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第二話 釣果

中の人の謎知識って言ってたけど、よく考えたら俺が中の人になるんじゃ……?


そんなことを考え付いたのは、色々まだ良く分かっていない中で、どうやら俺は「肥前の熊」こと龍造寺隆信の幼少期に憑依したのではないかと、ほぼ確信した時だった。


しかも、どうも元々の人格が持っていた知識を受け取ることが出来るようなのだ。

正直これには大いに助かっている。

何せ俺が一体どういう立場なのか、基本的に何も知らない。

しかし教えてくれる存在がいるならばこれほど心強いものはない。

知っているのと知らないのとでは、何事にも雲泥の差があるのだから。


さて、俺が不思議体験をしてから一日が経過した。


昨夜は軽く飯を食い、すぐ横になった。


まだ混乱していたせいか、飯の内容など意識しなかったし風呂に入らなかったことも気に成らなかった。


そして横になりながら頭の中を整理していたところ、冒頭の考えに至ったわけだ。


つまりどういうことなのか。

元々いた人物が、何らかの理由で倒れて意識を失った。

そこに何らかの理由で俺という別の人格が憑依した。

元々の人物の身体に中身は俺。

外側の人と内側の人、即ち外の人と中の人だ。


激しくどちらでも良いと言うなかれ、物事の確定は大事なのだよ?


まあそれはともかく。


あの後も色々知識のすり合わせを行った。

その結果、昨日の不思議な夢も、実は夢ではなかったことが発覚した。


彦松とは腹違いの弟で、父上が妾に生ませた子で身分は低いとかなんとか。

いわゆる庶子というやつだな。

でも外の人は、二つ歳下のその弟をとても可愛がっており、良く一緒に遊んでいたとのこと。


外の人が(曽)おじい様の指示で寺に入ったあとも、幼馴染の松法師丸と一緒になってよく遊びに来ていたそうだ。

そうして一昨日、いつもと同じように蹴鞠で遊んでいたところ、不意に蹴とばした鞠が俺にぶつかって転んで頭を打って意識を失ったそうな。

その鞠を蹴ったのが何を隠そう弟の彦松であり、当人は半泣きで俺の枕元に佇んでいたというのが事の顛末だと。


というか外の人って言いにくいな。

今後は外の人しか名乗ってない幼名の長法師君と呼ばせてもらおう。


* * *


俺は今、豪覚和尚と向かい合って朝餉をとっている。


彦松は昨日遅くに和尚が諭して家に帰らせたのだが、


「今日も来るだろうから、ちゃんと相手してあげなさい」


とのことだった。


そうだよな。

幼少期の出来事は容易にトラウマになってしまいかねない。

外の人こと長法師君もまだ幼かったが、中の人こと俺は(多分)立派な大人だったのだ。

しっかりとした対応をしてやらねばなるまい。


……そして。


「若ぁーーーーーっっ!!!」


来たようだ。


* * *


「若ぁ!心配致しましたぞぉ!!」

「あにうえぇ!お加減はいかがですか!!」


一気に騒々しくなった。

俺が目が覚めたと伝え聞き、全力で駆けてきたらしい。

愛い奴…だがうるさい。


「して若。お加減の方は?」


俺を若と呼ぶのは幼馴染の松法師丸。

父は鍋島駿河でその嫡子だ。

鍋島駿河の妻、つまり松法師丸の母は俺の叔母にあたる。

つまり松法師丸は俺の従兄弟に当たる。

なんでも鍋島駿河はその働きを曾祖父から賞され、俺の祖父である豊後守家純の娘を娶ることを許されたとか。

松法師丸の母はその豊後守の娘であり、俺の父である六郎二郎周家の姉でもある。


だから家臣筋と言いつつ一門でもあり、しかも俺と同い年なので遊び友達としては申し分ない、と言うことらしかった。

俺が寺に入ってからも、弟と一緒によく遊びに来てくれている良い奴だ。


「ああ、大事ない。彦松にも心配かけたな。もう大丈夫だ」


二人に答え、問題がないことを笑顔でアピールする。

だが彦松は既に涙目だ。

泣き虫だな。

思わず苦笑が漏れる。

が、それだけ慕ってくれて心配してくれたのだ。

それは素直に嬉しく思う。


「あ、若。今日は新五郎様もいらっしゃっていますよ」


新五郎?松法師丸に言われて門を見ると、和尚と若い兄ちゃんがしゃべっていた。

誰だあの兄ちゃん。


”新五郎胤明様。先日元服を果たした宗家筋の親戚。自分にもよく構ってくれる気の良い兄貴”


出ました長法師君のナイス知識。

これがないとまだやっていけん。

……てか宗家筋の親戚ってなんかすごいな。

随分と気安くて良い雰囲気な兄貴さんのようだ。


そうそう、長法師君のことだが。

どうやら例の蹴鞠打撲事件で逝ってしまうところだったようだ。

そして死にたくないと必死になって何かを手繰り寄せた結果、俺が釣れたらしい。


俺は本来異物であるが、俺がいなければそのまま死んでいたのかも知れない、と。

よく分からないが、脳死状態に成りかけたのかも知れないな。


俺も多分、どこかの世界で逝ってしまったのだろう。

タイミングと波長が上手く合った結果、俺と言う存在を長法師君が見事釣り上げた、ということなのだろうか。

まあ今後どうなっていくかは分からないが、今は良かったと思っておこう。


俺自身の前世がどうなっているかは、何故かほとんど思い出せないのが気にはなる。

今のところ思いつくのは、俺が長法師君に連なる子孫なんじゃないかっていう可能性くらいだが…。


「おう、長法師……じゃなくて今は円月か。元気そうだな、皆も心配してたぞ?」


思考の坩堝に入り込んでいた俺を引き戻したのは、新五郎兄貴の声だった。


「ああ兄貴。うん、心配かけてごめん。もう大丈夫だよ」


「そうか。いや良かった。しかしどうも、まだ長法師丸って言いそうになる。慣れないな!」


そう言って快活に笑う新五郎兄貴。


「いや、兄貴。もう出家して一年になるんですから、いい加減慣れましょうよ」


そして呆れたように言う松法師丸に同意だ。

一年経ってるんだから慣れろよ。

なんだかホント兄貴っていう感じで好感が持てる人だな。


しかしそうか、いろんな人に心配をかけてしまったか……。

そりゃそうだよな。

そして少々不謹慎かもしれないが、色んな人に心配してもらえたという嬉しさもまた同時に覚えた。


しかし此処にいる俺、彦松、松法師丸、新五郎兄貴、豪覚和尚は皆一門だな。

松法師丸は家臣筋だが一門でもあるという意味で。

和尚も、俺が在籍しているこの宝琳院は代々一門から座主を出しているらしいので間違いない。

俺も順当に行けば当院の座主を勤めることになるのだろう。


……おそらく、順当には行かないのだろうけれど。


俺が龍造寺隆信だとしたら、僧籍にあった者が当主に成らねばならないような、何か大きな出来事があるはずだ。

そのうち大事件が起こるのだろう。

嫌な予感がする。


現代の知識を持ち、歴史を知っていても何も出来ないもどかしさ。

これから実感していくであろうそれは、想像以上に凄まじい苦みを孕むものだなどとは、この時はまだ知る由もなかった。


釣果:釣れた獲物の意

余程おいしそうなエサだったのでしょうね。

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