第四十二話 東肥前十九城将
大軍に囲まれ、籠城を余儀なくされる村中城主・龍造寺山城守。
つまり俺。
心中では結構余裕綽々だったりする。
城内には、当然だが詳細を知らぬ者も多数存在する。
彼らの大多数は、恐慌状態に陥ってしまっている。
それも仕方がない。
同時に申し訳ない気持ちにもなる。
何せ、全ては俺の謀りの結果であり途上であるのだから。
* * *
さて、敵の首魁は家老の土橋加賀である。
標榜するのは龍造寺の正統を正すこと。
担いだ者は、御存じ孫九郎だ。
孫九郎が事実正統に連なる者かと言うと、これは間違いではない。
しかし、俺よりも正統であるかと言うと微妙なところになる。
ま、勝てば官軍。
事実は後から付いてくる。
掲げられた題目を真正直に信じる者は少ない。
土橋加賀も、周囲に己の栄達を語っていたという報告もある。
隙が有れば食らいつく。
そういう時代でもあるのだろう。
孫九郎は事前の調整通りに大人しく担がれ、越前守ら多くの一族衆も同調した。
土橋加賀は少弐や大友とも通じ、東肥前一帯の領主たちの支持を受けている。
その結果が、この籠城戦だ。
備後守や隠岐守、鍋島周防らは三根・神崎両郡で少弐勢を抑えていたが、先日既に孫九郎に降った。
一部の将兵は、本庄や与賀などに逃げて時宜を窺っているらしい。
いやしかし、城の周りを囲むの目前の軍勢は中々のもの。
その旗指物は多岐に渡り、目に楽しい。
少弐一族の朝日近江に出雲民部、筑紫下野、横岳讃岐もいるな。
む、あれは……馬場肥前?
ああ、孫か。
少弐屋形に合せて筑前から戻ってきたのか。
彼が己の意思で立っているのならば、その選択も是とされよう。
しかし、担がれただけであるならば憐れだ。
その身には、水ヶ江龍造寺の血も流れているのだから。
まあ、その辺りは追々確認出来ることだろう。
あとは少弐家臣筋の宗兵部に藤崎筑前。
江上伊豆もいるようだ。
少弐屋形は弟に任せてきたか。
報告通りだな。
他にも姉川中務に綾部備前。
三犬塚も普段の仲違いを止めて参戦したか。
勝ち馬に乗れると判断したようだ。
あれは、神代大和か。
隣は八戸下野……義兄殿……。
小田駿河の隣は本告左馬か。
高木兄弟は犬塚長門の横にいるな。
備後守と共に出陣していた大田美濃の姿は見えない。
静観の構えだろうか。
しかし揃えも揃えたり、都合十九家。
常からこれだけ連合出来れば、肥前の統一はおろか筑前筑後に討って出ることも可能だろうに。
ま、残念ながら烏合の衆な訳だが。
十九家のうち、俺たちに加担したのが小田駿河と高木兄弟の三家。
加えて四家は既に面従腹背状態。
更に、三家は家中に火種がある。
一口に十九家と言っても、その勢力図には大きな隔たりがある。
二年後には、より大きな違いとなって表れていることだろう。
* * *
広間に城内の人間を集めた。
今後のことを話し合う為の評定だ。
「皆、大義。」
大まかな方針は既に決まっているのだが、意思確認は大事だ。
詳細を把握してない人間も多数いるのだし。
間者の類もいないとは限らない。
「では、現状について報告します。」
家老の江副安芸が口火を切る。
とは言っても、特に目新しい情報はない。
ただの現状確認だ。
「敵の手に掛るは恥辱。この際、潔く一族郎党自害なさる他ありませぬ!」
報告が終わったとほぼ同時に、若干被せ気味に吠えるのは小河筑後。
これは詳細を知らない者がどのような反応をするかという、ちょっとした罠だ。
なお、もう一人の執権である納富石見は藤津に向かっている。
爺さんの本貫が有るその地にて、ちょっとした策を施すために。
「いえ、ここは忍の一字にて落ち延びるべきかと。」
「むしろ打って出ましょう。我らが道を切り開きます!」
勝屋隼人と戸田藤次郎がそれぞれ正反対の反応を示す。
年も立場も異なる二人だが、諦めない気持ちは同様のようだ。
他にも様々な意見が出たが、概ね諦めずに方策を探るべきというものだった。
その様子を、鍋島駿河が満足そうな様子で眺めていた。
* * *
「粗方意見も出尽くしたようですね……。兄上、御裁断を!」
新次郎が総括し、俺に判断を委ねる。
結論は決まっているものの、やはり皆の意見を直に聞く価値は高い。
彼らの諦めない意志。
これこそが、最も大切なものなのだから。
さて、もう少し時間を引き延ばしたかったのだが…。
無駄に時を過ごさせるのは宜しくないからな、仕方がない。
「殿!寄せ手から使者が参りましたっ!」
俺が発言しようとしたところ、福地長門が飛び込んできた。
良いタイミングだ!
「使者は小田駿河殿が家老・深町理忠入道殿です。」
打合せ通りだ。
時期は頃合いを見て、という漠然としたものだったが流石は小田駿河のオッサン。
良い仕事をする。
「分かった。お通ししろ。」
「は。深町殿をこれへ!」
あとは上手く皆が納得してくれるよう、協議するだけだ。
匙加減を間違えないようにしないとな。
なんせ広間には今、女衆を除いてほぼ全員がいるのだ。
あ、そうか。
奥さんとか母上とかにも、俺が直接説明しないと行けないのか。
……新次郎と小河筑後にも同席して貰おう。
◆東肥前十九城将
・土橋加賀守謀反の折、龍造寺山城守の居城を囲み敵対した諸将
朝日宗贄、姉川惟安、綾部鎮幸、出雲氏忠、犬塚家重、犬塚鎮直、犬塚鎮家、
江上武種、小田政光、神代勝利、宗尚貞、高木胤秀、高木鑑房、筑紫惟門、
馬場鑑周、藤崎盛義、本告信景、横岳資誠、八戸宗昭
※八戸宗昭の「昭」は「暘」とも(腸の偏が「月」→「日」)




