第三十話 信頼
話を戻そう。
「駿河守殿と能登守殿には、まあ事が起こるまでは普段通り過ごして頂きます。」
「ほう?」
「どういうことでしょう?」
現時点では、特段お願いすることはない。
強いて言えば、孫九郎を助けて欲しいということか。
「今回計略の肝が、ここからなのですが…。」
* * *
敵勢を、確実に葬るためにはどうすればよいか。
「大友の援助を受けた敵勢は、少弐屋形も巻き込んで大攻勢に出るでしょう。」
獲物を全て引きずり出す。
「いざ事が起こった際、何食わぬ顔をして孫九郎側に立って下さい。」
獅子身中の虫を以て、内部崩壊を狙う。
「籠城する我らを、適当な所で退城させて下さい。」
ちょっとした出来レースのようなものか。
「そして、我らは一旦身を隠します。」
ベストなのは筑後の一木村辺り。
川を挟んでほぼ隣であるし、おじい様の故事に倣うという点も良い。
肥前から追い出したとなれば、連中もさぞかし安心し油断してくれることだろう。
筑後は他家の領地なので無理かもしれない。
その場合、代案として小城の芦刈周辺を考えている。
逼塞した西千葉諸共叩き潰せば良い。
…などと考えてくれるかも知れない。
「村中には孫九郎が入り、恐らく大部分の領地は須らく掠め取られる。」
代官の地は間違いなく少弐屋形が獲るだろう。
そこに付け込み、獲物の配分で揉めるさせることも期待出来る。
いずれにしても、孫九郎と越前守らにより領民たちは水面下では守り続けられる。
そうなるよう仕向ける。
「お二方には、その他大勢の中で周囲に合わせ動いて頂きたい。
そして、孫九郎たちを陰で助けてやって欲しいのです。」
「ふむ。」
「随分と……。いや、そうだな。」
後は言わずとも、大体察することが出来るだろう。
安心・油断したところを突いてやれば良い。
嫌な言い方をすれば、騙し討ちにするということになろうか。
「悪辣ですなぁ。」
納富石見爺さんが楽しそうに溢す。
うん。
我ながら実に悪辣だ。
でも、そんな楽しそうな顔をしているあなたに言われたくはない。
* * *
「しかし、連中はそう簡単に挙兵するでしょうか。」
堀江兵部の疑問も分かる。
大内様の後ろ盾は伊達ではない。
現状で少弐屋形が肥前に戻ってこれないのも、東千葉や神代・江上らが上手く蠢動出来ないのも、全てその威光によるものだ。
俺は再来年に大内様が斃れるであろうことを、知識として知っている。
しかしそれを言う訳にはいかない。
なので、それっぽいことを言っておこう。
「大内様と大友は犬猿の仲だ。豊前と筑前を巡ってな。」
今は和平を結んでいるが、これまでも幾度となく条約を交わし、そして破られてきた。
「成程。代理戦争が起こり得るということですか。」
「そうだ。左近将監の言う通り、大友の助勢を得た輩が動き出すことは十分有り得る。」
「大内様と大友がぶつかることで、肥前が手薄になったところを狙われる可能性もありますね。」
鍋島左近と孫九郎の言う通り、状況から十分に有り得ることなのだ。
だから説得力もある。
大内様が斃れ、その威光が届かなくなれば連中は動き出すだろう。
当然大友も黙ってはいない。
豊後と肥前は遠いが、筑後や肥後から兵を動かすことだって無いとは言えないのだ。
だからこそ、事前に十分すぎるほど入念に準備を整えておかなくてはならない。
例え悪辣だとしても、この計略を実現するため動かなければならないのだ。
* * *
並行して、大内様周辺の動向も確認しておかなければならない。
周防に送った七兵衛と右衛門尉からの連絡は滞りない。
そこで来年はもう少し、具体的に何かしらの動きをするべきだろう。
具体的には、肥前へ下向してくれそうな人間の選別とか……。
ま、考えておこう。
それは置いておいて、だ。
「時に、家中の皆には起請文を書いてもらいたい。」
勿論俺も書く。
納所は龍造寺八幡宮としよう。
寺なのか宮なのかハッキリしろ、などとは思っても言ってはいけない。
「盟に背かぬことを決す。」
これを条文とし、署名する。
「盟の内訳は、孫九郎と俺が互いに疎かにしないというものだ。」
だから家中の皆に起請文を依頼するわけだが。
「仲間はずれは良くないと思うがのう。」
突然オッサン…もとい、小田駿河がそんなことを言う。
いや仲間外れて…。
どういうことかと訝しむ俺の顔を面白そうに眺め、言葉を重ねる。
「お主に招かれ、この密議に参加した時点で既に身内も同然。
その意を汲んでくれても良いのではないか?」
「そうじゃのう。…うむ。小田殿も良いことを言うではないか!」
「そうですね…。
それに元より高木と龍造寺は同族にして親戚。
小田殿と異なり、正しく身内と言えましょう。」
「なに、それならば問題ない。
ワシは新次郎殿を婿に貰い受ける故…。」
「えっ」
「馬鹿を言うな!新次郎殿はワシの女婿となるのだ!」
「何を勝手な。新次郎様の嫁御はもっと協議してから…。」
「うちの娘は愛らしさ満載でな。新次郎殿もきっと気に入ると思うのだ。」
「何をふざけたことを。新次郎様は私の娘こそ相応しい。」
「いやいやいや。新次郎には一族から然るべき娘を……。」
小田駿河ことオッサンがドヤ顔で良いことを言うと、千葉介殿と高木能登が追従した。
それだけならば良かったが、高木能登が事実を言って煽った結果、オッサンが暴走。
新次郎に飛び火した。
起請文を認める厳かな空気は吹っ飛び、場は阿鼻叫喚。
良くも悪くも、こんな奴らである。
思わず苦笑が漏れるが、起請文なぞなくとも十分に信頼出来る。
それはそれとして、起請文は一つの形式として必要だ。
後で、簡単に皆で認めるとしよう。
それにしても……。
「……新次郎の人気に嫉妬。」
「えっ!?」
武勇に優れた若者は、それだけで色々期待されるものです。




