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第五十一話 隠し子

新次郎の秘蔵っ子、龍造寺於辰。


俺や新次郎の妹に当たる。


但し、新次郎の母は曲がりなりにも認知されていたが、於辰の母にはそれがない。

同じ庶子でも新次郎とは異なり、母上もその存在を知らなかった。

所謂ご落胤と言うやつである。


そして存在が発覚したのは結構最近で、新次郎が西分家当主となった時だ。

その時になって初めて、事情を知る水ヶ江の家臣が新次郎に告げたのだった。


その家臣は於辰の母の縁者ということで、密かに養育していたらしい。

仮にも当主の一族に連なる者だ。

知ってしまった以上、放置することは出来ない。


しかし身分というか、後ろ盾のない庶子であることが問題となる。


養育していたその縁者も、それほど禄の高い身分ではない。

何より落胤たる証もない。

父上の嫡子たる俺が、何の気なしに認めることは憚られる状態だった。


そこで、新次郎が同じ庶子の出ということで親近感を抱いて引き取るに至る。

以来、新次郎が於辰を養育し、於辰が表に出る機会も余りなかった。


皆その存在を知りつつも、今まで暗黙のうちにほとんど話題に上ることがなかった於辰。


それを、唐突に話題に出したので新次郎は面食らったのだろう。

俺が新次郎の立場でもきっとそうなる。


* * *


「突然、どうしたのです?」


何かを警戒するかのように尋ねる新次郎。

だからまあ、そうなるよな。


「いやなに。元気にしているかと気になってな。」


勿論それだけじゃない。

色々と思惑はある。


於辰は当年九歳。

於安とほぼ同い年であり、今は時折共に遊ぶ仲でもある。


以前は村中と水ヶ江に分かれていたせいもあり、余り会う機会はなかった。

しかし新次郎は心配だったのか、筑後にも連れて来ていた。


「元気にしてますよ。先日も会っていたではないですか。」


秘蔵っ子と言われているが、別段隠されているわけではない。

新次郎が特別可愛がり於辰も懐いているというだけで、俺や慶法師丸も兄弟であることには変わりない。


共に筑後に来たお陰で、今は兄弟水入らずで過ごす機会も持つことが出来ている。

誠に喜ばしい。


「うん。まあ、そうだな。」


「……政治的なお話ですか?」


「あー、まあなんだ。ちょっとした心積もりを、とな。」


「相手はどなたに?」


珍しく不機嫌な新次郎に、勝手が違う感じがして何とも言えない。

しかしまあ、とりあえず正直に話すのが良いだろう。


「まだ先の話だ。何も確定してはいない。」


「……はい。」


「予想はついているだろうが、政略上の話だ。」


「……。」


憮然とした表情の新次郎。

こんなのも女衆に言わせれば堪らんのだそうだが。

俺としては、普段通り穏やかな表情をしている新次郎の方が好きだなぁ。


* * *


思考が脱線しかけたが、俺が復権してからの話だ。


縁故を結ぶのに最も良いのは血縁だろう。

まあ、馬場の一件のようにそれも確実ではないのだが。


そして俺には既に奥さんがおり、新次郎と孫九郎も当確者がいる。

今のところ側室を持つ予定もない。


他方、俺の娘である於安は小田駿河の嫡子に嫁ぐ予定だ。

新次郎も孫九郎も未婚であり、暫くは妙齢の子は期待出来ない。


養女を取るということも視野に入れるべきだが、その前に。

一族の女衆を見渡せば、いるではないか。


我らの妹・於辰だ。


先代様や越前守らの妹御もいるにはいる。

しかし彼女は病弱。

結婚を望んでもいないらしい。


今は越前守の下にいるが、三郎殿のこともある。

無理強いはしたくない。


だから於辰しかいない、とも言える。


新次郎が大事に思っているのも知っているし、俺だって大切に思っている。

相手もまだ決まってないし、実際必要になるかも分からない。


しかし、今後の立場を考えると確実にそうなるだろう。

だからこそ、今のうちから心積もりだけでもしていて欲しいと思ったのだ。


* * *


「そう言う訳だから、まずは新次郎にと思ってな。」


「お話は分かりました。これは於辰にも?」


「ああ、いずれはな。今はまだ、良いかな。」


「承服致し兼ねる、と言いたいですが。……まあ、致し方ありませんね。」


「決して悪いようにはしない。それは信じて欲しい。」


「はい。兄上のことは、信頼しております故。」


そう言って、やっと少しだが笑顔を見せてくれた。

やはり新次郎は、そうやって穏やかな顔つきをしてくれた方が良い。


* * *


「話は変わるが。」


「はい?」


「来年は肥前へ戻ろうと思っている。」


「……いよいよですか。」


新次郎の顔が引き締まる。

この表情も、女衆には非常に好評だ。

一部男衆にもな……。


「続けてきた根回しと調整も、最終段階に入る。」


「承知しました。そのように各方面に伝えます。」


「頼むぞ。」


「はい。あ、そういえば……」


「ん?」


「先日こちらに来た久納の者ですが、如何致しましょう。」


「ああ、宮内殿の倅か。」


「無理に参陣させる必要はないと思いますが……。」


久納宮内は筑後衆であり、蒲池一族でもある。

そんな彼であるが、おじい様が筑後に逼塞した折りに親しくしてくれた。

今回もまた、親しく対応してくれたのだが……。


「肥前に新天地を求める、ということかな。」


「筑後は良くも悪くも近江守様の下、治まってますからね。」


逼塞中の俺に、嫡子を出仕させると言ってきたのだ。

今の俺に報いる手立てはない。

大いに買ってくれたと思えば嬉しいものだが、どうなのだろうか。


「まあ、敢えて断ることでもないか。」


「分かりました。では堀江兵部に申し付けておきます。」


「頼んだ。」


さてさて、今年は表向き各地平穏に終わりそうだ。

調整を終えたら、来年はいよいよ本復を求めるとしようか。



天文二十一年(1552年)人物年齢表

<毛利一族>

元就:55歳、隆元:30歳、元春:23歳、隆景:20歳、元清:2歳

<諸氏>

大友義鎮:23歳、島津貴久:39歳、長宗我部国親:44歳、三好長慶:31歳

織田信長:19歳、今川義元:34歳、武田晴信:32歳、北条氏康:38歳

長尾景虎:23歳、最上義守:32歳、伊達晴宗:34歳、南部晴政:36歳

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