二羽
旧です。
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「やっべ、田梨さんマジ可愛い」
田梨さんは一日にしてクラスのアイドルの地位を欲しいままにした。特に男子が病的なまでにご執心だったりする。一目惚れしたという男子が続出した。
ボール拾いをしながら、ぼやいている雲雀もその一人だ。今度の試合で先輩とダブルスで出場するくせに練習に全く身が入っていない。
「だよなぁ。アリスちゃんにそっくりで、マジ可愛い」
後ろから早乙女がラケットをくるくる回しながらやって来た。二次専門だったのに、早乙女の心にも響くものがあったらしい。
「お前らは取り敢えず練習しろ。早乙女は良いとしても、雲雀は総体出るんだろ?」
「総体? どうせ負けたってオレには来年がある! 今は転校生だ!」
「それを後藤先輩に言ってみろよ。殺されるぞ」
後藤省吾先輩は、ダブルスの雲雀のペアだ。
「いや、後藤先輩だって可愛い女子の会話ぐらいは許してくれ……」
ぼくはそれを聞きながら、黙って雲雀の背後を指した。雲雀が「ん?」と戸惑いながら振り返る。
そこにはうすら寒い笑みを浮かべた後藤先輩が腕組みをして立っていた。背後に般若が見える。
「斎藤、練習サボって何やってんだ?」
「あ、ハハ……、すいません」
そのまま雲雀は後藤先輩にしょっぴかれて行った。向こうのコートでダブルスの試合でもやるのだろう。
早乙女とぼくは顔を見合わせて小さく笑った。いつもの雲雀だ。
邪魔物が消えて練習を再開しようとすると今度は早乙女が話し掛けてきた。
「お前、席隣だから話したりしたよな? 何とも思わないのか?」
ぼくは最初の挨拶から彼女と一言も言葉を交わしていない。ボールを俯き気味ににぎにぎしながら答えた。
「別に……」
「なんでお前はそう冷めてるんだ? もっとこうさ」
「可愛いとは思うけど……。それ以上何もないじゃん」
打ち込み練習の列に並び、先輩の厳しいコースの玉を的確に弾き返す。真っ白のサイドライン上に落ちた打球を目の端で確認して、小さく息を付いた。
「まぁ、そうだけど。でも妄想するのは自由だろ」
「虚しくなるだけだよ」
早乙女は、ダメだこりゃと首を振った。
ガッドをカリカリと直しながら空を見上げた。泣き出しそうな空は必死に涙を堪えてくれている。
下校中に雨が降りださなければ良いけど。折り畳み傘を今朝鞄に捩じ込んだ気がするから大丈夫かな。
早乙女が煩かったので宗島先輩に「乱打しませんか?」と誘ってその場を離れた。
会話が噛み合わなくて不満そうな顔をしている早乙女を尻目にぼくは反対側まで走った。
半面を使ってラリーを続ける。先輩のドライブ回転の掛かった重いボールを叩くようにして前に打ち出しながら元の位置まで戻りスプリットステップ。
先輩が少し崩れたところにバックでスライスを打ち、上がった玉をショットで強打する。
ボールが右に抜けてツーバウンドをしたのを確認してから構えを緩める。
打ち負けた宗山先輩は苦笑する。ぼくは適当に「あざっす」と言って次の人と交代した。
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少し休憩するために腰を下ろし、近くの自販機で買ったスポーツ飲料に口を付けていると校舎の方から辺見先生と田梨さんが此方に向かって歩いてきた。
辺見先生はぼくに気が付き、これ幸いとばかりに走り寄ってきた。何かと真面目なぼくは先生に優等生だと勘違いされている。
内心で人生に疲れた雑巾と呼んでいることが発覚したら、どう思うだろうか。
「あー佐藤か。ちょうど良かった。実はな、田梨さんが部活見学をしたいからって案内してたんだが、校長に呼ばれてな。途中で切り上げる訳にはいかないし。代わりに案内を頼めないか?」
うわ、優等生だからって面倒事を押し付けてきやがった。
ぼくはそれでも先生の前だからって、笑顔を作って「いいですよ」と快諾してしまった。
辺見先生が「ありがとう」と言って校舎の方に駆けていってしまった。後にはぼくと田梨さんが残される。
引き受けたは良いもののその後の処理に困った。
ぼくは田梨さんとあまり良好ではない、というかあまりお互いは知らないから気まずい雰囲気になってしまう。
躊躇いがちに口を開いたのは田梨さんだった。
「ごめんね、忙しいのに……」
「良いって。どうせ休憩してたし」
ぼくは気にすることないよという演技をして手に持っていたスポーツ飲料のペットボトルを振った。ゆっくりと立ち上がって、尻の落ち葉と枯れ草を払う。
「で、どこの部活を見たいの?」
ぼくは聞いた。あまり乗り気ではないけど、今すぐここを離れないと早乙女とか雲雀とかが茶々を入れてくるに違いない。
「う~ん。何かオススメある?」
「店のメニューじゃあるまいし、テニス部のことしか知らないよ」
ぼくは面倒臭くなりそうだ、と思った。田梨さんは見かけ的に運動は無理そうだけどそこら辺はどうなんだろう。
「・・・喘息持ちだし、運動系は無理だから、文化系が良いんだけど」
「じゃあなんで外に出てきたの?」
当校の文化系の部活はすべて屋内だ。当たり前だけど。
「美術部を見学しようと思ったら、外にデッサンに行っちゃてて。どこだか分からないの」
先にそれを言えよと思ったが、口には決して出さない。それにしても美術部か・・・。
ぼくも正直どこでデッサンしているかなんて分からない。うーむと困ってると中から慌てた様子で早乙女が出てきた。
「おい! お前興味なかったじゃなかったのか? 一人だけずるいぞ!」
さっきまで乱打に夢中だったのに気が付いてしまったらしい。
「いや、これは……」
しどろもどろに為っていると田梨さんがフォローしてくれた。
「佐藤さんは、ただ先生に頼まれただけです!」
「あ、へぇ? そうなんだ」
強めに言われた早乙女は眉をひそめた。おもむろに耳を貸せとぼくにアイコンタクト取ってくる。
「お前いつから田梨っちと仲良くなったんだよ? 冷めたふりして手出したのか?」
「そんなことして何の利益があるんだよ」
「そんなのって……」
ひそひそ話していると田梨さんが一歩近づいてきた。
「私に聞かれると不味い内緒話?」
田梨さんにニコニコして言われると早乙女はグッと押し黙って引き下がった。その瞳は後で覚えていろよ、と言っている。
仕方ない。ここは早乙女に埋め合わせをしてやろう。
「お前ちょっと前、美術部とテニス部を兼部してたよな?」
骨の髄まで二次に染まりきっている早乙女は一時期「我が嫁を自分の手で描く!」と一念発起して美術部に入っていた。絵心の無さに絶望して今は幽霊らしいけど。
「あぁ、にじ……、コホン。入ってたけど。それがどうした?」
「田梨さんが美術部の見学をしたいらしいんだけどデッサンしてる場所が分からないんだって」
ちょっとの間考えた早乙女は「たぶん、裏山か創立者像かな」とぶつぶつ言った。何かしらのアタリは着けることが出来るのだろう。
「分かりそう?」
ぼくが聞くと早乙女は自信ありげに頷いた。さっきまでの陰険な雰囲気は鳴りを潜め、此方に感謝の念を向けてくる。
現金なヤツ。
「たぶん今の時期なら裏山の紅葉だな。案内してあげるよ!」
早乙女は、田梨さんを喜び勇んで案内しに行った。面倒事を押し付けることが出来、ぼくにとっては万歳だ。
フェンスに立て掛けておいたラケットを取るとコートに足を踏み入れた。
その様子を後ろからこっそりと田梨さんが振り返ったことに、ぼくは気が付くことが出来なかった。