五羽
旧です。
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学校に五時間も拘束されるくらいなら塾でみっちり勉強した方が効率的な気がする。
そんなことを思いながらぼくは今日も詰まらない授業を熱心に聞く振りをして一日を浪費した。この学校にやってくる唯一の楽しみは部活だったりする。
ボールを打つことに自分を偽る必要はない。強く打ち出そうが弱く返そうがはたまた回転を掛けようが自分の思うままに出来る。
そうやって何を考えること無く打球感が腕に抜けていくのがぼくの密かな楽しみなんだ。
「佐藤~、一セットだけ試合やろうぜ!」
最近、総体が差し迫ってきたために先輩たちはぴりぴりしながら練習に励んでいる。一番上手いからという理由で後藤先輩と組んでいる雲雀にもプレッシャーが掛かっているらしい。
最近は軽薄な言動がなりを潜めて練習に取り組んでいる。
「いいよ、やろっか……」
カゴから新しいボールを取り出したときに尿意を感じて苦笑した。
「やっぱトイレ行ってからで良い?」
「おっけ、じゃあ後でな」
雲雀は少し残念そうな顔をした後先輩の方に歩いていった。ちょっと申し訳ない気分になる。いくら二年生の中で一番強い雲雀でも先輩に勝つのは難しい。
練習とは言え試合で負け込んでいる雲雀はぼくと試合をして息抜きをしたかったのだろう。
勝てる相手との試合でストレスを解消しようとするのは頂けないけど。
不便なことに外にトイレはないので校内のトイレに向かった。
昇降口でテニスシューズを脱ぎ捨てると片さないままに二階のフロアに向かった。一年生ゾーンのトイレを使っても良いのだけど掃除が行き届いていないのかアンモニア臭が鼻につくので避けている。
二階の階段を駆け登りトイレに走り込んだ。二段飛ばししてまで行くほど漏らしそうでもなかったけど雲雀を待たせるのは可哀想だと思った。
帰宅部はとっくの昔に帰り、部活組は外に出ていて静まり返っている。
小便を済ませてふぅーと息をついてゆっくりと歩いて出ていく。女子と男子で二股に別れている踊り場でふと女子の会話が耳に入り込んできた。
誰もいないと思っているのか楽しそうに話していた。
「翼くんがあの転校生にコクったらしいよ」「え? それだれ情報?」「みっちが教えてくれたから確実だよ」「え~うっそ~。翼くんってああいうの好みなの?」「男子って触れば壊れそうな感じの女子好きだからね」「守ってやりたい! みたいな?」「それ漫画の台詞でしょ!」「耳年増なんです」「で、で? 結果は?」「あの様子だと振られたんじゃん?」「ああ、たしかに翼くん落ち込んでたし」
少しだけ立ち止まって聞いてしまった。転校生とは田梨さんのことで良いのだろうか?
それにしてもあの佐久間 翼が、か。サッカー部の好青年で結構女子にも人気が高かったと思ったけど田梨さんのお眼鏡には叶わなかったようだ。
なんで聞いてしまったのだろうと苦笑しながらその場を後にした。
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雲雀との練習試合は結局負けに終わってしまった。なんか予定通りになるのが癪で結構本気でやったのに、だ。力の差を感じてイライラする。
だからと行ってそれを態度に出すわけにはいかないのだが。いつか勝ってやると心に決めてBBレモンをストローで吸い上げた。
場所はいつものファミレス。なんちゃってイタリアンが食べられる某有名店だ。部活後で小腹の空いたのをドリアとドリンクバーで誤魔化している。
ゲームのイベント期間が終わって暇だという早乙女が珍しく来ている以外は、雲雀、それとお隣のクラスの山田 令といういつものメンバーだ。
「やっぱ雲雀はうめーな。来期は部長確定じゃね?」
山田は最近色気付いて茶髪になった髪を指先でくるくるとしながら言った。
「いや、ここはど真面目佐藤に譲るわ」
雲雀はペペロンチーノを巻き取ったフォークで此方を指す。ぼくは氷以外残っていない中身をずるずると音を立てて吸う。
「ぼくたちがなんと言っても決めるのは徹先輩だろ。それに所詮名誉職だし実際やること少ないよ」
「じゃあやってくれよ。試合のオーダー決めたり練習メニュー考えたりすんのマジめんどい」
「だからぼくじゃなくて徹先輩に言えって」
「じゃあ、オレが徹先輩にline飛ばしておくよ。えっとなになに《佐藤 悠哉が部長やりたいって言ってました~》と」
「おい、マジ打ちすんな早乙女」
意外にもそれを慌てて止めたのは雲雀だった。それを見た山田がにやーっと笑った。
「あはっ、なにあせってんだ雲雀~。本当は部長やりたいんじゃねぇーの?」
「そ、そんなことは……」
早乙女は雲雀を弄り倒すことに決めたようだ。
「そういえば雲雀って典玄高校の推薦欲しいとか言ってたよなぁ。もしかしてそれ対策?」
「え? 典玄? マジかよ」
ぼくは素直に驚いた。ここら辺で一番偏差値の高い学校だ。いわゆる奥さん方が口を押さえながら「おたくの子、典玄なの? すごいわねぇ」とか言うレベルだ。
山田は心底関心したようにうんうんと頷く。
「やっぱ出来る奴は違うなぁ。勉強に部活も完璧で、今の時点で受験まで視野に入れる、っと流石だなぁ」
「あとは恋愛かな? 雲雀どの?」
最後に早乙女が茶化して雲雀は完全にノックアウトされた。軽薄そうな顔をぶすっとさせてドリンクバーを取りに行ってしまった。
こんな時でも無くなっていた早乙女と山田、そしてぼくの分の飲み物取ってこようとする気の効き振りだ。
「あ! ありがとさん、オレ紅茶で!」
「じゃあ、オレっちはなしちゃんで」
「うーん、ぼくはメロンソーダ」
雲雀の背中に呼び掛けると「お前らなぁ」と呆れられた。
雲雀がニヨニヨとわざとらしい笑みを浮かべてジュースを持ち帰った中身にタバスコが入っていたのはどうでも良い余談だ。なぜかぼくのコップには入っていなかったけど。早乙女と山田がトイレに駆け込んだところを見ると結構な量を入れたらしい。
ご愁傷さま。
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家に帰るとちょうど妹が習い事から帰ってきたところだった。オニューのフルートを携えて行ったらしい。
「音が違うの、音が……!」
目をキラキラさせて言ってきたけど音楽なんて聞ければいいだろとしか思っていないぼくにとっては理解しがたい問題だった。
はいはいと適当に流しながら白米にお茶付けのもとを加えたかっ込んだ。ずるずると音を立てると母に行儀悪いと叱られた。
それぐらい良いだろう?と思ったけど口では「分かった」と言う。
妹が卵ふりかけを戸棚から取ると此方を見てにやにやした。
「そういうのに無頓着だからいつまでもボッチなのよ」
「うっせぇーよ。お前だって大差ないだろう?」
「ふっふーん。舐めないでくれる? 私これでも男子に結構モテるんだから」
嘘だろう? こんな可愛いげがなくて女子というより野獣に近い結衣が男子にモテてるんだ? この絶壁にどうして需要があるんだ。
「彼氏だって・・・、ううん。なんでもなーい」
妹はべーと舌を出してとんとんっと階段を上がって二階に行ってしまった。母親が放置された白ご飯をみて眉を潜める。
「結衣! ごはん残ってるわよ!」
呼び掛けたのに帰ってきたのは「太るから良い」というニベもないものだった。
母親が「あの子もそういう年頃か……」と溜息を吐いた。ぼくも違う意味で溜息を吐いた。
なんでぼくが敗北感を覚えてしまうのだろう?
まったく理不尽な自分の心だ。