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第五十二話 決意

明けて天文二十二年。


俺と奥さんは、玉のような女の子を授かった。


「旦那様。男子ではなく、申し訳ありません。」


奥さんはそう言って謝るが、俺としては何も問題はない。

母子共に健康であり、娘が可愛いのは於安で実証済みだ。


「元気な赤子だ。これ以上何を望むと言うのか。」


それに俺は今年で二十四。

奥さんは一つ上だが、まだ十分に若いと言える。

今回ちゃんと子が授かったということは、相性も悪くないということだろうしな。


「だから、何も問題はないぞ。」


「……はい。ありがとうございます。」


子には於珠おたまと名付けた。

於安は念願の妹が出来て、大はしゃぎである。

早速、可愛がる算段をつけているようだ。


年始から慶事で始まるとは、実に幸先が良い。


* * *


諸々の根回しはほぼ終わっている。

あとは、どのタイミングでということなのだが……。


「殿。皆、集まり申した。」


「うむ。皆、大義。」


一族郎党を集めて、年始の評定を催した。

ここで、色々と決する意気込みで臨んでいる。


「さて皆の衆。

 今年こそ、我らが本懐を遂げる年とする。」


「殿!それでは。」


「ああ。近々肥前に戻るよう、手を打つ。」


「おお。おおぉぉぉ……」


「遂に、遂に我らが起つ時が……」


俺の宣言に、ざわめきが起きる。

それは徐々に大きくなり、やがて木々を揺るがす程に大きくなる。


「「「「「「「おおおおおおおおおおおっっっ!!!!」」」」」」」


五十に満たない人数でも、その気迫は凄まじい。

まあ中間や下人たちもいるから、実際はもっといるのだが。


いや、人数云々よりも、武将クラスでない者たちも揃って咆哮していることこそ特筆すべきことだろう。

皆が皆、この時を待ち望んでいたということだ。


前もって伝えていた新次郎や江副安芸らも、咆哮こそしないものの顔が紅潮していた。

興奮しているのだろう。


俺だって昂っているのを自覚している。

それを表に出さないよう、努力もしている。


慶法師丸や久助君も多聞に漏れない。

いやはや、凄い熱気だ。


暫くその様子を眺めていたが、まずは落ち着かせねば。

新次郎や江副安芸に目で合図する。


「皆、落ち着け!」


新次郎はこちらを見ておらず、気付かなかったので已む無く江副安芸が場を収めに掛る。

おい、何やってんだ新次郎。


「静まれ!」


「まずは落ち着くのだ。殿のお話は終わっておらぬ!」


「皆、落ち着いて兄上の話を聞くのだ!」


石井刑部や福地長門が続き、漸く新次郎も抑えに回った。

初めから新次郎がやっていれば、早々に沈静化したであろうに。

それだけの求心力を、新次郎は持っている。


その新次郎は、場が収まった後はずっと俯いている。

頬が紅潮しているので、恐らく場に呑まれてしまったことを恥じているのだろう。

可愛い奴め。


* * *


「今年起つ。その前祝ではないが、慶法師丸と久助の元服式を近く執り行う。」


慶法師丸は今年十六歳。

久助君も十四になった。


久助君は年齢的には少し早い気もするが、以前一度見送られているのだ。

この機を逃すのはちょっと忍びない。


それに、鍋島孫四郎や千葉左門らも大体同じ年頃で元服したからな。

問題もなかろう。


「故・剛忠入道様の故事に則り、我らの本懐を果たそうぞ!」


おじい様の故事は成功体験だ。

あの時、俺と新次郎が元服した後におじい様は起ち、本懐を遂げた。


今回は、弟二人を元服させた後に俺たちは決起する。


再び咆哮の坩堝と化した場を見渡し、決意を固めるのだった。


* * *


弟二人の元服については石井刑部と小林播磨を奉行に命じ、取り計らうよう指示した。

元服の儀は来週を予定している。


その前に母上に会って話をしておく必要がある。

そこで、母上たちがいる部屋に赴いた。


「母上。慶法師の元服がこのような場所で行うこと、お許し下さい。」


通常は立派な城で多くの家臣に傅かれて行われる、己が子の晴れ舞台。

しかしその二人とも、異郷の地での簡素な儀にて元服となる。


俺の時は、他ならぬ俺の意思で。

そして今回、慶法師も俺の指示で。


乱世の武家ならば仕方がないと、分かってはいるだろう。

しかし、無念の思いもあるはず。


そう思っての謝罪である。


「武門にあっては已む無きことと承知しております。

 それに慶事に忌事は無用です。疾く、顔を上げなされ。」


しかし、やはり母上は強い。

心中はどうあれ、表に出すことは全くない。


「は。承知しました。」


ならば、俺がこれ以上突っ込むのは野暮でしかないだろう。


これはある種想定内とも言えるから良い。

……むしろ、次が本題だ。


深呼吸をひとつ。


「もう一つ、母上に於かれましては、御承知置き頂きたいことがあります。」


慶事である、弟の元服式の前に言うような事ではないのかもしれない。

しかし、既に起つことを決めて伝えてあるのだ。

ならば避けて通ることも、後回しにすることも出来ない。


「なんです。深呼吸などして。」


常ならぬ真面目な空気を醸し出す俺を睨む母上。

それに倣う凛ちゃん他、周囲の女衆。


普段の俺ならば、母上や周囲の女衆からの厳しい眼差しにすぐにヘタレる。

今も正直怖い。


しかし、今から伝えることはそんな心持でいられるものではない。

一分たりとも疎かには出来ないことだ。


何時になく真面目な雰囲気を崩さない俺に、部屋の空気が張り詰める。




「姉上が居られる八戸の城を、攻め落とします。」




意を決して伝えたそれは、母上にとり、実に残酷なことであった。



天文二十二年(1553年)

<主な出来事>

織田信長と斎藤道三が会見

甲相同盟締結

第一次川中島の戦い勃発

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