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蒼空と昊  作者: 鳳篠晶來
3/5

「知る準備をしよう」と、誰かが言う。

「……蒼茉、最近楽しそう」

「え?」

 昼休み、いつも通り鈴と昼食を摂っていると急にそんなことを言われた。

「特に放課後。軽やかな足取りで屋上に行ってる。何かあるの?」

「あー、いや、別にそんな特別なもんは無いけど……」

「何かはあるんだ?」

「まぁ、あるにはあるけど……」

「私も見たい。一緒に行く。蒼茉、いい?」

 鈴の観察眼は鋭いものだ。屋上に何かある、という点まで分かるとは。というか、僕が分かりやすいだけなのか?

 ちなみに、『何か』というは、言わずもがな昊華先輩関連だ。

 絵を描く目的を作ればいい、と言えば僕の為に絵を描く、と言い出してからと言うものの、毎日描いた絵をわざわざ屋上にまで持ってきて披露してくれていた。わざと持ち運び出来るカンバスに描いているのか、今まで大きなカンバスに描いてもらったことは一度もない。大きなカンバスに描いてもらいたいのが、正直な所だ。

 そしてその魅せてもらった絵は全て、僕の手元にある。お陰で、現在自宅の自室はカンバスで一杯になっている。実はそろそろやばい。

 ……話が逸れた。

 とまぁ、こんな具合で別にやましいことは何一つない為、鈴が来ても構わないのだが、なんだって急にそんなこと言い出したんだろうか。いつもは、興味無いくせに。

「別にいいけど、なんにも面白く無いぞ?」

「いいの、それでも」

「ふーん」

 鈴が変に楽しそうに見えるのは、目の錯覚だと思いたい。

 まぁでも、同じ〈空〉に馬鹿みたいに執着する者同志、気は合うのかもしれない。

 昊華先輩の、いい刺激になればいいと思う。




「蒼茉、お待たせ……って誰?」

 鈴を連れて屋上で写真を撮りながら時間を潰していると、小さめのカンバスを持って昊華先輩が屋上に現れた。

 昊華先輩は鈴を視界に入れるなり、眉間に皺を寄せ、怪訝そうな顔をする。鈴も鈴で、まさか昊華先輩だとは思わなかったらしく(そりゃそうか)、目を丸くしている。

 お互いがお互い、存在を少し敵視しているような空気が漂う。

「あー……、昊華先輩。僕の幼馴染の銀鹿 鈴です。で、鈴。これが『何か』の招待。凪野 昊華先輩」

 暫く黙っていたが、取り敢えずこのままじゃまずいと僕が思って、僕がお互いの存在を紹介する。

 昊華先輩の方は、さして興味が無さそうに「ふぅん」と言っただけだった。

 鈴の方は、品定めをするように、昊華先輩を目で追っている。

 その視線を心地良いとは思えないのか―当たり前か―、昊華先輩は少しだけ鈴の方を睨み付けるが、一瞬だった。

 すぐに止めて、カンバスを差し出してくる。

 今日のカンバスには、少年を追いかける少女の姿が、描かれていた。少年の方は、まるで夕日を思って描いたかのようなキャロットオレンジの髪色。少女の方は、まるで月を思って描いたかのようなイエローの髪色だった。

 前に一度だけ話した『月が太陽を追い立てる』構図に、よく似ていた。

「昊華先輩、狙ってます?」

「やっぱり気付いたか。……うーん、半分狙ってるけど、半分は違う意味」

「何ですか、それ」

「ないしょー」

 先輩は、悪戯っ子のように笑って、唇の前に人差し指を持ってくる。その姿が、やけに可愛らしくて、思わず視線を横にずらした。

「で? 蒼茉の幼馴染ちゃんは何しに来たの?」

 そこでようやく、昊華先輩は鈴の方に興味を示した。

 だけどその目は、「邪魔だから、帰れ」と言っている様な気がした。……いや、実際そうなんだろうと思う。昊華先輩にとって、鈴は初めての人物であり邪魔者なのだ。慣れた空間を壊されることを、昊華先輩は極端に嫌う。

 そんな発せられない言葉に気付きながらも、鈴は脅えも怯みもせずにただじっと昊華先輩を見つめている。まだ、あの品定めするような目付きは変わっていなかった。

「……蒼茉、ちょっとこっち向いて」

「はい?」

「ほら、早く」

「お、おう……?」

 そしてようやく口を開いたと思ったら、これだ。

 意味が全く分からずにどもると、少し苛立ったよう「早く」と急かす。いや、だからなんで。

 それでも、指示に従わないとあとが怖いので大人しく鈴の方を向く。鈴は、真っ直ぐに僕の方を見ていた。

 数秒間お互い見つめていると、鈴がふっと力を抜いたように視線を外した。……何だったんだ、一体……。

「そういうこと」

「うん?」

「こっちのこと、蒼茉は気にしなくていい」

 鈴はそう言って、満足そうに笑った。そして、昊華先輩の方へ近付いていく。

 明らかに嫌そうな顔をした昊華先輩を上手く丸め込んだのか、背を向けて小さな声でお互い喋っている。

 ―おい鈴、まさか要らん情報を流してないだろうな?

 一抹の不安を抱えながら二人の話が終わるのを、ソワソワしながら待つ。多分、今の僕は凄く挙動不審だろうと思う。

 少しの疎外感を感じて、僕は少しだけ親しげに話す鈴に嫉妬した。


 暫くすると、ようやく話が終わったらしい。二人共、にやにやとした意地の悪い笑みを向けてくる。……うわぁ、鈴ぜってー何かした。

 それでも、特に深く追求する気はないので、溜め息を一つ吐き出して終わった。

「じゃあ私の用は無くなったから帰る」

「おー、そうかそうか。早く帰れ帰れ」

「蒼茉は私の扱いが雑。もっと敬うべき」

「そんな敬う要素ねェよ」

「む……」

 鈴は何か言いたそうに頬を膨らませたが、いつもの様にそれ以上反撃してこようとはしなかった。昊華先輩の前だからだろうか。

 それから昊華先輩にあどけない子供のような笑いを向けて、屋上のドアをくぐって行った。……短時間ですげー仲良くなってんね。一体何があった、聞きたくないけど。

「……鈴に、何言われたんです?」

「言うと思う?」

「ですよねー、ダメ元で聞いただけです。……っとこんな時間か……。そろそろ帰りますか?」

「あー、うん、そうだね。あ、それからさ」

「?」

「今度は、私の幼馴染に会わせてあげる」

「へ?」

 いきなり何を言い出すかと思えば。今度は昊華先輩の幼馴染ときた。何なんだ、幼馴染ブームか。

 特に断る理由も無ければ、会いたくない理由も無かったのでただ「そうですか」とだけ答えておいた。それからまた、昊華先輩は悪戯っ子のように笑った。

 昊華先輩の幼馴染、か。多分、こういうってことは昊華先輩を理解してくれている人なんだと思う。……〈空〉のことも含め。


 その日の帰り、昊華先輩の機嫌は最高に良かった。だからまじで、鈴に何言われたんすか……。




「そーうーまーっ!」

「うわっ」

「あはは」

 ある日の昼休み、鈴が用事があると言って一緒に昼食を食べれないと言われ、一人屋上でむぐむぐと咀嚼していると、後ろからもう随分と聞き慣れた声が振ってきた。……勿論、昊華先輩である。

 そして、何時に増してもご機嫌だ。

 その声音に若干の恐怖を抱きながら振り返ると、昊華先輩ともう一人。黒髪黒目の男の人が立っていた。

 勿論、いるなんて思わなかった僕は当然目を丸くするわけである。

 この学校の制服と青色のネクタイを着用している辺り、僕にとっての先輩なんだろう。そして、昊華先輩にとっても。

 その男の人は、僕を見て目を細めながら笑った。どうやら、向こうは僕のことを知っているらしかった。昊華先輩が喋ったのかもしれないが、それにしては何か違うような気がする。何処かこう、昔馴染みの顔を見るように笑ったのだ。

 そして僕は、「見た目は変わらないな」と小さく呟いた声を聞き逃さなかった。どうやら本当に以前何処かで会ったらしいが、生憎僕は記憶にない。その呟きは、聞かなかったことにした。

「で? 誰ですか、その先輩」

「前に言ってた幼馴染。名前は―」

黒輪くろわ せいだ」

 昊華先輩の声を遮って名乗った黒輪先輩は、すっと右手を差し出してきた。どうやら、握手らしい。

 その手と黒輪先輩の顔を交互に見やってから、僕も手を差し出した。

「神梛 蒼茉です」




「へぇ、お前も〈空〉に興味あるんだな」

「興味じゃなくて、既に執着してます」

「そっかそっか」

 星先輩は、嬉しそうに笑った。

 星先輩(そう呼んでくれていいと言われた)は、思った以上に気さくだった。誰とでも仲良くなれて、すぐに距離を縮められる、そんな人だと思った。

 だけど同時に、幼馴染という立場且つ星先輩の性格を最大限に利用―と言えば聞こえは悪いが―して、昊華先輩と親しく話す姿を見ると、なんだが嫌な気分になった。世間では、それを嫉妬と言うらしいが。

 そんな僕のむっとした気配を感じ取ったのか、星先輩がにやにやと笑ってこっちへ近付いて来る。勿論、昊華先輩は近付けて来ていない。

「蒼茉、昊華が好きだろ」

「……誰もそんなこと言ってませんけど」

「何とぼけてんだよ。顔が言ってるんだよ、顔が。嫉妬してます、って書いてるようなもんだったぞ? お前、分かりやすいって言われないか?」

「いや、特には……」

「あれ? まぁ、いいか。俺には分かったんだし。……で? 実際はどうなんだよ?」

「そりゃあ、まぁ、好きですけど……。多分」

 『好き』の部分で分かりやすく喜んで、『多分』の部分で多少落ち込んだ星先輩。……星先輩のが、よっぽど分かりやすいじゃないですか。

「まぁ、最初の内はそんなもんか……? いや、うーん」

「僕より先輩が悩んでどうするんですか」

 くすくすと笑うと、一瞬きょとんとしたけれど、すぐに破顔した。はにかむような笑顔が、よく似合う人だと思った。

「ねぇー、いい加減話終わらないの? もうすぐ昼休み終わっちゃうし、何より私が暇」

「お前の場合後者が本音だろ。……ま、何かあったら手伝ってやるよ。


 ……そうだ、心配しなくても、俺には彼女いるからな。


お前もよく知ってるよ。……鈴だよ」


「えっ!?」

 その時に、ちょうどお昼休みが終わりを迎えた。


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