第三十八話 婚約
六月は毎奇数日の23時更新を目指します。
義倉運営がスムーズに進み、ホッとしている今日この頃。
季節は秋へと入っていた。
肥前は表向きは概ね平和と言えるが、周辺の騒動は尚も続いている。
筑後では蒲池様が田尻伯耆と組み、西牟田に続き溝口を追い散らした。
そこに援軍の田原や佐藤と合流し、三池を蹴散らしたとのこと。
田尻尾張が小山山城を討取り、蒲池三郎兵衛が三池右衛門を討ち取った。
三池の当主・上総介は肥後へ落ちて行ったようだ。
こういった流れの中で、西島の横岳讃岐と蓮池の小田駿河に出陣要請があった。
そこで彼らは大友の三原和泉と共に領地の境に出張し、西牟田の残党らを蹴散らした。
こうして筑後における菊池勢は鳴りを潜め、大友一党により静謐を取り戻された。
一方で菊池左京が立つ肥後には、豊後より吉岡越前、志賀安房、小原遠江ら重臣が派遣された。
国衆の城・赤星・内空閑・長野・阿蘇らもこれに与した。
しかし、隈本城は落ちず菊池の勢力は粘っていた。
* * *
「以上がこれまでの趨勢だな。」
筑後が落ち着いたことにより、今後の方針を定めるべく評定を催している。
まもなく天文二十年になってしまうという危機感もある。
「更に、大友から守護代が派遣されたそうです。」
元々いた豊饒美濃に加え、小田若狭と森越前が筑後守護代として入ったらしい。
「筑後の安定化を求めた結果か。」
「蒲池近江や田尻伯耆では心配でしたかな。」
今回、南筑後の諸将が菊池に与したのを重く見たのだろう。
何せ、未だに菊池左京は隈本城で頑張っているのだ。
「小田駿河殿も、上手く動かれておりましたな。」
「ああ。あの御人は誠に優秀で助かる。」
大友に隙を見せるというか、見せないというか。
ともかく、良い感じで動いてくれている。
「あれで、新次郎を狙っていなければなぁ…。」
ポーズだけという可能性もある。
が、どこまでも本気にしか見えない。
何とも性質が悪い。
「いっそ、別の繋がりを提案してみては?」
「左様よな。幸い、小田殿の嫡子はまだお一人。」
伊賀守や小河筑後などから代案(?)が出される。
「ふむ。一族から誰ぞを娶らすのも悪くはないか。」
「殿。一族からなどと仰らず、ここは御養女が宜しいかと。」
「む…。一族の誰ぞから養女を取って、それを…」
「いえ、殿。於安様が居られるではありませぬか。」
……なん……だと……っ?!
「おお、確かに。小田の嫡子殿とならば似合いの夫婦になりましょうぞ。」
「左様。それで新次郎様を諦めさせることが出来ましょう。」
外野がうるさいが……。
「何を言うか!於安は未だ僅か六つ。早すぎる!」
そうだ。
於安は今まさに可愛い盛り。
手放すなど有り得ぬ!
「では、婚約で如何です?」
今まで静観していた納富石見爺さんがシレッと放り込んでくる。
「今はまだ御家の安定も完全とは言い難く。
なれば、御婚約としておくのも一手かと。」
爺さん…。
さては最初から目論んでいたな。
目が笑っているぞ。
「ふーむ。石見殿。それで小田殿が納得しましょうや?」
「あちらが真に求めるは明確な繋がり。大丈夫でしょう。」
「それで新次郎様を諦めますか?」
「元より新次郎様と釣り合う娘は小田家には居りません。」
「いっそ、その娘御をこちらの嫁に貰い受ければ良いのでは?」
「それも良いですな。二重に繋がれば両家も安泰。」
軽やかな口調で重臣連中と質疑を交わす爺さん。
優秀な爺さんが今は恨めしい。
「では殿。ご決断を。」
「…於与に、相談してから。」
「ふむ。まあそうですな。
では殿、ご説得お願い致します。」
爺さん…ッ
* * *
夜、寝室。
「於与、ちょっと良いか?」
「はい、なんでしょうか。」
憂鬱だ。
俺は於安をまだ嫁に出すつもりはない。
だから婚約と言えど、納得はしていない。
しかし合議制の辛い所。
爺さんに嵌められ(?)、奥さんの説得をする羽目になった。
しかし憂鬱な理由はそこじゃない。
俺自身、それが悪くない策だと認識しているのだ。
我ながら度し難いものだ…。
「於安を、小田の嫡子と娶せることになった。」
「……。」
そんな後ろめたさもあり、奥さんの目が見られない。
そして奥さんも何も言わない。
「於安を当家と小田家の繋がりとして、両家の安泰に繋げるためだ。」
「………。」
「正直気は乗らないが、已むを得ないこととして於与にも呑み込んでm」
「殿?」
勢い込んで喋り続けていたら、奥さんに止められた。
いつかもこんなことあったなぁ。
「於与…。」
「殿。於安が嫁ぐのは何時頃です?」
「ぇあ、いや。まだ決まってない。
差し当たりは婚約という形を取ってだな。」
「左様ですか。ならば何も言うことはありませんよ。」
「え、でも。」
「殿。ありがとうございます。」
「……。」
「あの子のことを、そこまで大切に思って頂いて。」
「於安は俺の娘。当然のことだ。」
これは本心だ。
だからこそ、己の度し難さに辟易とするのだが。
「ですから、殿の御心を有難く思うのです。」
奥さんの言葉は想定外のものだった。
「殿が思っているより、女は強いのですよ?」
強いのは母上だけかと思っていた。
いや、姉上もそういえば……。
「…そうか。」
「はい。」
生家を嫌う夫を前に、何も思わないことは有るまい。
それでも姉上は、今も元気に過ごしている。
………。
「十歳だ。」
「はい?」
「最低でも十歳までは、手放さない。」
「……はい。ありがとうございます。」
奥さんを抱きしめ、その温もりに浸ること暫し。
於安が嫁ぐ前に、是非ともその弟か妹に会わせてやらねばな…。
などと考えていたら抓られた。
いやホント、女は強いな。
* * *
後日、龍造寺山城の嫡女と小田駿河の嫡子の婚約が発表された。
小田の嫡子:13歳
龍造寺於安:6歳
概ね良い塩梅と考えられる歳の差です。




