七羽
旧です
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先輩達は総体を順調に勝ち上がっていっていた。個人では徹先輩と東城先輩のペアがキャプテンと副キャプテンの意地を見せ、健県大会に駒を進めたし、ダブルスの宗山先輩と芹沢先輩も三番手ながら大金星をあげて県南大会でベスト4に入った。
さして強豪校というわけでもないぼくたちにとっては十分すぎる収穫だった。
あとは市大会を団体で勝ち上がれば良いだけだった。それには雲雀も出るし応援するしてやりたい。もちろん先輩たちにも頑張って貰いたいけど、同級生が試合に出ていると応援の気合いの入り方が違う。
ぼくは緑色のフェンスに取り付いて試合を食い入るように見守った。
試合は一番手の徹先輩&東城先輩のペアが勝って二番手の宗山先輩&芹沢先輩のペアが負けてしまった。カウントはイーブンで勝敗は雲雀と後藤先輩のペアに掛かっている。
「ほら、頑張ってこいよ!」
ぼくはまだ横で心配そうな顔のまま体を震わせている雲雀を見た。普段は軽薄に振る舞う雲雀だけど大一番の時はやってくれるし、みんなに隠れて近くの公園のコートを借りて自主練していることも知っている。
「大丈夫かなぁ」
「緊張するなよ、お前らしくもない」
「それもそうか。わりーな、佐藤。いっちょぶっ飛ばしてくるか」
「ボールはぶっ飛ばすなよ。力入れすぎてもアウトだからな」
雲雀は「違いない」と笑ってコートに入っていった。
相手は市大会ということもあり、練習試合もしたことのある学校だった。レベル的にはうちと大差ない。身内贔屓に見るなら此方のほうが断然強いと思う。
正直あまりやる気のない一年生が「いっけいけいけ、ごとう~!」と音程ハズレな応援節をする。ぼくがイラっとした目を向けるとちゃんと練習した通りの音程に戻した。
これなら応援部とかが来てくれれば良いんだけど、それはうちの学校で一番の有望株のサッカー部に付いていってしまった。弱小の部活には応援さえつけてもらえないのかと思うと世知辛かった。
後藤先輩と雲雀のペアは少し変則的なフォーメーションを取っている。両方とも後衛に立つダブル後衛という奴だ。言っちゃ悪いけど後藤先輩は余り物だったから後輩と組まされているわけで後衛、前衛を選り好みする謂れは無かった。
相手ペアとの乱打を終えた二人はひそひそと何事かを話し合いながら方針を決めていた。大方どっちを狙うかという話だろう。
「セブンゲームマッチプレイ!」
もう試合を終えた学校の審判がやる気のなさそうに言った。サービスゲーム此方だ。雲雀は緊張を紛らわすようにぐりぐりとゴムボール変形させたりした後、ファーストサーブを放った。
ボールは大きく逸れて向こう側のフェンスに当たった。雲雀が力みすぎた、と苦笑してポケットの中からもう一球取り出した。審判がそれくらい分かっているのに「フォルト!」と自信満々に言う。雲雀は深呼吸いした後にもう一度打ったけど今度はネットにかかってしまった。
まだ余裕のある後藤先輩が「どんまい」と肩を叩き、向こうのチームは「よっしゃーラッキー!」と此方を煽るような応援をする。
そこからもう試合の流れを取られてしまっていたのかもしれない。雲雀は練習ではあり得ないくらいのミスを連発して後藤先輩は顔を曇らせた。相手もそれを見て調子に乗るものだから雲雀は徹底的に狙われた。
攻めるように前に上がった後藤先輩の頭を飛び越すようなチャンスボールとも取れるロブを打ち、雲雀がそれを強打するとネットに掛かった。相手のペアがハイタッチをしているのを雲雀は悔しそうに唇を噛んでいた。
一ゲーム目をあっという間に食い潰しチェンジサイズになると後藤先輩が不機嫌そうに雲雀に詰め寄った。声まで聞こえないけどあまり良い雰囲気ではない。
「ありゃりゃ、これはダメっかねぇ」
とっくに試合に飽きた山田がぼくの肩を叩いた。
「まだ分からないだろ!」
ぼくは雲雀を応援してやりたくてついつい強い口調になってしまった。山田はそれを聞いて肩を竦めた。
「だって後藤先輩ペア責めちゃだめっしょ。あんなことやられたら余計緊張するし、先輩と後輩のペアは上手くいかないもんだなぁ」
「……」
ぼくは黙り込んでしまった。山田が言うことは至極全うなことだ。ペアのことを責めると不和のもとになるし体が固くなってしまう。もし言いたいなら試合後に言うべきだ。
それくらい後藤先輩にだって分かっていると思うけど三年生最後の試合で焦っていたのかもしれない。雲雀は遠目にも項垂れながら後藤先輩の言葉を聞いていた。
レシーブゲームになっても流れは変わらない。後衛のままだとミスを連発するからと後藤先輩は急遽雲雀を前衛にして前に出させた。とは言えそもそも雲雀のラケットはシングルシャフト、つまりラケットの柄が一本のタイプの完全後衛専用ラケットだ。
弘法筆を選ばずなんて言うけど、流石に違いは出てしまうし、第一普段練習してもいない前衛を雲雀が出来るはずがない。たぶん前衛だったら迂闊に狙えないはず、という打算なのだろう。
突然の配置がえに相手のペアは困惑して相談していたけど直ぐになにやら頷きあって作戦を決めた。
相手チームの方針は明確だった。
前に上がっても徹底的に雲雀を狙う。そもそも練習をしていない雲雀は打ち込まれたボールを返すので手一杯で決めることなんて出来ていない。
浮き上がったボールを連続で雲雀に打ち込み、点数を奪った。なにもさせて貰えない後藤先輩は雲雀がミスをする度に口汚く罵った。相手のペアは勝手に仲間割れをしているのを見て細く笑んだ。
ほとんど一方的になった試合は野球で言う完封のようにゲームを重ねていった。三ゲームを連取され、マッチポイントまで三十分も掛からなかった。
そのころには雲雀は棒立ちになって前に縮こまっているばかりだった。一年生もどこか気まずげに応援を控えている。先程空気の読めない金子が「どんまーい!」なんて言ったけど誰も後に続かず、空気が悪かった。
「カウント、3ー2。マッチポイント!」
リターンは左側の後藤先輩。雲雀は前にたったまま油断なく構えていたけどどこか頼りなかった。
相手の鋭いファーストサーブが良いところに入ったけど後藤先輩は落ち着いていた。ゆっくりとバックハンドでカットを掛けると前に落とした。
力んだファーストサーブの反動で一瞬遅れた相手のサーバーは前に落ちたボールを救いあげるようにしてコートに返すことぐらいしか出来なかった。
チャンスボールが雲雀の前にゆっくりと上がる。ヘロヘロのボールは大きく弧を描いて雲雀のところに落ちていく。
雲雀はそれをサーブを打つかのようにラケットを背中側に落とすと、思いっきり振り抜いた。
ボールはそれを嘲笑うかのごとくラケットの少し上を掠めていった。
言い訳のしようがない見事なまでの空振りだった。よく初心者がやるような不格好で情けない空振りに此方の空気は凍った。
ボールは雲雀の後ろでツーバウンドするとコロコロと転がっていった。
「ツーバウンド、ゲームセット、ゲームオーバー!」
審判はオーダー用紙を小脇に抱えて審判台から降りた。後藤先輩はさすがに憮然としていたけど雲雀にそれ以上なにも言うことがなかった。
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ぼくは外に流れる景色をぼんやりと眺めている雲雀にバスのなかで話しかけた。
あの後、雲雀と後藤先輩は一言も口を聞かなかった。ブルーシートを畳んでバスに詰め込む際も雲雀は「トイレ行ってくるわ」と言ったきり帰ってこなかった。
「そんな気にすることないって」
ぼくはそれでも声を掛けた。なんかこのまま放っておいてはいけない気がしたからほんの老婆心だ。
「別に気にしてねぇーよ」
雲雀は暗い表情を誤魔化すように口にのど飴を放り込んでまた頬杖をついて外を見始めた。
「来年、あるじゃん!」
ぼくはいつか雲雀がそんなことを言っていたのを思い出して茶化した。
「後藤先輩にはない」
「それはそうだけどさ。後藤先輩だって高校でやれば良い話じゃんか」
「そうやってまた次があるって言って自分を騙したくないんだよ!」
「なんだよ、向きになって。所詮部活だろ? 別にぼくたちが勝とうが負けようが世の中の人も何も言わないし、自分の将来も変わらないよ」
「相変わらず冷めきってんな! バカにしてんのか!!」
「そんな、つもりはないけど……」
ぼくは思わず口ごもってしまった。雲雀の努力を貶すつもりはないし尊敬さえしてる。ぼくが下を向いてしまったのを見て雲雀は気まずそうにまた外に顔を向けてしまった。
「わりー。ちょっと放っておいてくれないか」
「うん、ごめん」
ぼくも気まずげに顔を逸らして何事かと此方を見ていた早乙女と山田になんでもないと手をヒラヒラさせた。