第二十三話 萌芽
水ヶ江に立ち寄り、孫九郎と母上や慶法師丸らと一時を過ごした。
家族と過ごして気分爽快リフレッシュ。
さて明日からまた頑張ろうと、そういう気持になれた。
そして門まで見送りに来てくれた孫九郎だが、何か言いたそうにしていることに気が付く。
「どうした孫九郎。何か言いたいことがあるようだが?」
「はい…。実は、そのぉ…。」
普段の孫九郎らしくない様子に何かあると判る。
なので、少し門から離れて人気のない方へ寄った。
「それで、どうした。」
少し迷う素振りを見せたが、やがて決したのか顔を上げた。
「実は義兄上にお伝えしたいことがあります!」
こんな勢い込んで話す孫九郎を見るのは久しぶりだ。
それだけ重大な事柄なのだろう。
それはそうと、孫九郎に義兄上と呼ばれると嬉しくなる。
顔には出さないように努めているが、ついニヤニヤしてしまいそうに…。
おっと、いかんな。
真面目に聞かねば。
「まあ落ち着いて、ゆっくり話しなさい。」
「は、はい。……実は、ですね……。」
* * *
孫九郎の話は驚くべきことであり、またどこか予想していたことでもあった。
即ち、当家の不穏分子が孫九郎に接触してきたとのこと。
しかも宗家の家老職にある者だという。
現時点では同志を募っている状況であるらしく、動き自体は活発ではない。
しかし周辺の豪族らにもそれとなく匂わせている辺り、そのうち大きな動きをするつもりなのは間違いない。
そして、その旗頭として孫九郎を担ごうとしているらしい。
まさか家老という上位職位の家臣が、そのような動きに加担しているなど…。
接触された時、動揺した孫九郎は毅然とした反応を取れなかったことを悔やんでいた。
しかし、逆にそれで良かったかもしれない。
本人に接触してきたということは、奴らは孫九郎を担ぐつもりなのだろう。
これを上手く使えば、炙り出しが出来そうだ。
可愛い義弟を利用する形になるのは気に成るが、已むを得ないと判じよう。
不穏当な一派は、豊後の大友と誼を通じているようだ。
孫九郎は、以前おじい様の政策の一環として当代の一字を貰っている。
その流れなのだろう。
「良く知らせてくれた。また後日、善後策を練ろうな。」
「はい。義兄上もお気を付けて。」
少し話したことで落ち着いてきた孫九郎とはここで別れ、教えてもらった諸情報をまとめながら村中に帰った。
* * *
帰城した俺は、早速評定を催した。
もう大分暗くなっているが、情報の周知と連携は必須だ。
少なくとも、執権と上級家老たちには知らせておかねばならない。
「このような時分に招集とは。何かありましたかな?」
納富石見爺さんの発言から始まる対策会議。
「高木との接見は上手く行ったと聞いておりますが。」
水ヶ江に寄るので、先触れを出しておいたのだがちゃんと伝わっているようだ。
「実は、先ほど水ヶ江で孫九郎より重大な事実が齎された。」
俺の言葉に全員が姿勢を正す。
「大友と結び、孫九郎を担ぐ一派がいる。その筆頭は、土橋加賀守。」
「なんと…。」
「土橋加賀、か…。」
「土橋と言えば、当家の家老ではないか。まさかそんな…。」
驚き絶句する者、納得する様子を見せる者、反応は概ね二通りだった。
土橋加賀は、先代様に仕えていた中級家老。
先代様に仕える様子は誠実そのもので、忠勤を賞され近衆から中級家老にまで取り立てられた。
その忠勤ぶりに嘘はなく、先代様が逝去なされた時は慟哭していた。
「そう言えば、土橋は孫九郎様を相続人として推しておったな。」
石見爺さんの言う通り、土橋加賀は相続会議で孫九郎を推していた一人だ。
しかし最後には俺の支持に回り、満場一致となっていたのだが…。
心中は別義であったということか。
「しかし加賀めの息子、織部は殿に抜擢されておったが。これも同心なのか?」
そう、土橋加賀の息子・土橋織部には、昨年より神埼郡の検地奉行補佐を任せている。
そして忠実に職務を遂行していた。
謁見したことも勿論あるが、真面目で実直そうな感じを受けた。
父と筋目、どちらに忠実であろうとするかは正直解らない。
大友との繋がりと言えば、三根郡の検地奉行に任じた備後守もまたそうだ。
播磨守の甥であるが、その辺りから確認させておいた方が良いかも知れない。
「詳しくは後日、孫九郎も交えて善後策を協議したい。異論はあるか?」
「いえ、それでよろしいかと。」
「承知しました。」
「では本日はこれで解散とする。大義であった。」
「「ははっ!」」
* * *
すっかり夜も更けてしまい、寝室へ向かう。
そして自分らの寝室に入る前に、於安の寝所を覗いてみる。
すやすやと眠る娘の姿が目に入る。
そういえば、今日は外泊じゃないのに一緒の時間を取れなかった。
無念…。
いや、この子のためにも於与さんとの仲は早急に修復しなければならない。
しかし良い案が浮かぶこともなく。
小河筑後に任せているが、どうにか出来るのであろうか。
於与さんは相変わらずなのだろうなぁ…。
仕方がない、か。
そうして寝室の戸を開けるのだが。
「………。」
「………。」
目が、あった。
あれ。
於与さんと目が合うの、結婚してから初めてじゃね?
「お、於与殿…?」
「………。」
恐る恐る声を掛けてみると、ふいっと目を逸らされた。
そして、いつも通り俺に背を向けて布団に入ってしまう。
「………。」
えー、と。
ひょっとして、起きて待っててくれたとか?
これは、少しは進展の芽があると考えて良いのだろうか。
「於与殿、ただいま帰りました。」
「………。」
その背に向けて声をかけるも、返答はない。
しかし、その息遣いはいつもと少し違うように感じられた。
「おやすみなさい。」
そのことに嬉しくなりながら俺も布団に入り、夢の世界へと旅立った。
鉄砲(種子島銃)が、初めて戦場で実戦使用されたのはこの頃。




