第四十八話 新しい命
奥さんが妊娠していると知った俺は、奥さんの下へ急いだ。
江副安芸を探していたことを思い出したが、後で良い。
まずは奥さんに確認と、労らわねば!
* * *
摺足ダッシュで急いでいると、行き先に愛娘の姿が。
因みに摺足ダッシュとは、板張りの廊下を音を立てずに急ぐ方法である。
スピードは余り出ない。
「あ、父上。」
「おお、於安!……そうだ於安。共に母の下へ行こう。」
「?はい。」
首を傾げる様は堪らなく可愛らしい。
どことなく姉上を彷彿とさせるものがある。
直接血の繋がりはないはずだが……。
ともかく、せっかくなので並んで奥さんの下へ向かうことにした。
「於安。母上のこと、何か聞いているか?」
「いえ、特に。何かあったのですか?」
「そうか。いや、ならば丁度良い。気にするな。」
「あ、はい。」
不思議そうにしながらも、深くは聞いてこない良い子な於安。
そんな娘と共に、奥さんが居るであろう居室へ向かいながら少し聞いてみる。
* * *
「於安よ。寂しくはないか?」
「はい。父上も母上も居ますし、於春らも居ますので。」
「そうか。」
とても良い子に育っている於安も、今年で八歳になる。
五歳の頃が可愛い盛りと思っていたが、その可愛さは留まることを知らない。
ここにきて俺は、親バカに血の繋がりは必須ではないと改めて確認するのだった。
「時に於安。弟と妹ならば、どちらが欲しい?」
「えっ?」
「おっと、部屋に着いたな。」
「あ、あの。父上?今のはどういう……」
「於与ー。入るぞ。」
部屋に着いたので、会話の流れをぶった切ってみた。
あわあわする於安は非常に可愛らしく、ずっと愛でていたい気持ちになる。
しかしそういう訳にもいかないので、宥めて共に部屋に入るとしよう。
* * *
「旦那様。於安まで。どうしました?」
於安を宥めて部屋に入ると、すっかり落ち着きを取り戻した様子の奥さんがいた。
どうやら、早速孫九郎宛の手紙を認めていたようだ。
さて、と。
……ぬぅ。
どう切り出せば良いものやら。
「旦那様?」
「……父上?」
言葉に詰まる俺を見つめる二対の愛しき眼差し。
直球で行って良いものか。
迷いに迷うも無駄に過ごす時間はないとも思う。
えぇい、ままよ!
「於与。身籠ったと聞いたが、真か?」
「あっ…」
奥さんの顔がサッと赤みを帯びる。
口ほどに物を言うとはこのことか。
「父上。母上。本当ですか!?」
「於与?」
「……義母上様に聞いたのですか?」
「ああ。」
「……もう。」
赤い顔でプクーッと頬を膨らませる奥さん。
「はい。三月を過ぎた頃のようです。」
拗ねたような口調でそう言う奥さん。
どうやら、俺には二人の時に直接伝えたかったらしい。
それがなんやかんやで、娘と共に来ちゃったのが気に入らないと。
可愛いな俺の奥さん。
「母上!わたし、妹が良いです!」
キラキラした眼差しで奥さんを見つめる於安。
その奥さんに睨まれる俺。
「……はあ。」
そして溜息ひとつ。
「いいですか、於安。
子は授かりもの。選べるものではありません。
そして、御家の為に男子を祈らねばなりませんよ。」
「えぇー。」
奥さんの窘めに、於安は不満そうに膨れた。
「それに、弟も可愛いものですよ?」
孫九郎らのことを思い浮かべたのか、奥さんは微笑を見せる。
うん、良い笑顔だ。
「まあ良いじゃないか。
男でも女でも、母子ともに健康で居られることこそ祈るべきだぞ。」
「旦那様……。」
「むぅ……。
分かりました!
どちらでもちゃんと可愛がります。
だから、元気な子をお願いしますね、母上!」
「於安……。ええ、分かりました。」
二人に畳み掛けられ、流石の奥さんも認めざるを得なかったようだ。
うむ、大いに良き哉。
この夜は、久しぶりに三人並んで眠った。
* * *
さて、奥さんに負担を掛けさせないことが最重要となった。
肉体的にもだが、精神的なものも大きい。
奥さんも経験者ではあるが、母上や江副久万など百戦錬磨の猛者に頼むことにした。
なお、母上にはしっかりと絞られた。
相変わらず凛ちゃんの俺を見る目は、とても厳しいものだった。
新次郎を連れて来ればよかったと思うも、所詮は後の祭り……。
仕方ないね。
天文二十一年(1552年)生誕武将
伊丹親興、大木兼能、黒川盛治、仙石秀久、高山友照、武田元明、
多羅尾光太、松平康元、森可隆、分部光嘉など




