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第五十八話 和睦交渉

「義弟殿……。失礼、龍造寺山城守殿。

 我ら、いや。我、八戸下野守は貴殿に降服を申し入れる。」


「八戸下野守殿。その申し入れの義、承諾致す。」


「忝い。」


「こうして面前に伺うのは初めてですかな。神代大和守と申す。

 此度は武運拙く貴殿らに破れ、盟友・八戸殿と共に降伏する所存。」


「神代殿。

 降服の段、承知致した。

 詳細は後々詰めたく思うが、宜しいか?」


「異存はない。」


八戸の義兄と神代大和は俺たちに降服した。

これは確定の確認であり、儀礼的なことだ。


「では条件ですが。」


そう言うと身構える両人。

条件の内容如何によって、その後の動きが定まってしまう。

思わず身構えるのも仕方がない。


まずは、八戸の義兄。

許し難いと思う反面、姉上のことが頭をチラつく。

冷徹に成り切れないのは、俺の甘さか。


「二つ示しますので、どちらか選んで下さい。

 まずは、当家へ臣従を誓うこと。

 この場合、飛車松を人質として差し出して頂く。」


「っ!……して、もう一つは?」


義兄としては、この選択肢は選べないだろう。

屈辱に過ぎると感じるはずだ。

それも折り込み済みのことなので、気にせず次を示す。


「次に、御身の放逐。

 この場合、八戸城は破却となります。」


「……放逐。」


「左様。」


「いずこへ?」


「それはお任せ致す。

 どこへなりとも、お好きな所に。」


呆けたように聞き返す義兄殿。

神代大和も、隣でポカンとしている。


「い、いや。その場合、奥や子はどうなる!?」


「そこは当家に避難させるのも、御身がお連れ申すのも貴殿次第と心得ます。」


「それは……。」


今度は絶句。

まあ、一見すると無罪放免に見えなくもないからな。


実際は、城も領地も失い流浪の身となる。

俺やおじい様たちが経験したことと同じことだ。


八戸は佐賀の中心に程近い。

本庄があるとは言え、喉元近くに骨が刺さったままなのは宜しくないのだ。


ならば、多少無理にでも退ける他ない。

犠牲となるのは実の姉と、その子供たち。


義兄が俺たちに心から臣従する言うならば、何も考える必要はない。

しかしまあ、それは無理だろう。


ならば次善を詰めるしかない。


八戸城攻めは、土橋加賀に加担した一味討伐の一環と位置付けている。

ならば当初の指針である、全てを土橋加賀に被せて斬首するという方針の内にあることになる。


東千葉と少弐屋形についてはその枠外なのだが、今は良いか。


ともかく、八戸下野の放逐は俺の中では確定している。

逃げ先が、そこの神代大和の下になるであろうことも。


あとは、普通であれば姉上や子の行く末が気になることだろう。

実際、八戸下野も難しい顔をして悩んでいる。


「姉上がどうしたいか。それに任せても良いのではないですか?」


はっと顔を上げる義兄。

そして更に悩みだした。


姉上が、うちに戻りたいと言うかもしれないことを苦悩しているのかな。

残念ながら、姉上は既に義兄の妻だ。


子の行く末を思う母として悩むことは、まあ有るかも知れない。

しかし、飛車松を人質に出すことも嫌うであろう義兄が手放すことはない、と思う。

ならばきっと、姉上は義兄について行くだろう。


「義弟殿の言う通りにしよう。」


「八戸の城は破却と言うことで宜しいですか?」


確認の問いに、義兄は頷いて答えた。


まずは一旦、義兄一家を村中に移す。

そして改めて姉上の意向を確認し、行動して貰うことにした。

逃亡先については、後で適宜調整して貰おう。


* * *


「では、神代大和守殿。」


「……うむ。」


義兄とやり取りをしている間、ずっと何やら難しい顔をしていた神代大和。

何か思うところでもあったのだろうか。


まあ、ともかく。


「条件について話し合うとしましょう。」


「その件なのだが、こちらから提案がある。

 良ければ聞いてはくれまいか?」


「ふむ。」


降服した身の上で、条件というか提案をするという神代大和。

そのことに、護衛の若い衆が一気に殺気立った。


一体何を言い出そうと言うのか。

まずは聞いてみなければ、始まらない。

若衆たちを視線と態度で制し、提案を聞くことにした。


* * *


「和談?」


「左様。」


神代大和の提案とは、神代と龍造寺の和平についてであった。


一度は抑えた若い衆たちが再び殺気立つ。

現状、神代は龍造寺にとって不倶戴天の敵と言える。


馬場の一件から始まり、今回の土橋の一件まで。

一貫して神代は、反龍造寺の立場に有り続けた。


少弐を支えていたとも言えるが、山を越えて領土が接する筑前・原田弾正の領地への侵入も繰り返している。

原田弾正と親しくする俺たちから見ると、完全に敵である。


先ほどは落ち着いていた千葉左門なども、そのことを知るが故に今回は殺気立っていた。

流石に今回は、俺も皆を制する気持ちにはなれない。


しかし神代大和は歴戦の勇士。

こちらからの殺気なぞ、どこ吹く風といった感じだ。


「単純な和談であれば、敢えて提案するまでもないと存じますが。」


「そうさな。こちらとしては、相互不可侵の約定となれば喜ばしいの。」


随分とぶっ込んで来たな。

八戸下野も、横で聞いてビックリしている。


しかし果たして、相入れるか。

確認せねばならないな。


「幾つか質疑を行いたい、宜しいか?」


「構わぬよ。」


ふむ。

ならば気合いを入れて、第二ラウンドを始めよう。




山内やまうち地方:「さんない」とも呼称される神代氏の領土

小城郡、佐賀郡、神埼郡に跨る佐賀北部の山岳地帯であり、

標高は概ね六百メートル前後の山々が連なっている

神埼郡三瀬から山を抜けると筑前国早良郡に出ることが出来る

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