第四十三話 籠城(謀)
他国の情報が追加で入ってきた。
大内様遭難の発端は、相良遠江が隠居から復帰して家政を壟断したことにあるそうな。
実際に壟断した訳ではないだろうが、まあ大内様の判断ミスと言うか失政というか。
相良遠江も有能ではあったのだろうが、陶尾張らとの相性の悪さが大きすぎたということだろう。
また、時代も悪かった。
だからと言って、陶尾張が正しかったとは言えない。
どのように言い繕っても謀反は謀反。
主君を討って己が伸し上がる下剋上に違いはない。
というか、相良遠江のことを完全に失念していた。
覚えていたら何か出来たとも限らないが、忘れていたのは明らかなミスだ。
参ったな。
反省し、次に生かせるよう精進を繋ぐしかない。
それと、筑前の杉弾正と原田弾正は怡土郡と志摩郡に退いたらしい。
大宰府からなら筑後や肥前が近かったろうが、状況判断としては間違っていない。
同じ杉一族で守護代でも、豊前守護代の杉伯耆は陶尾張に同調したようだ。
また、陶一族でも陶兵庫は右衛門尉と同行し、安芸に逃れて毛利備中を頼った模様。
一族間でも色々あるな。
俺も気を付けなければ……。
* * *
深町理忠入道は両差しを預け、単身乗り込んできた。
その豪胆さに、詳細を知らぬ城中の者たちは感嘆している。
そこに敢えて水を指す必要もない。
上記報告は、深町から福地長門へ書状にて渡されたものだ。
毛利備中との繋ぎは上手く行ったようで良かった。
大友の動きが知りたいが、赤司党辺りから来るのを待つしかないな。
さて、深町理忠入道というより小田駿河からの言葉であるが。
「我が殿からの言伝にござる。
”ここで御家が絶えるのは忍びない。一旦落ち延びられよ。”」
まあ、そんなところだろう。
あれこれ言葉を飾り立てても仕方がないからな。
あのオッサンのことだから、何か変なこと言ってくるかも知れないという一抹の不安はあったが、どうやら杞憂で済んだらしい。
深町入道が新次郎の方を見て、何らかの言葉を呑み込んだ様子など気のせいに違いない。
「落ち行くのをご承知頂けるならば、我が小田勢が途上まで警護致す所存。」
不自然でない程度に気にかけてくれる風を醸し出すのは流石だ。
幾人か不安そうな顔をしているが、俺が直接払拭させるのが良いかな。
「ご進言、確かに承った。家中で論議する故、暫し別室でお待ち頂きたい。」
「承知しました。色好い返答、お待ちしております。」
「長門。案内を頼む。」
「御意。」
福地長門に深町入道を別室で歓待させる。
これは、より深い情報を聞き出す為でもある。
さて、俺は城内の意思統一を図るとするか。
* * *
これと言った反論もなく、深町入道の意見を是とすることに定まった。
若衆辺りがもっと強気な発言をするかとも思ったが、そんなことはなかった。
「高祖父・剛忠様の故事に倣い、一旦筑後へ退いて再起を図る。」
俺が計略のことを暈しつつも、懇々と説いたことが功を奏したと思いたい。
両差しを預け、単身で入城してきた深町の志に感動したのも大きかったのだろうが。
それがなくとも、小田駿河とは良い関係を持っていると知る家臣も多い。
使者の役割を小田家に任せたのは我ながら良い判断だった。
…さて、福地長門との情報交換はそろそろ終わったかな。
「誰か。別室の深町殿をお呼び致せ。」
* * *
「決まりましたかな?」
「ああ。そなたらを信じる。裏切ってくれるなよ?」
「有難き幸せ。無論、神明に誓ってお守り致します。」
「こちらも支度がある。数刻後となるが宜しいな。」
「はい。引き渡しが終わるまで、某が人質となり申す。」
「では、小田の陣中に使者を遣わそう。」
「……あ。」
「ん?」
「実は、殿からもう一つ伝言がありまして……。」
「…なんだ?」
なんだろう。
凄く聞きたくない。
「遣いの者に、そのぉ…新次郎様をと……。」
「却下だ!」
あのオッサン!
こんな時でも自重しやがらねえ。
無視して江副安芸に戸田藤次郎を添えて送り置いた。
* * *
さて、母上と奥さんを始めとする女衆へ説明会だ。
後方に小河筑後と新次郎を従え、相対するのは正面に母上と斜め前に奥さん。
横に元服前の子弟や、凛ちゃん他侍女等ずらずらと並ぶ。
精悍で武骨な武将連中とはまた違った迫力があるなー。
「……と、言う訳で我らは落ち延びることとなりました。」
「母上に於かれましては、誠に申し訳ありませんがご同行願います。」
「奥方様も、殿らとご一緒された方が安全かと思われます。」
新次郎、俺、小河筑後の順に説得と言うか報告をしていく。
女衆が嘆き伏したりする中、身動ぎひとつしない母上には恐怖すら覚える。
奥さんも気丈さを保ちつつも、微かに震えているのが分かると言うのに。
「承知しました。」
ピリッとした返答をする母上。
考えてみれば母上は二度目か。
計略とは言え、二度も落城を経験させてしまうとは…。
申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
「殿が謝る必要は有りません。
武門に連なる身である以上、覚悟は常に致しております。」
「御母堂様の言う通りです。
この身は常に、旦那様と共に在ります。」
母上と奥さんは凛とした反応を返してくれる。
この時代、とみに女は強い。
「……感謝致します。」
謝るなと言われたら感謝するしかないよな。
「それでは、次は人選ですね。殿は何か腹案が?」
「あー、はい。……では、堀江於凛。」
「はい!」
「そなたは母上の側仕えを勤めよ。」
「承知致しました!」
相変わらずハキハキと良い反応だ。
目が爛々と輝いているのは、新次郎がいるせいだと思うのは邪推が過ぎるだろうか。
「江副久万。福地於春。そなたらは於与と於安の側仕え、しかと頼むぞ。」
「はい。」
「御意にございます。」
奥さんと娘の分も頼んでおいてと。
「出立は一刻半の後。一刻にてご準備願います。」
「分かりました。」
さて、城内でやり残したことは他にないかな。
最後に見回りをして、一時手放すこととしよう。
村中城の別名は佐賀城。また、龍造寺城とも。
村中の由来は、龍造寺村の中に城を構えた為と言われています。
水ヶ江に比べて随分簡素な由来ですね。




