第二十七話 陰謀
久助君が膨れている。
於与さんと仲良くなれた代わりに、別室待機の彼らのことを完全に忘却していたのだ。
小河筑後や孫九郎などは苦笑で済んだが、久しぶりに会って色々話せると楽しみにしていたらしい久助君は拗ねてしまっていた。
すまない…。
* * *
於与さんと仲直り(?)した俺は、心機一転漲っている。
何が漲っているのかは自分でもよく解らないが、何些細なことだ。
”俺の奥さん”を”俺たち夫婦の部屋”の前まで送って行き、また夜にでもゆっくり話そうと約束をした。
約束を交わした時、恥じらう様が最高でした。
可愛い奥さんと別れた俺は、角を曲がった所で一旦深呼吸。
よし落ち着いた。
そこでふと、何かを忘れていることに気が付いた。
「……んー。…あぁっ!」
孫九郎たちを待たせっ放しだ!
急いで客間まで戻り、その別室へ飛び込むと膨れている久助君が目に飛び込んできたのだった。
「おや殿。奥方様とは上手くいったようですな?」
そしてにこやかに声をかけてくる小河筑後だが、目が笑ってないように見えるのは果たして気のせいだろうか。
「義兄上。もう良いのですか?」
孫九郎だけはいつも通りに見える。
苦笑気味なのもいつも通りだ。
「あ、ああ。遅くなってすまなかった。久助君も…。」
「………。」
「久助は拗ねているのですよ。」
ごめん。
* * *
気を取り直して。
「此度の一件、皆には随分と助けられた。礼を言う。」
私的な場に近いため、普段より心持ち深めに頭を下げる。
「いえ。御家の為なれば。」
小河筑後は笑って言うが、やはりその目は笑ってないような気が…。
これは少し根が深そうだ。
「し、しかし筑後。一体どのような説得をしたのか?」
思わずどもってしまったが、気に成っていたことを尋ねる。
最近少し和らいだ気がしないでもなかったが、その心は未だ頑なだったはずだ。
それを動かすことは、並大抵のことではないと思う。
「まあ、時には劇薬も必要であるとだけ言っておきましょう。」
「義兄上。姉上から直接聞いて下さい。」
「…私は何も知りません。」
小河筑後と孫九郎は目を瞑り、久助君は目を泳がせる。
いや、一体どんな説得の仕方をしたのか…。
劇薬ってことは、ショック療法とか?
「…解った。機を見て於与に聞いてみる。」
「それが宜しいかと。」
あ、ようやく筑後の目が通常通りに戻った。
これで一安心…。
* * *
「さて、せっかく集まっているのだから少し話をしようか。」
「話、ですか。」
そう、久助君には申し訳ないが至極真面目な話だ。
具体的には陰謀について。
「筑後は於与の件が終わって早々すまないが、例の件だ。」
そう言うと筑後は姿勢を正す。
言いたいことをすぐに察してくれる、その優秀さが非常に助かる。
「孫九郎。以前、お前に接触してきた者らに関する話だ。」
「は、はい!」
「久助君も聞いておいてね。」
「はい兄様っ!」
久助君の目がキラキラ輝いている。
ついさっきまで膨れていたのが嘘のようだ。
そんな義弟の姿に心中で一つ苦笑をこぼし、話を続けた。
* * *
現在俺たちは、大内様の力を背景に安定した勢力を築いている。
しかし、大友と結び孫九郎を担ごうとする勢力が家中にいる。
その中心人物は、中級家老の土橋加賀守。
彼には息子がいるが、そちらは淡々と職務を熟しており趨勢は不明。
他にも一族の備後守など、大友寄りに見える人物は複数存在する。
今すぐに事を起こすことはないだろうが、何かタガが外れたらどうなるか分からない。
ある程度は手綱を握っておきたい。
「それで私、ですか…。」
孫九郎が察したようだ。
そう、敢えて孫九郎を渦中に投じる。
つまり担がれ、御輿になり、スパイせよと言う事。
これは孫九郎にとって、大きな負担となるのは間違いない。
そして場合によっては、命の危険に晒されることにも……。
「殿。それは孫九郎様があまりに……。」
「いや、筑後殿。大丈夫です。」
小河筑後がその任務を危ぶんで声を上げたが、当の孫九郎がそれを制した。
「孫九郎。正直に言えば、俺はお前にやらせたくはない。」
「しかし、他に適任がいないのでしょう?」
「……そうだ。」
俺が確実に信用・信頼出来て、その任にあたることが出来るのは孫九郎しかいない。
更に、孫九郎は若いながらも家中で人望が厚い。
何かあったら頼ってくる者も多いだろう。
また、その若さゆえに利用しようと近づく者も多いだろう。
そこを利用する。
そう、利用するのだ。
「俺は義弟であるお前を、策に利用する。」
「………。」
「…兄様。…兄上。」
「殿、それは…。」
「孫九郎、お前は頭が良い。
この策の有用性と重要さを理解している。
だから断らない。
…そして俺は、それも見越してこの策を構築した。」
久助君が心配そうに声を上げ、小河筑後が何か言おうとしたが、それを遮り言葉を重ねる。
「そのことを、お前は知っておくべきだと思った。だから伝えた。」
恨んでも構わないなどとは言わない。
孫九郎たちに恨まれるなど、悪夢でしかない。
きっと未熟な俺には、まだ何かが足りてないのだろう。
それが何か、俺には分からない。
納富石見爺さんや鍋島駿河などであれば、或いは解るのかも知れないが。
俺は孫九郎から視線を外し、孫九郎も俯いている。
久助君はどうすれば良いか分からずオロオロしているし、小河筑後は黙然としている。
「…っ、はははは!」
そんな沈黙が支配する間に、突然笑い声が響いた。
「あ、兄上…?」
「孫九郎様?」
孫九郎を見ると、何とも珍しいことに破顔一笑。
「はははっ。…義兄上。何も問題ありませんよ。」
笑いを収め、そう言う孫九郎。
「いや、しかしな…。」
しかし、なんだろうか。
俺は何を言おうとしたのか、それも解らず詰まってしまう為体。
「構いませんよ。
義兄上が信頼し、頼ってくれたのです。
義弟として、これほど嬉しいことはありません。」
何も言えない俺に向い、孫九郎はそう言って穏やかに微笑むのだった。
その微笑みは、どこか於与さんに似ている気がした。
バレた企みは陰謀とは言えません。
故に、主人公が仕掛ける企みこそが陰謀なのでしょう。




