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第四十七話 家族

天文二十一年、即ち俺が二十三歳となる年だ。


筑後に落ちて早半年。

年の瀬も正月も、ささやかながら皆で祝った。


* * *


そんな折に、水ヶ江の孫九郎から俺たちがいなくて寂しいと言う手紙が来た。

そして、その手紙を読んだ奥さんから苦言を呈された。


「旦那様。聞くところ、これら全て旦那様の計略の上とのこと。」


「あ、ああ。」


「つまり、孫九郎が寂しい思いをしているのは旦那様のせいということですね?」


「う、うむ。」


「そうですか……。」


「於与…?」


「旦那様。」


「はい。」


「孫九郎も旦那様のお役に立てること、非常に喜んでいたのでしょう。

 今回の策においても、自ら望んで受けたこと、想像に難くありません。」


「そ、そうだな。」


「しかしです。孫九郎は今年十六になるところ。

 家によっては漸く元服という歳の頃です。」


「ああ。」


「旦那様が、孫九郎のことを考えていないとは言いません。

 むしろ、良く考えてくれていると存じます。

 しかし!わたくしはあれの姉として、寂しい思いをしている弟のことを思わずにはおれません!」


「………。」


「水ヶ江には、孫九郎の周りには家族は誰もいないのですよ?」


「ああ、そうだな…。」


一気に言い募る奥さんは興奮して上気し、涙目涙声で今にも泣きそうになっている。

今までずっと気丈に振舞っていたが、実弟の想いを吐露する手紙を見て零れ落ちたかのようだ。


こちらは逼塞先とはいえ、家族揃って新年を祝う。

翻って水ヶ江では越前守ら一族がいるとは言え、実質孫九郎は一人きり、か。


「於与、すまなかい。

 越前守らが居れば大丈夫であろうと思っていた。

 家族が周りから居なくなることの辛さを、考えてやれてなかった。」


ついに涙を落とす奥さんを抱き寄せ、正直に考えを告げて謝罪する。

家族に関しては失態ばかりだな、俺は。


「申し訳ありません旦那様。

 わたくしが申してどうにかなることでないことは承知しております。ですが……」


「いや、良い。於与が言ってくれないと気付かない所だった。感謝する。」


大事にすべき家族の想いに気付けなかった。

内心忸怩たる思いはあるが、それでも前向きな姿勢で居るべきだ。


「旦那様……。」


「於与。孫九郎に手紙を書こう。久助も呼んで皆で書いて送ろう。」


「はい、旦那様。」


皆で手紙を書いて、むしろ郷愁の念に囚われないか不安に思わないではない。

それでも今、俺に出来ることはこれぐらいしか思い当たらない。


……いや。

ひとつ、あるな。


これはちょっと打合せが必要になるが……。


* * *


「殿。そこに直りなさい。」


「は、母上?」


ある程度、奥さんが落ち着いたところで居室を出た。

そしてある思い付きについて相談する為、家老の江副安芸を探していた。


すると、何故か凛ちゃん始めとする女中衆に囲まれ、母上の部屋に連れ込まれてしまった!

そして目の前にはお怒りモードの母上の御姿。


「殿。お座り下さい。」


「はい。」


すっかり一家の主になった今でも、母と言うのは偉大なものだ。

普段は一歩引いてくれているが、気を張って相対すると絶対に勝てそうにない。


一体何の用だろうか。

特に母上を怒らせるようなことは、多分してないと思うのだが。


周りを盗み見ると、凛ちゃんら女中衆の目も厳しい。


……大人しく座って話を聞くしかないようだ。


* * *


「して母上。どのような御用でしょうか。」


「ふむ。殿はお気付きでないようですね。」


問いかけると、やや呆れたようなこの返答。

そして、周囲の女衆による眼差しの厳しさが増した。

……気がする。


「……お聞かせ願います。」


聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥とも言う。

耳に痛いことになりそうだが、聞かねばならないだろう。


「水ヶ江の件で、於与殿が激発したでしょう。」


「あぁー、はい。よく御存じで。」


さっきの今で早いな。

女衆のネットワーク恐るべしである。


「於与殿に無理をさせてはならぬこの時期に、なんてことをさせるのですか殿は。」


「……と、言うと?」


奥さんに無理をさせてはならないとはどういうことだろうか。

調子が悪い、ようには見えなかったが……。


「於与殿は身籠っておいでなのですよ。」


理解の遅い愚息に呆れたように続ける賢母様。


ん?

今何て言った?


「身籠……?」


「ええ、於与殿は身籠っております。」


……まじか。


「殿にお伝えすると言っておりましたが、成せなかったようで。

 それもこれも殿の……」


母上が色々言い続けているが、頭に入って来ない。


奥さんが身籠った。

子を授かった。

誰の?

俺の。


……おぉ。


「母上!」


「む。なんですか?」


つらつらと話し続けていた母上だったが、腰を折られる形になり不機嫌そうな御様子。

だが、今は構っていられない。


「説教等、後ほど承ります。今は於与の下へ!」


「ああ、はいはい。疾くお行きなさい。

 但し、くれぐれも安静になされますよう。」


「承知しました!」


呆れたように送り出してくれる母上だが、其の物言いも今は気にならない。

一刻も早く奥さんの下へ!



天文二十一年(1552年)

<主な出来事>

今川義元の娘が武田義信に嫁ぐ(甲駿同盟)

足利義輝が三好長慶と和解し京に帰還

細川氏綱が管領に就任

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