メイ探偵登場
夜、わたくし、千堂茜が居間でミカンを食べていると、中学時代の知り合いの富田美紀から電話がかかってきた。
富田美紀は友人の友人と言う関係で、4・5回くらいしか会ったことがなく、最後に会ったのは1年以上前。
正直なんの要件が不安だったが、なんでも、友人のことで相談したいとのことだ。
相談の内容は恋愛相談なんてロマンチックではなく、死んだ妹さんから手紙が送られてくるという怪奇小説まがいのもの。
確かに、私に来そうな相談事だ。
私は子供頃から体が大きいせいか頼りにされることが多く、恋愛相談以外の相談をたびたび受けていた。
近年は、高校で探偵同好会なる奇怪な同好会に参加していて、たびたび自称名探偵の宮下五月共に難事件を解決しているせいか、ますますその傾向に拍車がかかっていた。
まぁ、私自身、そういうのは嫌いじゃないけどね。
富田さんから電話を貰った私は、宮下五月にさっそく連絡を取った。そして、次の日、学校が終わった後、直接、藤原恵美の自宅で落ち合うこととなった。
藤原が住む都営団地は、宮下たちの学校から電車と徒歩で、一時間程のところ、周囲に畑が多い東京の郊外にあった。
家に入ると、恵美と恵美の母親の性格が良く判った。
恵美も彼女の母親も、しっかりした人なのだろう。玄関には花が飾られ、台所や居間はきっちりと綺麗に整理整頓されていた。
藤原さんは今までの経緯を私たちに話した。
「エンジェル様をやって以降、死んだ双子の妹から手紙が来ようになったんですか」
「そうなんです。1週間に2通から3通」
妹さんから送られてきたという数枚の手紙を見た。
手紙には、藤原さんの子供の頃の思い出が書かれていた。
田舎の川で遊んだこと。誕生日のパーティと貰ったおもちゃのこと。
そんなことが、小学生が書いたような短い拙い文章で書かれていた。
「私は、最初妹の名前を語った悪戯だと思ったんです。でも、家族しか知らないはずのこととか、妹と私しか、知らないことが書かれているんです。それに、手紙に書かれている差出人の住所が、妹が住んでいた住所なんです」
「比較するために、お願いしておきました、手紙を見せていただけますか」
来た手紙と双子の妹さんとの筆跡を確認するために、妹さんが生きていた頃にやり取りしていた手紙を準備しておくように、事前にお願いしていたのだ。
藤原は、引き出しから手紙の束を取り出すと、宮下に手渡した。
宮下は束を解くと、丹念に送られてきた手紙と比較する。
「似ているね」
似ていることは、素人の千堂にもわかった。悪戯にしては、手が込んでいる。
いや、そもそも悪戯でここまで出来るものだろうか。
「子供のときの筆跡そのままですね。妹さんが、友人に出した手紙を真似ている可能性もあるわね。妹さんは、友達には手紙を良く出していた方ですか」
「よく書いていたと思います。引越し後も、引っ越す前の友達に手紙を出していましたから」
「そうですか・・・あの、その差し出がましいようですが、妹さんや家族のことを教えてもらえませんか」
◇ ◇ ◇ ◇
父親は、竹田真治。母親は久美子。父親はサラリーマンで母親はパートタイマー。裕福とはいえないが、貧乏でもない。子供たちが双子という点を除けば、普通の家庭だった。
両親が離婚したのは、今から7年ほど前、藤原さんが小学校3年生のことだった。
当時も今も、なぜ父と母が別れるのか、はっきりとした理由は分からない。父が暴力を振るったわけでもない。浮気したわけでもない。恵美さんたちには、優しい良い父親だった。お母さんだって、そうだ。恵美さんたちには、優しくていいお母さんだった。
しかし、恵美さんたちが小学校2年生に上がった頃から両親は、喧嘩ばかりするようになった。そして、恵美さんたちが小学校3年生になると両親は離婚した。しかし、争いは終わらなかった。
離婚に合意した後は、両親は親権で争ったのだ。協議の結果として、恵美さんは母親が育て、由美さんは父親が育てることとなった。
こうして、双子の二人は、離れ離れになってしまった。恵美さんは母親が慰謝料代わりに貰った家に住んでいたが、由美さんは父親の職場の近くのアパートに引っ越してしまった。
離れ離れになった後、両親がお互い会うことを拒んだため、二人は会うことは出来なかった。家の電話は親に気を使い出来なかったが、頻繁に手紙のやりとりはしていた。
そして、悲劇は何の前触れもなく、突然起きた。
四年生の夏休み、突然、由美が交通事故で死んでしまったのだ。
しかし、母親の久美子さんは、そのことをすぐに、恵美さんに伝えなかった。母は、恵美さんが強いショックを受けるのを恐れ、由美さんの死を隠していたのだ。
母親の心配どおり、由美さんの死を知った恵美さんは、強いショックを受け、家に引きこもり、登校拒否になった。小学校は、思い出がありすぎて、行けなかったそうだ。学校に行けるようになったのは、家を売り引っ越してからだという。
◇ ◇ ◇ ◇
わたしたちは、藤原さんの家で出来る限りの調査をした後、帰路についた。
五月と一緒に藤原さんの家からの帰り道の途中、私は、恵美さんの話を聞いて感じたことを五月に話した。
「恵美さんはお葬式に出れなかったから、由美さんが死んだことに対するけじめが出来ないのかな」
死んだという情報は人にショックを与える。しかし、それは実感が伴わないものだ。
母親が内緒にし、恵美さんがお葬式に行かなかったことで、恵美さんは、由美さんの死を実感する機会を失い、けじめをつける機会を失ってしまったのではないだろうか。
私は、そんな気がした。
「でも、なんてそう思ったの」
「証拠もないし、上手く説明できないんだけど、彼女は由美さんが死んでないで生きていると思っているんじゃないかな」
「それはあるかもね。それに、由美さんと恵美さんは一卵性双生児だから、鏡を見たら、由美さんが居るんだもんね。家族の死ですら受け入れが難しいのに、なおさら、けじめは難しいよね」
「ねぇ、誰が犯人だと思う」とわたしは、五月に尋ねた。
「あたしはオカルトを信じないの。事実だけを見る。エンジェル様の振りを出来たのは誰か。手紙を書けたのは誰か。それを考えると犯人は制限されるでしょ」
「五月は、恵美さんが犯人だと思っているの」
「手段だけで考えると、恵美さんなのよね」
わたしは、エンジェル様に誘った野村さんが怪しいと思っていたが、五月は、被害者である恵美さんを疑っているのだ。
確かに、恵美さん本人ならば、恵美さんしか知らないことを、当然書けるだろう。
「じゃあさ、何で恵美さんが、こんなことするの」
「さぁ。それが最大の謎なのよね」
「わたしには、恵美さんが演技したり、嘘を言っているとは思えないんだけど」
「あたしもよ。残りは、野村さんと富田さんなんだけど・・・..まさか、由美さんの死がお母さんの嘘だってことはないよね・・・やっぱり、お父さんのほうへ行って、由美さんのことをもっと調べないと駄目みたいね」