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スランプ脱却企画

紘之くんのペット

作者: イチナ

 我が物顔でふかふか高級ソファーに膝を組んで座り、私が入れたアールグレイの紅茶を飲みながら悪い顔をして笑う美少年になんだか嫌な予感がした。


 この美少年、名を(みそぎ)紘之(ひろゆき)と言う。歳はたしかこの間九歳になったはず。世間では”時代の寵児“なんて呼ばれる天才美少年だが、その正体はドS鬼畜腹黒美少年悪の親玉を影で操る黒幕風美少年である。あ、美少年二回使ってしまった。


 なぜ私がこんな美少年と共にお茶をしているのかと問われれば、それは私がこの家の家政婦だからと答えるしかない。客人である知り合いのこの子に、お茶をお出ししたら、待つのが暇だからと相席するよう命令されたのである。権力には所詮逆らえません。


 この美少年の待ち人というのが私の雇い主である吉野(よしの)紀泉(きせん)さん。御歳三十という男盛りのクールイケメン。しかも現在社長という高学歴高収入高身長を地で行く人。


 そして目の前の美少年、禊紘之くんの養父である。どうやって二人が知り合い、そして親子という関係になったのかは知らないが、これだけは言える。この二人、親子というより主従である、と。


 紘之くんは人と共同で住むのが嫌いだそうで、そのために吉野さんはこの超高級邸宅に勝るとも劣らない超高級マンションの最上階を用意した。なのに紘之くんは実家とも言える邸に入り浸るのが常である。しかしこの一ヶ月、一度もこの家に寄り付かなくなって、突然アポなしで突撃訪問されたのが今日。あいにく平日だったために吉野さんは会社に出勤中。先程紘之くんの訪れを電話で告げたらすぐ戻ると慌てていた。可哀想に。完全に紘之くんに遊ばれている。この紘之くんのご機嫌そうな表情を見れば、誰だってわかるものだ。


 そのご機嫌そうな表情のまま、楽しそうに目を細め、何かを思い返すように紘之くんは口を開いた。


「この前、と言っても一ヶ月くらい前のことなんだけどね。拾いものをしたんだ」


「拾いもの?」


「ボクの帰り道に、膝を抱えて座り込んでいたんだ。興味が湧いて話しかけてみたら、どうやら前まで住んでいた所を追い出されたらしくてね。お金も持っていないようだし、ボクが拾ったんだ」


「拾いものって人だったの!?」


「ああ。可愛い女の子だよ。いや、ボクの年齢を考えて言えば、お姉さんと言ったほうがいいかな? 大人ぶってボクの世話をしようとするけど、いつボクが自分を捨てるかを考えて焦燥を隠しきれないでいる、底の浅い人間だよ。可愛いだろう?」


「………紘之(ひろゆき)くんはたまにとんでもなく悪趣味だね」


「そうかい? 男に依存するしか能がなくて、でもボクには年齢的に女の武器が使えなくて、何も返すものがないままそれでもボクにすがらないと生きていけない。だからお姉さんぶってボクの世話を焼いて、それが等価になっていると自己暗示しながらも、本当は世話をする必要がないくらい、ボクが賢いのも知っている。だからこそ、利用価値がない自分がいつボクに捨てられてしまうのか、戦々恐々としながらも知らないふりをする。愚かでどうしようもなく臆病で凡庸。ふふ、ほら可愛い」


「………それって可愛いと思ってる?全然そんな風にみえないけど」


「女の子はみんな可愛いよ」


「それが九歳児の言うことか。そんでもって『女の子』の前には『馬鹿な』がつくんでしょ。………ほんと、六歳で会社を立ち上げて、しかも大企業にして、歳上のお姉さんを飼うとか、すごすぎでしょ」


「“時代の寵児”だからね。でも、察しのいい人間も嫌いじゃないよ。それから(みそぎ)カンパニーは紀泉(きせん)が立ち上げたんだよ。ボクは無関係さ」


「いや自分の養父のこと呼び捨てにしてる時点でもうアレだからね。それから吉野カンパニーじゃないところでダウトだから」


「ちっ。あいつが吉野紀泉じゃなくて禊紀泉だったら見破られることはなかったのに……!」


「うん……。それでも周りはわかったと思うよ。”時代の寵児“って呼ばれてる時点でね!」


「ふふ、こうやって紀泉に関係ないことで文句を言ってあいつを苛めてやるのが今のマイブームなんだ」


「………あんまり吉野さんを苛めてあげないでね」


「問題ないよ。紀泉はMだから」


「紘之くんに対してだけね! あのクールイケメンが幼児に膝をついて恍惚とした表情をしてるのを見たときの衝撃は計り知れなかったよ」


「ドMだからね」


 ペットの話題から吉野さんのMさについて話は変わり、いままでどれほど私が吉野さんのドM行動や言動にドン引いたか、紘之くんに喋っていると、突然バァンッ、と大きな音をたててリビングのドアが開いた。


 驚いてビクッ、と身体を震わせた私と違い、紘之くんは優雅に紅茶を一口飲んで、「ずいぶん遅かったじゃないか。このボクを待たせるなんて、いい度胸だね」と入ってきた人物を流し見た。


「申し訳ありません、紘之」


「まったくだね。ボクの従僕(いぬ)を自称するなら従僕(いぬ)らしく従順に主人の帰りも待てないの? 今度からはボクが来ることぐらい事前に察知しなよ」


「かしこまりました。以後、そのように」


 きれいに九十度腰を折って、紘之くんに従僕(いぬ)と呼ばれるごとに嬉しそうにするその人物こそが先程の話に上がっていた吉野紀泉さんである。


 というかお二人さんや。普通にスルーしてるけど、私が吉野さんに連絡してからまだたったの十五分しかたってないんだけど。会社からここまで車で三十分はかかるんだけど。おかしくない? どうやってここまで来たの? これって遅いの? 以後、もっと速くなっちゃうの? 察知ってできるようなものなの? エスパーになれってことなの?


 疑問だらけだった私に目敏く気づいた紘之くんはニヤリと笑って答えてくれた。


「ここはどの部屋も完全防音だから気づかなかったんだろうけど、紀泉はヘリでここまで来たのさ」


 な、なるほど………。はい、まったく気づきませんでした。


 私は今、頭の中で浮かんだ吉野さん人外説をポーイ、と投げ捨てた。


「そ、そうだったんだ。あはは、じょ、常識的に考えてそうだよね! そ、それで? 紘之くんは吉野さんに何の用だったの?」


 誤魔化すように笑って、無理矢理会話をねじ曲げると、紘之くんはわざとらしく、そうだった、と言いたげな表情で吉野さんの方に振り返った。嘘つけこの性悪め。忘れるような頭してないくせに。また吉野さんで遊んでいるな。吉野さんも吉野さんで、いちいち紘之くんの演技に騙されて絶望的な顔しないで。忘れられかけたのがショックだったのはわかるけど、そんな風にしてるから紘之くんが面白がるんだよ。


「そうそう。紀泉、お前にペット用品を揃えて欲しいんだけど」


「ペット用品……犬用でしょうか? それとも猫?」


「………どっちかっていうと犬かな。それも大型犬」


「わかりました。すぐご用意致します」


 余計なことは一切訊かず、クルリと後ろを向いて、どこかに電話をする吉野さん。おお、出来る男って感じがするなあ、と思いながらそのキリッとした横顔を眺め、私は紘之くんに向かっておそるおそる口を開いた。


「………紘之くん、ペットって……その」


 紘之くんは私に向き直り、そして九歳児とは思えないドSさ溢れる艶やかな笑みを浮かべ、言い放った。


「あぁ。さっき話しただろう? そんなに不安なら証をくれてやろうと思ってね。一生ボクのペットだっていう証を、さ」


 ご愁傷さまです、ペットの方。恨むなら、これも紘之くんのお気に入りになってしまった自分を恨んでください。


 私は心の中で両手を合わせた。


※7月6日加筆修正。

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