「ずっと一緒だね」と、君《かのじょ》が笑った
パチリ、といつも使っているカメラのシャッター音とは明らかに違う音を発するカメラを構える。いつものカメラに比べれば、何倍も画質は悪いけど、制限がわかる分、その分じっくりと考え易かった。安価なものは、このカメラでは撮りたくなかった。
とはいえ、元々大事なものが少ない僕にとっては、二十四枚全てを使いきれるかどうかが、まず妖しい。全部撮っても、半分ぐらいで収まりそうだ。
「蒼茉君さぁ」
「何ですか、昊華先輩」
「何してるの?」
暇そうな声音でものを尋ねてきた―今日は部活が休みらしい―昊華先輩。いつもの高価なカメラじゃなくて、使いきりカメラなんていう安価なカメラを使って写真を撮っている僕に、疑問も抱いているようだった。うん、まぁ、そりゃそうか。
「一昨日、鈴からちょっと面白そうな話を聞いたんです」
「鈴に?」
「……」
―ホント、いつの間にそんなに仲良くなった。
あの屋上で出逢った一件が確実に絡んでるんだろうけど、これ絶対他の場所でも逢ってる。メールとか多分やってる。……鈴が、余計なことをしていないことを僕は願う。
「黙らないでよ」
「あ、いや、はい。……で、此処に二十四枚しか撮れない使い切りカメラがあります。そして、このカメラで撮ったもの以外は、自分の周りから消えてなくなってしまいます。そんな時、貴方は何をカメラに写して、何を周りに残しますかっていう話なんですけど」
「そんなの現実に有り得ない」
「いや確かにそうですけど!」
まさかのあっさり現実味がない、と切り捨てられた。
昊華先輩、絶対幽霊とか信じないタイプだ。科学が証明できないものは、信じないとか言いそうだ。
「確かに有り得ないですけど、これは例え話です。じっくりレンズ越しにフィルムに写すものを決めて、写真を撮る。しかも二十四枚という制限付き。ということは、このカメラで撮ったものは、自分にとってのとても大切なものじゃないですか。……何を残して、何を切り捨てるのか。自分にとって、本当に大切なモノが分かるんじゃないですか?」
「成る程ね」
ふぅん、と昊華先輩は興味無さげに呟いた。現実主義者の昊華先輩にとっては、こういうことはどうでもいいのかもしれない。
―と、思った矢先にいつの間にか目の前に来ていた昊華先輩が、僕の持っていた使い切りカメラをふんだくった。
「え!?」
「えーと、四十八枚か。……蒼茉、自分の撮り終えたら、私に撮らせるつもりだったでしょ」
「!」
エスパーか、と素直に思った。確かにやらせるつもりでしたけど。だって、昊華先輩が何を残すか、気になるし。
多分、空は撮るんだっていうのは、簡単に予想できた。空が無ければ、〈空〉は無いからだ。
だけど、その他は何を撮るのか全く想像できなかった。だから、本人にやってもらうのが一番手っ取り早いと思ったんだ。
―その二十四枚の中に、僕が入っているといいのになんていう、馬鹿げた理想を持ちながら。
「じゃあ早速」
―パチリ。
目の前で、昊華先輩が笑ってカメラを構えた。そして、素早く僕を範囲内に捉えると、シャッターを切る。突然のことに頭がついていかず、ぽかんと突っ立ってしまう。
そして、次は空を撮って、太陽を撮る。
それから、「月は夜しか無理だよね。星も撮りたいけど、流石に使い切りカメラじゃ映らないよねぇ」と、苦笑したのだ。
「えーっと、うん?」
「蒼茉、何が起きたのかよく分からないって顔してる。なぁに? 私に、このカメラで写して欲しいんじゃなかったの?」
クスクスと笑う昊華先輩。その姿が、何故か酷く凄艶に見えるのだから、相当ヤラれているらしい。
「いや、まぁ、そうなんですけど。行動が突飛すぎてやられました。何すかあの素早い動き」
ほらね、と昊華先輩は見透かしたように口角を上げる。それから、「次は何を撮ろうかな」と随分ご機嫌になったようだった。
そして、唐突に提案を繰り出しと思うと、眩しく笑った。
「そうだ、蒼茉」
「何です?」
「明日は暇? 街へ行こう」
「何しにですか」
「残したいものを探しに!」
その次の日、お互い部活も無く、休日ということを利用して街へと繰り出した。
自分から言い出しておいて、多少遅刻した昊華先輩だったけれど、格好が可愛かったので特に攻めはしなかった。
「……恋は盲目、ってやつと一緒だな」
苦笑しながら一人ごちると、先輩が首を傾げた。何でもないです。と笑って先に進むことを促した。
「探せばあるもんだ」
「そりゃあそうですよ。世の中には、きっとよく探さないと見えないものなんて、沢山あります」
一日中、自分達の街をぶらぶらし続けた結果、全部埋めるとういところまでは行かなかったが、綺麗なもの―景色ばかりだったが―は沢山撮れた。
その道中、まさかの鈴と星先輩に会う―所謂デートをしていたと思われる―というキセキを起こした。どうやら、前に星先輩が言っていたことは、嘘じゃなかったらしい。
鈴に至っては、僕の方にバッグを投げつけてきた。そんなに見つかりたくなかったのか……。
これでもし本当に周りのものが消失してしまっても、このフィルムの中のものは残るということだ。
昊華先輩の中に、僕も残るのかと思うと、素直に嬉しかった。
「ねー、蒼茉」
「何ですか?」
「これでもし世界が終わって輪廻転生しても、ずっと一緒さ」
「! そうですね」
大袈裟な先輩の物言いに、クスリと笑ってしまいながらも、そうであればいいと願った。