第二十五話 赤熊の誉
千葉介殿の城で受けた急使は、鍋島先代当主危篤の知らせであった。
鍋島孫四郎にすぐさま先行するよう指示。
そうして細かい繋ぎの確認役として播磨守を残すよう調整した後、俺たちも急いで本庄に向かった。
なお、彦法師丸も千葉介殿の許可を得て同行している。
鍋島一族は当家の柱石の一つ。
安穏とはしていられなかった。
* * *
本庄に着くと鍋島孫四郎が出迎えてくれた。
「殿。お疲れ様です。」
「ああ。どうだ?」
「…危ないようです。」
「……そうか。」
孫四郎らと部屋に入ると、鍋島一族と孫九郎が揃っていた。
「これは殿。態々の御越し、痛み入ります。」
鍋島家当代当主・左近将監が頭を下げてくる。
左近将監は孫四郎たちの伯父であり、平左衛門の嫡男である。
「構わない。平左殿は眠っているのか。」
「はい。時折目を覚ましておりますが、今は…。」
「そうか…。」
「殿。こちらへ。」
鍋島駿河が平左衛門の枕元に座るよう言ってくれるが、固辞しておく。
確かに俺は主君であるが、この場における主役は一族たちであるのだ。
平左衛門の右側に駿河と其の子ら孫四郎、彦法師丸、犬法師丸、初法師丸が座している。
その後方に俺と孫九郎は腰を落ち着けた。
反対側には左近将監とその子・周防、将監、右近が座している。
後ろに盟友・石井和泉とその一族らが列席していた。
* * *
四半刻が過ぎた頃、平左衛門が目を覚ました。
周囲を見渡し、俺と目が合うと軽く頭を下げて言った。
「…これは若殿様。このような所に…。」
「平左殿。ご無沙汰しておる。」
「ワシはそろそろ終いのようじゃ。剛忠様…。」
平左衛門は、おじい様との関係が特に強かった。
当初は地元の一領主に過ぎなかった鍋島家を、当時水ヶ江龍造寺随一の忠臣と成し、当家と縁を結ぶきっかけを作ったのは平左衛門だった。
つまり平左衛門は、鍋島家中興の祖と言える英傑なわけだ。
「思えば剛忠様と駆け抜けたあの頃は、とても楽しかった…。」
平左衛門の昔語りが続いていく。
皆それを黙って聞いている。
* * *
享禄三年、龍造寺は少弐勢の下に在り、侵攻してくる大内勢と戦っていた。
当家の主将は龍造寺山城守家兼、つまりおじい様なのだが。
おじい様は息子たちを率いて出陣し、神埼郡田手村付近で大内勢を迎え撃った。
しかし大軍である大内勢により攻勢をかけられ、苦戦を強いられていた。
その時、突然横合いから赤熊を笠印とした一団が吶喊し、大内勢の意表をついて大混乱に陥れた。
その機に乗じ、おじい様たちは大内勢を一気呵成に攻め抜き、ついには肥前から追い払うことに成功した。
この赤熊を笠印とした一団を率いていたのが、鍋島平左衛門と石井和泉守であった。
戦勝の宴に呼ばれた二人は、おじい様から直接杯を賜る栄誉を得た。
その時の恩賞として、両名は在地に領地を得、また鍋島平左衛門の二男・駿河に孫娘を与えたのだった。
なお、鍋島左近将監と駿河守兄弟も従軍して活躍したそうだが、左近将監は既婚者だったために恩賞は金子となったようだ。
どちらが良かったかは、まあ言わぬが花であろうか。
* * *
それから、鍋島一族と石井一族はおじい様の忠臣となり、当家の柱石となっていく。
鍋島は龍造寺の一門となり、石井党は一族の多くを旗本として輩出している。
そして、これらがそのまま俺や孫九郎に継承されているのだ。
おじい様と、鍋島平左衛門と石井和泉守。
先人たちには感謝してもしきれない。
その恩を返すには、精進を重ねて行くしかない。
* * *
昔語りを終えた平左衛門は、再び眠りについた。
俺と孫九郎はそのまま辞去したが、後から聞いたところ、再び目を覚ますことはなく息を引き取ったらしい。
最後にうわ言で、「剛忠様、御側に…」と呟いていたとか。
ちゃんと引き継ぐから。
後は俺たちに任せて、安らかに眠ってくれ…。
* * *
どんなことがあっても、時間は無情に過ぎていく。
当事者でない俺は仕事を続けれければならない。
西千葉から戻ってきた播磨守らと詳細な打ち合わせを行い、重臣を集めて評議を行う。
その際、次のお宅訪問について提議したのだが……。
「神代ですと!?」
納富石見の怒鳴り声が響き渡る。
この爺さんは飄々としているか冷徹な風であることが多く、このように激発することは余りないのであるが。
そんなに意外であったかな。
「いかぬか?」
「いけませぬ!」
バッサリだった。
他の重臣連中に視線を向ける。
「危険が過ぎます。今までとは訳が違います。」
「あれは間違いなく少弐寄り。考えられぬ。」
「兄上。流石にそれは無理かと。」
各方面に加えて、新次郎からも諌められる始末だ。
流石にここまで反対されると強行するわけにもいかない。
「神代大和守は仁慈に厚い御仁と聞くが…。」
「されど殿。今はあの陰謀の件もありますので。」
いくら仁慈に厚くても現状は敵である、か…。
確かに陰謀が蠢いているのは事実。
それについても確認出来るかと思ったのだが。
「神代は黒か白かで言えば間違いなく黒。」
「左様。今は大人しくしているとは言え、少弐方ですぞ。」
「東千葉同様、いずれは滅ぼさねばならぬ相手。」
皆の意見は全て正しい。
それを承知で会ってみたいと思うのだが、俺の立場がそれを許さない。
「わかった。自重する。」
「お願いします。他にも案件が山のようにありますし。」
「仕方がない。では次の議題を………。」
こうして、第五回お宅訪問は中止となってしまった。
心の中では延期だと思っているが、今は言わないでおこう。
赤熊の笠印としたのは、鎧兜が満足に揃えられなかった為であり、その後は生活も安定し、戦場で見られることは無くなって行きました。




