八羽
旧です。
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部活の試合が一段落すると、後を追うように学校は文化祭一色になった。
うちのクラスも出し物を準備しなくてはならない。飲食物を出すのは三年生に認められた特権なのでカフェとかは出来ない。
やるとしてもお化け屋敷や縁日風の射的やダーツなどなど。出来ることはあまり多くない。クラス以外の出し物をする人、体育館でライブモドキや有志での合唱、劇などをする人達もいるので、正直なところクラスの出し物は湿気ている。
「お前ら意見だせー」
辺見先生が疲れたように言ってもみんな積極的に意見を言おうとはしなかった。さっきから実行委員の島田 かれんさんもチョークを持ったまま手持ちぶさたな様子だ。
「コスプレ喫茶! 食事出さないバージョン」
早乙女がはいはーいと手を挙げて言った言葉に女子たちが目を三角形にする。
「それってあんたが私たちのコスプレ見たいだけじゃない」
陸上部の相沢 早百合さんが文句を言うと素直に書こうとしていた島田さんを止めた。早乙女がちぇーっと舌を伸ばす。
でもぼくもコスプレ喫茶、食べ物なしは流石に可笑しいと思う。それじゃあそもそも喫茶店になっていない。ただのコスプレショップだ。
早乙女が食い下がろうとするとすると辺見先生が「二万しか予算ないからあんまり凄いのは出来ないぞ」と釘を刺した。早乙女は次に裁縫が得意な和泉 佑香さんに助けを求めたけど「私そういうの作らないからっ」とばっさりと切り捨てられた。
「じゃあ、これで決取って良いか?」
先生は黒板をとんとんと叩いた。
今上がっているのは、“作品展<美術部&習字部>”と“縁日”、“お化け屋敷”、“教室でオーケストラ<合唱部&軽音部&吹奏楽部>”だ。
ぼくは正直どれでも良かった。しいて言うなら“作品展”と“教室でオーケストラ”が良いと思う。ほとんどはその部活に所属している人に準備を丸投げ出来るから楽チンだ。
誰もあまり関心がないのに辺見先生は何を勘違いしたのか「顔伏せたまま手を挙げろー!」と言った。
顔を伏せても島田さんが「えっと、いち、に、さん……」とわざとらしく言うのが聞こえてしまっていた。
作品展・正正正一
縁日・一
お化け屋敷・下
教室でオーケストラ・正正下
思った通りの結果と言えば、その通りだった。そこまで学園祭に熱が入っていないのは残念なことなのかもしれないけど仕方がない。
ぼくもクラスの出し物じゃなくて有志の合唱に参加するつもりだ。山田も参加すると言っていたいし、バンドよりは敷居が低い。
「今年はじゃあ展覧会なぁ。準備はちゃんとみんなでやるんだぞ~」
辺見先生がそういうと放課後にまで食い込んだホームルームは打ち切られた。みんなが部活や家へ急ぐなか、ぼくは荷物を持ったまま帰ろうとする雲雀を止めた。
「今日、部活あるけど……」
肩に置かれたぼくの手を雲雀は振り払った。
「どうせお前もさんざん威張ってたくせに弱、とか思ってるんだろ」
此方を睨みつけてくる雲雀の瞳からぼくは反射的に目を逸らしてしまった。
「やっぱお前もか……」
「そんなことっ」
ぼくの心の中にそんな気持ちはなかった。見せろ、と言われたら自信を持って全部洗いざらい見せても良い。でもそれを言葉にしても安っぽい気がして口をつぐんでしまった。
「良いよ別に……、オレが悪いってことぐらい分かってんだ。後藤先輩がさんざん書いてたの知ってるし」
ぼくはそのまま伸ばした手を引き戻さざる負えなくなった。その話は知っている。先輩たちの間のlineで後藤先輩が雲雀の悪口を言ったのは事実だった。
早乙女が珍しく深刻そうな顔をして会話のスクショを見せてくれた。ペアとして仲の良かった二人の結構個別的な話まで書き連ねてあった。
「気にしてないからさ。ちゃんと代わりにみんなを引っ張っていってくれよ」
「お前辞めるのか?」
雲雀は答えないままに透き通った笑顔を作った。
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ぼくはモヤモヤした気持ちのまま部活に向かった。三年生の先輩は勝ち上がった徹先輩と宗山先輩、東城先輩以外は「受験に専念したい」と言って消えていった。
少し寂しくなった部室の上級生のネームプレートを眺めながら溜息を吐いた。ぼくはどう考えても部長なんて出来るキャラクターじゃない。
真面目の仮面を被ってるだけで根っこから真面目というわけじゃない。テニスは嫌いじゃないけどそれに責任を負うことは嫌だった。
軽薄だけどテニスに真摯に向き合っていた雲雀の方がどう考えても向いている。
ラケットを握るとコートへ走った。すでに練習を始めている早乙女と山田を見つけると合流した。
「あれ? 今日も雲雀は来てないの?」
事情を知らない山田は不思議そうに首をかしげた。早乙女にまだ言ってないのか、と視線で訴えるとバツ悪そうに目を伏せた。
「雲雀ちょっと風邪っぽいだって」
ぼくの口から自然と嘘がこぼれでた。言ってしまってからはっとなって口を塞いだ。
「へぇ、季節の変わり目だからなぁ。お大事にって言っといてよ」
「おま……」
早乙女の声にぼくは言葉を重ねた。
「おっけ、後でline飛ばしとくわ」
ぼくは息苦しくなって「ちょっとトイレ」と小学生みたいなことを言ってコートを出た。
後から慌てて早乙女が付いてきた。
「佐藤! 待ってて。どういうつもりだよ!」
「たぶん雲雀はもう来ない」
ぼくは立ち止まると早乙女を振り返った。
「……それって」
「でもそれを徹先輩に気がつかれちゃダメだ。このまま行けば徹先輩は雲雀を指名する。そうすれば嫌でも来ないと行けなくなる」
「なんでお前がそんなことすんだよ。そんなことされても雲雀は嫌がるだろ」
「なに? じゃあ、早乙女は雲雀に辞めてほしいのか? ぼくはそんなの嫌だ」
「でも……」
「お願いだ」
ぼくは頭を下げた。
これが一番円満な方法だ。ぼくなりの冴えた方法。ぼくが部長にならなくて胸を張って雲雀がテニス部に返り咲ける。
早乙女は黙ったまま頷いた。変に暗い空気を振り払うように早乙女は笑ってぼくのラケットを指した。
「グリップぼろぼろになってるぞ」
「え?」
自分のラケットを見ればたしかに黒ずんで表面は、ざらついてしまっていた。そういえば変えようと思って部室に新しいグリップを置いておいたはずだ。
「本当だ、ちょっと張り替えてくるわ」
ぼくは先に戻っておけよと早乙女を促すと一人部室に歩いた。校庭で練習しているサッカー部の横を通ってプレハブの部室の扉に手を伸ばした。
金属製のノブに手をかけると静電気がぴりっと走り抜けて思わず引っ込めた。
「この前のマジウケたよなぁ」 「あれだろ? 伝説のスカスマッシュ。オレたちに偉そうにサーブの打ち方教え方言ってたくせに」 「あの顔、清々したぁー」 「だよなぁ。先輩だからってなんだっていうんだよ。所詮、一年早く生まれただけだろ」 「それなぁ。いばちゃってマジムカつく」
一言一言が刺々しかった。名前こそ言わんかったが誰のことだか丸分かりだった。ぼくだってそこまで鈍感じゃない。
たぶん一年生の中でも下手なやつらだ。声は聞いたことはあるけど名前はどうしても思い出せなかった。
そういえば雲雀は率先して初心者たちを指導していた気がした。
ぼくは扉に背を向けた。
テレビとかでいう親友なら止めるべきだろう。「お前ら何言ってんだー!」と殴り込むのが主人公だ。
でもぼくは主人公じゃない。自分に嘘を続けているぼくはどれが本当か嘘かもうめちゃめちゃで分からなかった。
雲雀は本当に友達なのか? それすら分からない。たしかに楽しく話して学校帰りに寄り道して一緒に練習して泣いて笑って。でも別にそのくらい誰だって出来る。別に雲雀である必要はない。
ぼくだって楽しくなくても笑うことがあっる。でも相手が勘違いするかもしれない。「友達だよな」と口に出して「違う」と言われるが嫌だった。
傷つきたくない。誰も信用できない。身内でさえその心の中身は見ることが出来ない。それを知れるのは自分だけだ。
「普通だって」
再びコートへと歩きながらそう呟いた。
ぼくはそのままコートに帰って何事もないように「グリップ家に忘れちゃった」とまた嘘で塗り固めた。
ぼろぼろのグリップを握りしめて飽きもせずサービスを打ち込む練習をひたすらワンパターンに続けた。