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甘くて酸っぱくてグレープフルーツ!(リスタート)  作者: 夕月。猫。
旧プロローグ
3/19

三羽

旧です。

  >< >< >< 


秋になり段々と日の入りが早くなっていっている。今の最終下校時刻は五時半。それより早めにあがったので五時だ。


普段なら少し友達とファミレスかなんかで駄弁るところだけど今日は止めておいた。もちろん秋雨全線の影響のどんよりとした曇り空だからという理由もある。


でもそれだけじゃない。今日は妹結衣の誕生日なのだ。


兄妹仲はあまり良くない。年子のぼくらはいつでも互いに不利益を被ってしまう。妹はぼくのお下がりは嫌だ。比較されるのが嫌だと言う。逆にぼくは妹が依怙贔屓されているみたいで気に入らない。


でも今日は誕生日。敵陣にも塩を振るということで休戦協定だ。さすがに誕生日のお祝いムードを壊したくない。


やっぱ買うなら消えモノが良いかなぁとか考えながら学校近くの繁華街を歩く。


自分でプレゼントを買うなんて妹にとっては有り得ないレベルのサプライズになるだろう。その表情を見たいばっかりに部活を早引きしてまで町を足を向けたのだ。


ぼくは部活関連で仲の良かった女子友の伊藤さんに最近女子で評判だというスイーツ店を教えて貰った。駅前の小洒落た店だそうだ。


あまり来たことのない界隈をきょろきょろしながら歩く。ノートの切れ端に描かれたシャーペン書きの地図では心許なかった。


西洋風レンガのタイルでハリボテした店を見つけたのはかれこれ十五分後くらいだった。


深呼吸してから店の戸を押すと自分にはそぐわないキラキラした世界が押し寄せてくる。客層はやはりと言うべきか女性が多いらしく学生はもちろんOLも居た。


自分へのご褒美とかいう謎の風習が流行っているとニュースキャスターが言っていたことが思い出される。何が売っているのかと見てみると、ガラスのショーケースの中にケーキやシュークリームなどが陳列されていた。


正直どれが良いのかなんて分からない。


「オススメとかってありますか?」


ぼくは店員さんにおどおどしながら聞いた。大学生のバイトなのかお姉さんは優しげな笑顔を見せた。自分の格好は制服で少しこの場から浮いている。


「ふふ、プレゼントだったら、此方の商品が人気ですよ~」


店員さんがこれとあれみたいな感じで指したのは菓子織りとチョコレートの詰め合わせ。チョコレートだと恥ずかしいので菓子織りを選んだ。


店員さんが「サービスよ~」と言って綺麗な包装紙にリボンを付けてくれた。見かけだけは上等なプレゼントになった。


それを受け取ってさっさと店を後にしようとすると運の悪いことにクラスの女子たちに出くわしてしまった。部活帰りなのかワイワイと話していたのに、ぼくを見た瞬間少しの間空気が凍った。


先頭に立っていた真鍋しおりはぼくの方を見ながら絶句した。


「あ、あの超絶、ど真面目鈍感佐藤に春が来たの? うそ、でしょう?」


そこまで言われる筋合いはないが誤解は正そうと口を開く。


「妹の誕生日なんだよ」


声に不快感を滲ませると女子たちは一歩引いた。「へぇ、あの佐藤がね。妹には優しいの?」とか「実はでれでれ」とか根も葉もない噂を始める。


その中には意外そうな顔をしている田梨さんの姿もあった。さっそく交遊の輪を広げたらしい。


ぼくは居辛くなって、足早にスイーツショップを後にした。明日の学校での風評被害が心配だ。



  >< >< >< 


家に帰ると既に妹の誕生日パーティーの用意が整えられていた。こんなことのために早引きしたのか珍しく父宏の姿もあった。


お約束だけど妹の大好きなフルーツたっぷりのチーズケーキにローソクを14本突き刺し、母真弓が《ハッピバースディ》を歌った。テレビさえも消された室内にぼくらの影が蝋燭と共に揺れる。


妹は普段口が悪くて強気なくせにこの時ばかりは恥ずかしそうにしていて子供っぽかった。


ふーっと妹が息を吹き掛けると炎は一瞬耐えるように燻ったものの灰色の煙吐いて消え去った。


母が席を立って照明のスイッチを入れた。ぱっとLEDの明かりが灯る。「「「誕生日おめでとう!」」」とせえの、で言う。


母が台所から包丁を取りに行く間に妹は《結衣。誕生日おめでとう!》と描かれたホワイトチョコレートを口に放り込んで幸せそうな笑みを浮かべた。


ぼくはというと吹き消されたローソクを回収しケーキの入っていた箱に捨てていた。一回しか使われないローソクが少し不憫だ。


包丁持った母はそれを妹に差し出した。これはうち独特のルールかもしれない。ケーキなんてどう頑張っても平等に切ることが出来なくて、小学生ぐらいの時に喧嘩してしまったのだ。今では誕生日の人が切り分けて他の人はそれに文句を言わないという暗黙の了解がある。


「はい、お兄ちゃんの分!」


差し出されたケーキはイチゴやその他果物が大量に乗っていた。笑顔でぼくの嫌いなイチゴを差し出すところが憎めない。不味いものは先にと口に運ぶ。


独特の酸味と共に青臭さが鼻に抜ける。この熟れていない感じがなんとも言えない不快感を煽る。ぼくは直ぐに牛乳の入ったコップを引き寄せるとそれを誤魔化した。


ケーキをフォークで突っつきながらニュースを眺めた。テレビは相も変わらず無生産な情報を吐き出している。


目の端で母と父が妹の欲しがっていたフルートを渡しているのを見ながら、食卓の下に隠しておいたプレゼントに手を掛けた。妹が「高かったでしょ?」とフルートに頬擦りしながら居るところに菓子織りを出すのは忍びないけど、我慢だ。


ぼくは努めて笑顔でプレゼントを差し出した。予想外の兄の行動に妹は戸惑って瞳で「なにこれ」と問いかけてきた。


「誕生日おめでとう!」


ぼくは気恥ずかしくなってプレゼントを妹に押し付けると部屋に逃げ帰った。


あれのせいで今までセコセコと繰り越してきた月払いの小遣いが飛んでしまった。でも、あの驚いた妹の顔を見られただけでも収穫かもしれない。


ベッドに横になりながらスマホを開く。通知があったのでタップした。クラスlineのグループに新たな名前が追加された。


《みか♪》というアイコンには可愛らしいペンギンが描かれていた。フレンドの欄にも新規で追加されていた。クラスの奴等を無差別に追加したらしい。


あの後スイーツ店で女子と食っちゃべりながら入れて貰ったのだろう。


順調にクラスに馴染んではいることに何故か安堵する。


ふーんと思っているとlineが飛んできた。グループではなく自分に飛んできてびっくりする。


《今日のこと迷惑かけてごめん》


迷惑? なんの話だろうか? さして何かされた覚えはないのだけど、強いて言うなら部活案内を押し付けられたのとスイーツ店で出くわしてしまったことぐらいだろう。


でもその程度で怒るほど、ぼくは情緒不安定ではない。そんな器の狭い男だと思われたのかと顔をしかめながら《気にしてない》とだけ返した。


直ぐに既読は付いたけどそれ以上の返事が帰ってくることはなかった。


「なにそれ」


ぼくは虚空に向かって呟きながらしばらく考えたけど結局分からず仕舞いだった。


どうでも良いか。


総じてお天気雨みたいな女子の気心なんてそもそも読めるなんて思っていない。


気にすることはない。


スマホを勉強机に投げ捨てると電気を消して布団にくるまった。


心地よい暖かみに包まれてぼくはゆっくりと意識を闇の中に溶かしていった。



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