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第三十九話 見積り

天文二十年、いよいよ勝負の年がやってきた。


昨年の冬から年の瀬、今年の正月は恙無く過ごすことが出来た。


普段以上に於安に構ってしまったのは仕方のないことだと思う。

それに奥さんも一緒だったのだ。

問題ない。


そして年明け早々、周防から客を迎えていた。


* * *


「ようこそ当家へ。龍造寺山城守だ。」


俺の目の前には恰幅の良い壮年の武士が平伏している。


「はは。お初にお目に掛ります。

 杉三河が一族にて、周防国勝屋村の住人・隼人佐と申します。」


確かに周防にいる右衛門尉らを通じて、幾人かに下向を促してはいた。

杉弾正や福地長門らを通して、それとなく依頼もしていた。


しかし、特に誰某へ的を絞っていた訳ではない。

これと言って何か、周防にて問題が起きた訳でもない。

にも拘らず、やって来る者がいるとは思っていなかった。


まあ、喜ばしいことではある。

伝手を構築していた甲斐があったと、それが有用であると証明されたのだから。


「弾正忠様より話を聞いている。仕官願いと捉えても宜しいか?」


筑前守護代・杉弾正の紹介で、新天地を求めてやってきた目の前の男。

何と、一家揃ってやってきていた。


「御意。つきましては、某の嫡子・采女を御側に上げたく存じます。」


ふむ。

いきなり切りこんで来たな。

しかし悪くない。


「分かった。隼人佐の職務等は追って沙汰する。嫡子の件も含めてな。

 屋敷を用意させている故、まずはゆるりと過ごすが良い。」


「はは!ありがたき幸せ。」


家人に連れられ、退出していく勝屋隼人を見送る。

周防の住人で、しかも末端とは言え杉の一族が来てくれるとは僥倖だった。


しかも守護代の杉弾正の紹介と言うことは、そういう役目も担ってくれるのだろう。

杉一族としてのパイプ役、大いに期待したいところだ。


* * *


そういえば、昨年は陶尾張が大内様に謀反との風聞が流れたことがあった。


ついに来たかと身構えたが、実際には何も動かず肩透しを食らった。

しかし、現在も水面下でピリピリした空気があるのは間違いない。


なので、準備はこれまで以上に滞りなく進めている。

評定の回数も多くなるというものだ。


「さて、此度俺は極めて重要なことを言い忘れていた。」


「言い忘れていた、ですと……?」


あ、納富石見爺さんの米神に青筋が。

言葉には気を付けないと、また小言が…。


「いや、まあなんだ。重要なのはそこじゃない。」


「まぁまぁ石見殿。それで殿、その内容とは?」


小河筑後が宥めてくれ、話を促してくる。

これで有耶無耶にならないのが爺さんの恐ろしい所だが、まあ置いておこう。


「うむ。事を起こした際、俺は一旦筑後に退く。これは良いな?」


「はい。次善の策で小城か杵島でしたな。」


「そうだ。これは連中を油断させることが目的だ。これも良いな?」


「近隣から追い出したという実績は大きいですからな。」


「そう。そしてここからだが、俺は蟄居期間を一年半ほどと見積もっている。」


「一年半、ですか?……いや、それは長すぎるのでは?」


今まで黙って聞いていた孫九郎が、思わずと言った風に口を出す。

まあ、要の一端である孫九郎への負担が増大することに、思うことがない訳ではないのだが。


「油断を誘うため、ですか?」


頷いて見せる。


「…いや、それでも…。」


逡巡を見せる孫九郎。


「孫九郎らに負担が大きいのは百も承知。

 しかし、その後のことも見据えての計略だ。」


土橋ら家中の造反勢力など、呼び水に過ぎない。

少弐屋形と東千葉の殲滅こそが目的なのだ。

逃がすつもりはない。

だからこそ、油断も隙間もない計略を練っている。


そのように述べたところ、概ね理解を得られた。


「義兄上の御考え、誠に御尤もと思いますが……。」


しかし、孫九郎は未だ煮え切らない。

俺の留守中の責任を感じてのことだろう。


不安を思う心があってこそ、信頼出来るというものだ。

だが、まあ。

そんなのは俺の思うことであって、義弟おとうとには重圧が大きすぎるか。


「そこで、俺と共に筑後落ちする面子も絞ろうと思う。」


「絞る、ですか。」


「上下併せて八十名程度を上限とすべきだろうな。」


これには先ほど理解を示した皆も絶句する。


多すぎるという理由ではない。

なぜなら、女子供を含む一族郎党から下人に至るまでの総勢だからだ。


俺の一家郎党で既に五十名を軽く超えている。

これには新次郎や母上を含まない。


つまり、家臣たちは連れて行かないと言ったも同然だ。


「我らは連れて行かぬと仰せか?!」


と言ったも同然ではあるが、実際は違う。

連絡役として一族のうち達者な者のみを連れて行き、家族らは当地に残す。


そうすることで、重臣たちも俺を見放し孫九郎を主君として仰ぐ決断をしたと見做される。

そのように仕向けることが出来る。


計略の一環なのだ。


実際孫九郎を支えて貰わねばならないので、虚実交えたことになるかな。


「そう言う訳なのだ。料簡してくれ。」


孫九郎を中心として、重臣たち皆に伝える。

必要なことであると思うから。


「お供の人選は、如何致しますか?」


「各家から三名前後、選出は任せる。」


「承知しました。」


「兄上!私は共に。」


「…ああ。新次郎や慶法師丸には付いて来てもらう。」


「はい!」


弟二人は俺の実弟だから、残すのも危険な気がする。

孫九郎は庇ってくれるだろうが、減らせる負担は減らすべきだ。


「出来れば於与は、孫九郎に保護しておいて貰いたいが…。」


「姉上は義兄上についていくと思います。」


「だよな。まあその時に話してみよう。」


奥さんも同様だが、孫九郎の実姉だし先代様の妻と娘だ。

それほどの不安要素はないと思うが、最近の奥さんを見るに無理だろうな。


「それと、久助も連れて行って下さい。」


久助君は孫九郎の実弟だから、置いておくつもりだったのだが。


「久助は、絶対付いていくと思いますよ。」


「……まあ、そこも後日話してみる。」


* * *


奥さんと久助君には、一連の計略の全てはまだ伝えていない。

だから事が起こった時どうするかは不明だ。


しかしまあ。

十中八九、一緒に来ることになるだろうな。


天文二十年(1551年)

<主な出来事>

蠣崎季広、アイヌと講和

相国寺の戦い(細川晴元の乱)

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