第三十七話 義倉
六月、ポルトガルの船が松浦の平戸に来航。
そういった事情もあってか、漸く鉄砲が出回るようになってきた。
鉄砲隊の結成という夢が近付いてきたような気もする。
確かに近付いてはいるだろう。
しかし、まだまだ高価だし数も少ない。
周囲がどれほどその有用性を理解しているかは分からないが、出来れば先達とも言える立場にありたい。
それだけでイニシアチブを発揮することが出来るのだから。
今のところ俺が知る限り、周辺の鉄砲普及率は余り高くない。
国内の同盟者においては、小田駿河が三丁、高木能登と高木肥前は一丁ずつ。
前田伊予も三丁で、千葉介殿は五丁持っている程度。
千葉介殿の分が少し多いのは、養子の千葉左門が提言したらしい。
有用性を理解している者が味方にいるのは心強い。
当家では、贈答品の二丁を含めて八丁所有している。
自力購入は大した数ではないが、これでも頑張った方だ。
しかし扱いには注意がいる。
正確には扱う者の人選に、だな。
叛意を持つ者に力を与える訳にはいかないからな。
旗本の中から希望者を募り、結果石井党中心に使わせている。
火薬や硝石の問題もあるので、あまり大がかりな訓練が出来ないのが痛い。
鉄砲の大量運用は構想はあったが、残念ながらまだ出来ない。
これは仕方がないな。
この大きな買い物に対し、家中から批判の声がないではなかった。
しかし使い所によっては大きな成果が出るという、上層部の意見が通ったのもまた事実。
遠くない内に、活躍の機会は訪れるだろう。
* * *
さてさて、今年の実りは結構良さそうだ。
特に、天文学を良くする高木能登らの協力により実績は右肩上がりとなっている。
全体帳面の上では未だ微々たるものだが、現場の者からは喜びの声が上がっていると聞く。
そろそろ、良い頃合いかも知れないな。
現在、うちの税率は概ね六公四民となっている。
租庸調があり、正確な所は異なるためあくまで概ねだ。
これを、五公四民一義倉に持っていきたいと思っている。
この辺りは実り豊かな土地とは言え、水害や冷害、干ばつに蝗害などは時折起こっている。
対策は必要なのだ。
直接的な対処法である治水や灌漑などは、時間も金も労力も大きく掛る。
当然実施を目指すが、敵対勢力が隠然たる力を持っている昨今、まだその時ではない。
よって、間接的にだが重要である備蓄を増やそうと言うのだ。
現在も、基本的に各村々の長が管理する公共の蔵や、領主や城主がそれぞれ蔵に備蓄を行っている。
しかし村々の蔵は、次々年度の種籾が主であり備蓄と言えるかは曖昧だ。
城の蔵は戦への備えという面が大きく、災害対策という面は小さいのが現状だ。
中間である領主の蔵は、その用途も中間であり量もそう多くない。
総じて、一度災害が起こり食糧不足が起こると一溜まりもないのだ。
そこで、食糧不足に備えるための備蓄設備を備える必要が喫緊の課題と言える。
災害でなくとも、攻め込まれた際の籠城米という側面も当然ある。
敵勢や賊に奪われる可能性も加味し、各領主の館付近を目途に備蓄することにしたい。
* * *
「と、言う訳なのだがどうかな?」
義倉設置について諮問する。
規模も規模であるので、流石に勝手に設置する訳にはいかない。
代官を務める地域では、大内様への許可も必要だ。
領民を助ける為の物である以上、支配領域全てに浸透させておきたい。
時間の関係ですぐには無理かも知れないが、目標は大きくな。
「備蓄ですか。城内だけでは足りませんか?」
「通常であれば足りるだろう。しかし、一度天災が起こるとどうだ?」
「……確かに、厳しいでしょうな。」
主君とは言え、評定は合議制とも言える。
発案者は質問に丁寧に対応してこそ、勝利を勝ち取れる。
「米以外も集めるので?」
「不作の時など、放出する必要があるからな。」
「それがこの、イモ類ですか。」
サトイモやヤマイモを探し出して、作付けも奨励している。
ジャガイモもサツマイモも、まだ日本に入ってきてないから代用を探していたら見つかった。
常食はされていなかったが、結構使えると思う。
宝琳院に居た時に取った杵柄とでも言おうか、精進料理の材料は林野に結構転がっているものだ。
特にヤマイモは、生育したイモを切り分けると全ての箇所から種イモとなる。
よって、大いに畑作に向いている。
まあ、土の下に向かって伸びるので取るのが大変だが……。
「冷暗所に置いておけば、多少は持つようだしな。何より腹が膨れる。」
「確かに。長期保存には向きませんが、知っているだけでも違いますな。」
あとは大蒜とか蒟蒻とか蓮根だが。
大蒜は栄養価が高いが腹にはたまらない。
付け合わせに良い。
何気に奥さんのお気に入りだったりする。
夜も元気一杯で何よりです。
蒟蒻にする前の、コンニャクイモの状態でも腹は膨れるが、水分と繊維質だらけでいまひとつに思う。
同じく蓮根も腹にはたまるが、栄養価はいずれも低いのであくまで緊急用であり、副菜と考えるべきか。
「こいつらも併せて周知するのが良いと思う。」
「左様ですな。まずは佐賀周辺から初めて見ましょう。」
これと言った反対意見もなく、スムーズに認可された。
租税を一部備蓄に回すというのは、別段革新的な訳ではない。
しかし、林野でとれるイモ類は良かったようだ。
こうして、五公四民一義倉は間もなく施行されることになった。
租税から義倉を作り、備蓄に回すということで領民や領主層にも左程の反発はなかった。
戦になると重税を課す領主が多いが、それではダメだと思うのだ。
その対策にも成り得る義倉は勿論、それ以外の備蓄も進めておくとしよう。
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