を過ごす者は多く、仕方のない状況だとも納得されていたようだった。


* * *


そうして半年ほどが過ぎ、俺は飲み込むことが出来た。


仇は取る。

しかし負の感状に支配されぬよう心を強く持つ。

その為の努力を厭わない。


未だに僧籍にある俺だが、これでは破戒僧に等しい。

でも構わない。

誰に指示されなくとも、俺は還俗し武将として生きる志を固めたのだった。


新五郎兄貴のような、理想の兄貴像に近づくために…。


* * *


ところで、初めて筑後に入った日に知った堀江兵部だが


「おや、若。今日も鍛錬ですかな。」


「いえ、ちょっと約束がありまして。少し時間潰しを…。」


何故かすっかり仲良くなっていた。

父上ほどの年齢だが、不思議と気が合うのだ。

それは堀江兵部の人柄が成せることなのか、彦松や久助君もすっかり慣れ親しんでいる。


まあ、このような境遇だ。

ここにいる皆は家族のような、ある種の結束力みたいなものが生まれていた。


「おや、兵部殿。そちらの子は?」


堀江兵部の斜め後ろに俺より少し年下くらいの女の子がいた。


「おお。これは我が娘でございましてな。ほれ、ご挨拶。」


「…凛と申します。」


「奥方様の下で侍女奉公見習いをさせております。」


凛と名乗った女の子が頭を下げた。

というか、侍女奉公見習いって…。


「拙僧は円月と申します。こちらは弟の彦松と、久助です。」


知っているかもしれないが、とりあえず名乗っておく。


「しかしこのような時分から奉公見習いとは、偉いですね。」


武家の仕来たりは良く知らないが、こういうものなのか?


「いえ、わたしに出来ることはこのくらいしか…。」


その名の通り、凛として返答する凛ちゃん。

おお、凛々しい…。


「左様。出来ることがあれば何でもせねばなりませぬ。」


とは堀江兵部の言葉だが


「それに若たちを見て、動き出した者は少なくありませんぞ。」


などと良く分らないことも言ってきた。


「あ、兄上。そろそろお時間が…。」


「…おっと。ではこれにて失礼します。」


俺は詳しく聞こうと思ったものの、おじい様との約束の刻限が近くなっていたのに彦松が気付き、慌しく辞去した。


しかし、凛ちゃんか…。中々良い子のようだったな。


* * *


おじい様と約束の刻限に何とか間に合い、部屋に行くとそこには宮内少輔様と慶法師丸、孫九郎もいた。


「来たか、円月。」


一族の主要な男子が揃っているようだが


「雅楽頭様は…?」


そう、雅楽頭様のみがおられない。

それに疑問を呈するも


「それも追って話そう。」


宮内少輔様が制した。



この場で話された内容は、龍造寺再興への道筋と呼べるものであった。


天文十四年(1545年)

主な出来事:黒滝城の戦い

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