第四十五話 筑後の義将
城を落ち延び、肥前と筑後の境界である筑後川沿いの川副に辿りついた俺たち一行。
そこで待ち受けていたのは、筑後柳川城主・蒲池様の元へ遣いに出した石井刑部と見知らぬ青年だった。
* * *
「殿!お待ち申しておりました。」
「刑部、大義。して、如何であった?」
俺たちが落ち着くや駆け寄って来る石井刑部。
労って首尾を尋ねると、横に居た見知らぬ青年武将を紹介された。
「殿。こちらは柳川城主・蒲池近江守様のご長男、左馬助殿にございます!」
「お初にお目に掛ります。蒲池左馬助と申します。」
まさかの蒲池様のご長男だった。
「はじめまして。龍造寺山城守です。」
挨拶を返しながら目で石井刑部に促すと、頷き説明する。
「蒲池様は快く承諾して下さいました。」
「そこで、滞りなく迎え入れるよう父が私に命じたのです。」
「なんと、それは。……誠に忝く存じます。」
恐らく断られることはないだろうとは思っていた。
迎えの人間を寄越してくれる可能性も、想定してはいた。
しかしこれは想定外。
まさか自分の長男を寄越してくるとは。
いや、確かに彼は庶長子であり嫡子ではないと聞く。
それでも実子であることには違いない。
確かに好意を持たれているのは間違いない。
しかし、ここまでだと逆に疑問を感じてしまいそうだ。
それほどまでに、想定外のことなのだ。
「船をご用意しております。こちらへどうぞ。」
笑顔で案内を開始する蒲池左馬に平静を装い対応したが、内心は大いに乱れていた。
動転した様を表に出さずに済んだのは、僥倖と言う他ない。
* * *
何とか心を落ち着かせ、皆を船に乗せて筑後川を渡る。
そして、対岸の筑後一木村に腰を落ち着けて一息入れることが出来た。
「山城守殿。一旦休憩し、父の居る柳川城へお願いします。」
「承知した。左馬助殿。助かります。」
そう言うと蒲池左馬は一礼し、離れて行った。
気を使ってくれたのだろう。
「では皆。休息を入れよう。」
宛がわれた家屋とその周囲に陣幕を張り巡らせ、簡易ながら本陣を作る。
そして板間に女子供を休ませ、将たちも休息するスペースを与えた。
諸々と抜かり無く準備をしてきたが、実地はまた異なる。
どれだけ滞りなく物品を用意した所で、心身ともに疲れるものは疲れるのだ。
女衆や幼い子供たちもいるからな。
心身のケアを如何にキメ細かく迅速に行うかが鍵となる。
それでも俺はまず、柳川に挨拶に行かねばならない。
母上や奥さんとは簡単に言葉を交わすに留め、細かいことは鍋島駿河と堀江兵部に任せることにした。
蒲池左馬は此処に残り差配を続けるとのことで、案内役を紹介してもらった。
そこで留守居を新次郎に任せ、江副安芸と石井刑部を伴い柳川に向かうことにした。
* * *
勝手知ったる何とやら。
一木村から柳川の城に向かうのは数年ぶりとは言え、これで三度目。
道々のことも、結構覚えているものだ。
内堀に加えて外堀を兼ねる水路、そして二層の建て櫓が複数棟。
記憶にあるよりも、幾分か威容が増したような柳川城が見えてきた。
さて、蒲池様には受入の挨拶とお礼を言上せねばならない。
蒲池様は、今も昔も一貫して大友に属している。
大内様に属していた俺たちとは敵同士と言っても過言ではない。
俺はおじい様とは異なり、大友に誼を通じている訳でもない。
大友と所縁のある、孫九郎も備後守もいない。
普通に敵対関係としか言えない。
なのに、当然のように受けれてくれるというのだ。
態々国境を越えて、長男を遣わすという気遣いまで発揮して。
兎にも角にも、早く面会して感謝の念を伝えなければならないのだ!
* * *
「表を上げられよ。」
柳川城の広間にて城主・蒲池様に謁見。
重厚な響きに聞こえるのは、俺が緊張している表れだろうか。
「お久しぶりです。此度もまた、受け入れて下さり誠に有難く。」
「左様に畏まることもない。
以前は亡き剛忠殿にも申し上げたが、武門の浮沈は世の習い。
弓取りは皆同じである。
……暫し、休養の時と捉えるのが宜しかろう。」
そう言って蒲池さまは、柔和な笑みを浮かべるのだ。
「忝く。また、ご長男の左馬助殿にも大いに助けられまして。」
「ああ。愚息はまだ未熟者にて。
誠に勝手ながら、これも経験と遣いを申し渡したものでな。」
迷惑かけていたらすまぬ。などと苦笑しながら仰るのだ。
いやホント、良い人過ぎる。
世間では”その義心、鉄の如し”などと言われているらしいが、それも納得だ。
「それにしても、時の流れは早いものですな。
失礼ながら、御立派になられた。」
「あの折は元服間も無く、所作なども至らぬもので恥じ入るばかりです。」
「いやいや、御立派でしたぞ。」
普通に挨拶をしたつもりが、何時の間にやら昔話に移行していた。
話術と言うよりは、人柄と言うべきだろう。
なんと素晴らしい……。
* * *
気付けば江副安芸まで交えて、昔話に花を咲かせていた。
いかん。
奥さんたちが一木村で待っているのだ。
「おっと、引き留めてしまったな。申し訳ない。
一木村と、小坊村から諸色の調達をなさるが良い。
以前同様、原十郎に申しつけておるでな。」
「何から何まで、ありがとうございます。この御恩は終生忘れません!」
大げさな、なんて笑っているが割と本気で忘れない決意だ。
いつか必ず恩返しをしようと心中で誓った。
蒲池様が立派過ぎて、今の処恩返し出来るようなことが何も思い付かないのが非常に残念であるが。
◆隆信が音信を交わした三寵(その2)
吉見大蔵大輔正頼(38歳)
大内介義隆の姉婿
※親族でありながら、義隆の一字を受けていない理由
元々彼の兄が義隆の姉婿であり、三河守隆頼と名乗っていました。
しかし幼い娘を残して早世。
そこで、実弟の正頼が未亡人を娶り家督を継ぎました。




