表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/90

第二十五話 赤熊の誉

千葉介殿の城で受けた急使は、鍋島先代当主危篤の知らせであった。


鍋島孫四郎にすぐさま先行するよう指示。


そうして細かい繋ぎの確認役として播磨守を残すよう調整した後、俺たちも急いで本庄に向かった。

なお、彦法師丸も千葉介殿の許可を得て同行している。

鍋島一族は当家の柱石の一つ。

安穏とはしていられなかった。


* * *


本庄に着くと鍋島孫四郎が出迎えてくれた。


「殿。お疲れ様です。」


「ああ。どうだ?」


「…危ないようです。」


「……そうか。」


孫四郎らと部屋に入ると、鍋島一族と孫九郎が揃っていた。


「これは殿。態々の御越し、痛み入ります。」


鍋島家当代当主・左近将監が頭を下げてくる。

左近将監は孫四郎たちの伯父であり、平左衛門の嫡男である。


「構わない。平左殿は眠っているのか。」


「はい。時折目を覚ましておりますが、今は…。」


「そうか…。」


「殿。こちらへ。」


鍋島駿河が平左衛門の枕元に座るよう言ってくれるが、固辞しておく。

確かに俺は主君であるが、この場における主役は一族たちであるのだ。


平左衛門の右側に駿河と其の子ら孫四郎、彦法師丸、犬法師丸、初法師丸が座している。

その後方に俺と孫九郎は腰を落ち着けた。


反対側には左近将監とその子・周防、将監、右近が座している。

後ろに盟友・石井和泉とその一族らが列席していた。


* * *


四半刻が過ぎた頃、平左衛門が目を覚ました。

周囲を見渡し、俺と目が合うと軽く頭を下げて言った。


「…これは若殿様。このような所に…。」


「平左殿。ご無沙汰しておる。」


「ワシはそろそろ終いのようじゃ。剛忠様…。」


平左衛門は、おじい様との関係が特に強かった。

当初は地元の一領主に過ぎなかった鍋島家を、当時水ヶ江龍造寺随一の忠臣と成し、当家と縁を結ぶきっかけを作ったのは平左衛門だった。

つまり平左衛門は、鍋島家中興の祖と言える英傑なわけだ。


「思えば剛忠様と駆け抜けたあの頃は、とても楽しかった…。」


平左衛門の昔語りが続いていく。

皆それを黙って聞いている。


* * *


享禄三年、龍造寺は少弐勢の下に在り、侵攻してくる大内勢と戦っていた。


当家の主将は龍造寺山城守家兼、つまりおじい様なのだが。

おじい様は息子たちを率いて出陣し、神埼郡田手村付近で大内勢を迎え撃った。

しかし大軍である大内勢により攻勢をかけられ、苦戦を強いられていた。


その時、突然横合いから赤熊しゃぐまを笠印とした一団が吶喊し、大内勢の意表をついて大混乱に陥れた。

その機に乗じ、おじい様たちは大内勢を一気呵成に攻め抜き、ついには肥前から追い払うことに成功した。


この赤熊を笠印とした一団を率いていたのが、鍋島平左衛門と石井和泉守であった。


戦勝の宴に呼ばれた二人は、おじい様から直接杯を賜る栄誉を得た。

その時の恩賞として、両名は在地に領地を得、また鍋島平左衛門の二男・駿河に孫娘を与えたのだった。


なお、鍋島左近将監と駿河守兄弟も従軍して活躍したそうだが、左近将監は既婚者だったために恩賞は金子となったようだ。

どちらが良かったかは、まあ言わぬが花であろうか。


* * *


それから、鍋島一族と石井一族はおじい様の忠臣となり、当家の柱石となっていく。

鍋島は龍造寺の一門となり、石井党は一族の多くを旗本として輩出している。


そして、これらがそのまま俺や孫九郎に継承されているのだ。


おじい様と、鍋島平左衛門と石井和泉守。

先人たちには感謝してもしきれない。

その恩を返すには、精進を重ねて行くしかない。


* * *


昔語りを終えた平左衛門は、再び眠りについた。


俺と孫九郎はそのまま辞去したが、後から聞いたところ、再び目を覚ますことはなく息を引き取ったらしい。


最後にうわ言で、「剛忠様、御側に…」と呟いていたとか。


ちゃんと引き継ぐから。

後は俺たちに任せて、安らかに眠ってくれ…。


* * *


どんなことがあっても、時間は無情に過ぎていく。

当事者でない俺は仕事を続けれければならない。


西千葉から戻ってきた播磨守らと詳細な打ち合わせを行い、重臣を集めて評議を行う。

その際、次のお宅訪問について提議したのだが……。


「神代ですと!?」


納富石見の怒鳴り声が響き渡る。

この爺さんは飄々としているか冷徹な風であることが多く、このように激発することは余りないのであるが。

そんなに意外であったかな。


「いかぬか?」


「いけませぬ!」


バッサリだった。

他の重臣連中に視線を向ける。


「危険が過ぎます。今までとは訳が違います。」


「あれは間違いなく少弐寄り。考えられぬ。」


「兄上。流石にそれは無理かと。」


各方面に加えて、新次郎からも諌められる始末だ。

流石にここまで反対されると強行するわけにもいかない。


「神代大和守は仁慈に厚い御仁と聞くが…。」


「されど殿。今はあの陰謀の件もありますので。」


いくら仁慈に厚くても現状は敵である、か…。

確かに陰謀が蠢いているのは事実。

それについても確認出来るかと思ったのだが。


「神代は黒か白かで言えば間違いなく黒。」


「左様。今は大人しくしているとは言え、少弐方ですぞ。」


「東千葉同様、いずれは滅ぼさねばならぬ相手。」


皆の意見は全て正しい。

それを承知で会ってみたいと思うのだが、俺の立場がそれを許さない。


「わかった。自重する。」


「お願いします。他にも案件が山のようにありますし。」


「仕方がない。では次の議題を………。」


こうして、第五回お宅訪問は中止となってしまった。

心の中では延期だと思っているが、今は言わないでおこう。



赤熊の笠印としたのは、鎧兜が満足に揃えられなかった為であり、その後は生活も安定し、戦場で見られることは無くなって行きました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ