第三十四話 祈り
三月。
筑後の赤司党から、大友の顛末が届いた。
やはり、一月足らずで豊後府内は静謐を取り戻したようだ。
大友五郎は豊後一国を纏め上げ、しかも隠然たる力を持った老臣を謀反人に仕立て上げた。
その結果、権力の集中を成し遂げたのである。
不穏なことこの上なし、だ。
因みに、肥前と筑前・筑後の一部では俺の論説が広まり大友五郎の評判は宜しくない。
これは意図して流した風説ではない。
気付いたら流れていた。
緘口令などは強いていなかったから、爺さん辺りが流したかな。
俺たちにとって都合が悪い訳ではないので、別に良いのだが。
* * *
御家騒動の影響は結構色々あったようだ。
筑後に蟄居していた、肥後の守護職・菊池左京大夫義武が蠢動しているらしい。
そして南筑後に勢力を持つ三池・溝口・西牟田らの一族を唆して旗揚げを狙っているとか。
肥後国内にいる菊池譜代の将も、同意する者が幾許かいるようだ。
筑後は安定していると思ったが、菊池左京に引き摺られる形での影響があったか。
菊池左京と同じく、筑後に逼塞している少弐屋形の動きも活発化している。
近いうちに肥前へ入り込もうとしているようだ。
土橋加賀が通じた相手は、大友の先代である修理大夫だった。
当代の五郎改め左衛門督への繋ぎはまだのようだ。
慎重を期しているのだろうが、どうせ敵の敵なのだから大差あるまいに。
孫九郎と備後守の周辺も今は落ち着いている。
はてさて、どのように動くことやら。
* * *
ある日、高木能登が村中を訪ねてきた。
何やら話があるとか。
「これは能登守殿。ようこそお出で下されました。」
「久方ぶりですな。山城守殿。」
簡単に挨拶を済ますと、早速本題に入る。
「実は私、杵島の前田伊予守と昵懇の間柄でしてな。」
杵島郡は小城郡を挟んで西向こうに位置する。
俺はまだ足を踏み入れたことはないが、馬場の一件で新五郎兄貴が討死した土地でもある。
前田伊予は杵島郡の佐留志城主である。
どうも、高木能登とは以前から親しい間柄であったらしい。
書状でやり取りをよくしていたらしいが、その話の中で俺に興味を持ち、ついには仲介を頼まれたらしい。
現状、小城郡には同盟者たる千葉介殿がいる以外、西方にはこれと言って知己はいない。
そういう意味では良い機会かもしれないな。
「実際に会うのは少し難しいかもしれませんが、まあ伝手の一つをと思いましてな。」
「成程。悪くないお話です。」
それに今ならば、小城を経由して杵島まで足を延ばすことも可能だろう。
兄貴の古戦場を、この目で確認したいとも思っていたところだ。
長居は出来ないが、前田伊予と会って話をすること。
そして、兄貴討死の地を見て往時を偲ぶことくらいは出来る筈だ。
「能登守殿。良ければ共に行きませんか?」
「杵島郡にですか。宜しいので?」
むしろ仲介者の高木能登がいないとダメだろ。
時期的な意味なら問題ない。
「ええ。是非に。」
家臣に諮る前に決めてしまったが、なに構うまい。
あとせっかくなので、新五郎兄貴と共に討死した者の親族も連れて行こう。
「誰か!副島中務をこれに。」
* * *
副島中務を供に、高木能登と一緒に杵島郡までやってきた。
勝手に決めてしまったことに対しては、一部の執権に小言を言われた。
小言で済んでよかったと思うべきか、そもそも主君に小言とか…。
いや、諫言忠言の類と思っておけば……良い、のか?
「山城守殿。まもなく佐留志ですぞ。」
ぐだぐだ考えが回っていたが、高木能登の言葉で我に返った。
見れば、前方に迎えと思われる人数がいる。
「龍造寺山城守と申す。前田伊予守殿の御家中か?」
尋ねると、一人の青年武将が一歩前に出た。
「おお、伊予守殿。態々のお出迎え有難く。」
その青年を見て、高木能登が破顔した。
どうやら彼が前田伊予らしい。
高木能登が俺を促し、近付いていく。
「久方ぶりです。能登守殿。
そして、お初にお目にかかります。龍造寺山城守様。
前田伊予にございます。態々のお越し、痛み入ります。」
そう言って頭を下げる前田伊予。
歳の頃は俺と同じくらいかな。
「ささ、饗応の準備が整っております。城内へどうぞ。」
前田伊予に誘われ、俺と高木能登ほかは城内に入った。
……これ、罠だったら一網打尽だな。
* * *
前田伊予は、その祖父が尾張出身らしい。
「尾張前田と言えば、菅原氏の?」
「おや、よくご存じで。如何にも我らも菅原にて。」
「山城守殿、よく知っておいでですな。」
今回の訪問は、知己を構築するのが目的である。
前田伊予がこちらに従うとかそういう話ではないので、適当な話で盛り上がる。
尾張の前田と言えば、槍の又左で有名な前田利家がいる。
彼の家は菅原姓だったはず。
そんな微妙な知識も場合によっては役に立つ。
しかし、こんなところにその同族がいるとは。
いやまあ、千葉介殿とかも似たようなものか。
前田伊予は、頭の回転も速そうだし若さゆえの柔軟さも持っているようだ。
紹介してくれた高木能登には感謝だな。
暫しの邂逅を楽しみ、再会を約して辞去した。
そして、その足で兄貴が亡くなった志久峠を目指す。
* * *
「ここが、若殿と我が嫡子が果てた志久峠です。」
そう話すのは副島中務。
彼の嫡子は新五郎兄貴に付き従い、共に討死した。
幸いその嫡子には幼いながらも子があったため、今はその孫を養育しながら当主を続けている。
おじい様と似たような立場に今もある、ということだ。
当家には似たような存在が、他に幾人もいる。
彼らのためにも、俺が立ち止まることは許されない。
「ここが、か……。」
特に何がある訳でもない。
しかし、確かにここで一族の若者を始めとする幾つもの命が散ったのだ。
兄貴たちの命を奪ったのは、少弐の一族でもある平井武蔵。
今回、土橋加賀らの誘いにも乗る可能性が高い。
そうなれば、兄貴たちの仇を取ることが出来るかもしれない。
憎しみに囚われると、その身を滅ぼす。
心を落ち着けろ。
今はただ、ここで果てた者たちに祈りを捧げよう。
機会はいずれ、必ず……。
天文十九年(1550年)生誕武将
津軽為信、松井康之、由良国繁




