第二十四話 千葉介
朝起きたら隣には既に誰もいない。
それを少し残念に思いつつも、気を取り直す。
本日はお宅訪問第四回、長年の同盟者・西千葉に向かう予定だ。
* * *
西千葉には俺の従弟となる、養子・彦法師丸がいる。
先年西千葉の当主には実子が生まれたが、どうなるのかな。
分家でも興すのだろうか。
西千葉には彦法師丸の実兄・鍋島孫四郎と共に向かうことになった。
政治の話を実務的にするため、家老の播磨守も連れている。
途中、芦刈の鴨打陸奥や徳島土佐の居館に立ち寄る。
孫四郎からすれば徳島土佐は岳父にあたる。
その挨拶も良いだろう。
まずは徳島土佐の屋敷に立ち寄り、次に鴨打陸奥の屋敷に立ち寄る。
そして西千葉屋形の居城に向かうのだが、何故か徳島と鴨打の両名もついて来ている。
別に良いのだが、それなら直接集合すれば良かったのではないかと思ってしまう。
それぞれの居館で持て成すということが大事なのはわかるのだが……。
そんなこんなで西千葉の居城・晴気城にやってきた。
「ようこそ山城守殿!千葉介にござるっ!」
「はじめまして、龍造寺山城守です。」
迎えてくれたやたら元気なこの人が、西千葉の当代・千葉介殿か。
随分と覇気に溢れている。
長年当家と足並み揃えて東千葉や、外敵に対抗してきただけはある。
「殿さま、兄上。お久しぶりです。」
「おお、彦法師丸。息災のようだな。」
「彦法師も、すっかり大きくなって。母上も父上もお喜びになろう。」
彦法師丸も一緒に出迎えてくれた。
千葉介殿の実子はまだ幼いため、ここにはいない。
「千葉介殿。男子誕生の義、遅ればせながらお慶び申しあげる。」
手紙や使者は当然送っているが、せっかく直接会えたのだ。
改めて言うことにも意味があるだろう。
「忝い。しかし正直、家督は彦法師に継がせたいと思っておる。」
「確かに、彦法師殿は才気に優れております。」
「左様。元服前と言うに、中々の片鱗をみせておるな。」
千葉介殿に徳島土佐と鴨打陸奥が追従する。
「彦法師がそこまでとは…。母上も父上もお喜びになるだろう!」
孫四郎は弟大好き兄ちゃんだな。
あとなんで母上殿が先に来るのか。
何となく、孫四郎の中での鍋島家の順位が窺える。
「すごいな、彦法師丸?」
「恐縮です…。」
本気で恐縮したのか、まだそう大きくはない体躯をより縮こまらせてしまった。
しかし、千葉介殿には実子が誕生している。
優秀な養子と未知数の実子。
千葉家中が必ずしも納得するとは限らない。
御家騒動の元とならねば良いが…。
「だから、迷っておるのだ。」
千葉介殿が言うには、東千葉と言う怨敵がいる以上は騒動の種を出来る限り排したい。
彦法師丸を実家に帰して、実子を跡取りと定めるのは容易なことだ。
千葉介殿の奥方は当家の人間。
つまり、その実子にも当家の血が流れており、同盟上問題は少ないと思われる。
しかし、だ。
彦法師丸が優秀なのは衆目一致するところ。
これをむざむざ手放して良いのか。
いや良くない。
そう考える千葉介殿と重臣たち。
ならばどうする?
実子を養子の家臣にするのは少々外聞が悪い。
本人たちはどうあれ、実子を担ぐ人間が現れる可能性は高い。
ならば分家か?
優秀な分家か、実子が分家か。
いずれにしても同じことだ。
不満はどこかに必ず残る。
「悩ましい問題だのう。」
千葉介殿が苦悩している。
しかし俺が下手なことを言うと、内政干渉に成りかねない。
千葉介殿が気にしなくとも、家中にはこれを嫌う人間もいるだろう。
「まあ、ひとまず置いておくか!」
「は…?」
「此度、こちらに参られたこと誠に嬉しく思う。
よって、ささやかながら酒宴を催した。
昼間故酒量は控え目にするが、是非楽しんでいって欲しい!」
千葉介殿は、切り替えの早い御仁のようだ。
* * *
小田や高木らと話したことを同じように伝える。
千葉介殿は、協調することに快く応じてくれた。
そして、当家で進行している陰謀についても話しをした。
それに対抗するつもりであることも。
「承知した!我らは変わらず山城殿を支持しよう!
鴨打殿も徳島殿も、それで構わぬかな?」
「無論です。」
「承知しました。」
「では、我らはそろそろお暇を…。」
「殿、佐賀本庄より急使です!」
暇乞いを告げていると、千葉介殿の家臣が飛び込んできた。
佐賀本庄よりの使者だと?
「む、良い。通せ!」
「はっ!」
一体何事だろうか。
孫四郎と彦法師丸の兄弟も、不安そうに入口付近を見つめている。
そして使者が到着した。
「周防殿?」
本庄からの使者は、孫四郎たちの従兄弟である鍋島周防であった。
「千葉介様、突然失礼致します。
大殿におかれましても、申し訳ありません。
しかし叔父・駿河より急ぎ伝えよと言われまして…。」
「良い!早くお伝えせよ。…我らは外した方が良いかな?」
「ありがとうございます。いえ、このままで結構です。」
鍋島周防は千葉介殿に一礼して、口上を述べた。
「我らが祖父・鍋島平左衛門が危篤にございます。
孫四郎殿、彦法師丸殿は急ぎ本庄にお戻り頂きたく。」
鍋島先代当主・平左衛門危篤の知らせだった。
本文西千葉当主・千葉介胤連の妻は龍造寺豊後守家純の娘
鍋島(千葉)彦法師丸の実母も龍造寺豊後守家純の娘
つまり、叔母の養子となっていたことにもなります




