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ヴァルキュリア -改訂版-  作者: 花街ナズナ
13/16

死闘


バルタはもはや人外の域に到達していた。


両者が改めて間合いを取った際、まず先に仕掛けたのはバルタだった。

まるで引き絞られた弓から放たれた矢のごとく、猛烈な勢いでスカルモールドに突進すると、狂ったように剣を振るった。


当然ながら、やみくもに剣を振るっていたわけではない。

見た目こそただ力任せに振るっているように見えたが、その一撃一撃は確実に相手の反撃を防ぎつつ、急所を狙って打ち込まれていた。


が、当のスカルモールドはそれらを全てかわしつつ、虎視眈々と反撃の機会をうかがっていた。

バルタもそれに気づいているだけに、なおのこと剣を止めることが出来なかった。

とはいえこのまま続ければ、ただいたずらに体力を浪費するだけであることもわかっていた。


そこで、バルタは意を決すると、危険な賭けに出た。

わざと隙を作り、そこへ攻撃してきたところを迎撃しようと考えたのである。


一撃と一撃の間隔を開け、スカルモールドの攻撃を誘う。

横薙ぎに払った剣を返し、今一度逆方向へ切りつけようとする姿勢で、一瞬の隙を作る。

振り返しが遅れた瞬間、予想通りにスカルモールドの剣が動いた。

下段から斜め上方へと切りつけようとしてきたその機をバルタは見逃さなかった。

振り返すと見せた剣を右手に残し、離した左手で素早く胸元から杭を抜き取ると、今まさに振り上げんとする剣を持った両腕の交差点目掛けて突き立てた。

しかし、素早く振り下ろされる杭に気づいたスカルモールドは、すい、と一歩半身を引くと、振り上げる剣で杭とそれを持っていたバルタの左手を両断した。

巻き上げられるように引き裂かれた肉、皮膚、多量の鮮血が飛び、杭に触れたスカルモールドの剣が白炎を上げる。

およそ左手首から上を、小指と薬指だけをかろうじて残して吹き飛ばされながら、バルタは驚くほど冷静だった。

(こういうのは、痛みがあとから来るんだよな)

戦いに没頭しつつも、そんなことを何気なく思っていた。

ひるまず、バルタは剣を振り上げ、無防備になった胴を目掛け、右手一本で掴んだ剣を一文字に振り抜く。

だがこれも、一気に後方へ飛び退いたスカルモールドにかわされた。

開いた間合いを詰めるかと思いきや、バルタは剣を地に突き立てると、右手で残る一本の杭を引き抜いてスカルモールドに投げつけた。

杭はたやすくかわされたが、その一瞬を逃さず、剣を地面から引き抜きつつ、一気に突進し、下段から切りつける。

さしものスカルモールドもこれは完全にはかわしきれず、剣で受け流すことになった。

再び剣が白炎を上げた。


と、今までは金への接触を避けるため、直接剣を交えることを避けてきたスカルモールドが、ついに動いた。

受け流されたバルタが半身をよじるように剣を引き、さらに追撃の手を加えようとしたその時、まだ体勢も整わぬまま、スカルモールドは乱暴に剣を打ち下ろし、バルタの剣を中ほどから真っ二つに叩き切った。


剣はまたも白炎を上げたが、鍍金の剣を横から切断したため、金への接触面は極めて少なく、小さな火を吹いた後、刀身にかすかな傷を残してすぐに消えた。

バルタは折られた剣をすぐさま投げ捨てると、転がるように先ほど放った二本の剣のうち一本を残された右手でさらうように拾い、左脇に挟みこむと、一気に剣を抜き放った。

だが、その放たれた剣は一度として敵に振るわれること無く、次の瞬間ほぼ刀身の根元あたりから切り落とされた。

スカルモールドはバルタが予想していた以上の勢いですでに接近していたのである。

今度もわずかな白炎を上げるに留まり、スカルモールドの剣は依然、ほぼ無傷のままであった。

先ほどまでとは明らかに違う。

ともすれば消極的とさえ思える戦い方をしていたスカルモールドだったが、事ここに至って突然積極的な戦い方を見せ始めた。


焦りか…、


装備の大半を失い、しかも圧倒的実力差の敵が本気で向かってこようとしている。

本来なら絶望すべき状況でありながら、バルタは敵の豹変の原因を考えると、無意識に笑いが込み上げてきた。


実際、豊かな銀髪に遮られたスカルモールドの表情は、なんとなく険しく変化したように見える。

(人間風情と侮って、薄ら笑いを浮かべていた奴が大した変わりようだな。ええ?)

思いながら、ほとんど柄だけになった剣を投げ捨てると、切っ先を向け、風を切って突進してきたスカルモールドへ真っ向から突っ込んでいった。


一見無謀のように見えた行動だったが、バルタは相手の切っ先を、身を転じてかわしつつ、スカルモールドの真横をすり抜け、地面に落ちた最後の剣を拾い上げると、鞘の部分を左肘に挟み、ちょうど背後に位置したスカルモールド目掛け、半回転するように鞘から引き抜いて刀身を全力で打ち込んだ。

しかし剣を振るったその時、すでにスカルモールドはこちらへと振り返り、今まさに一撃を加えんとしていたバルタの剣を、構え直した刀身で防いだ。

とはいえ今回はもろに一撃を受ける形になったスカルモールドの剣は、杭ごとバルタの左手を切り裂いた時以上に猛烈な勢いの炎に包まれ、刀身に少なからぬ傷を与えたであろう事を確信させた。

炎に照らし出されたスカルモールドの表情は曇っていた。

間髪を入れず、バルタは次の攻撃を繰り出そうと振り抜いた剣を切り返す。


だが、ここにきてバルタは己が体の異常を嫌というほど痛感させられた。

全力を込めた剣の勢いに膝が屈した。

それは左手からの出血が原因か、

または戦闘開始直前の無茶な全力疾走が元か、

それとも常軌を逸した敵との戦いが蓄積した疲労ゆえか、

もしくはその全てが要因か、


なんにせよ、あわよくば一気に戦況を傾けられると考えていた一撃は無情に失速し、その切っ先は力無く眼前の地面へ向け、斜に食い込んで止まった。

同時に、バルタの左膝も地面へ落ちた。


(この…、ここにきて、ここまできて…、なにしてんだよ、おい!)

バルタは自分の体が意思通りにならない現実に激昂したが、片膝をついた姿勢はどう力を加えようと試みても、ぴくりとも動こうとしない。

ただ呼吸だけが虚しく、荒い調子を留めようとしなかった。


そして残酷な現実が牙をむく。

目の前で無防備なまま動けなくなったバルタに対し、一切の隙を与えずにスカルモールドは致命的な攻撃を繰り出す。


ヴァルキュリアの幅広な両刃剣が、土に切っ先を埋めた最後の剣の刀身もろとも、バルタの右鎖骨辺りから左の腰に向かって見事に切り裂いた。

かろうじて生じた白炎を包み隠すように、折れ砕けたバルタの刀身と大量の鮮血が宙を舞う。

そして、バルタ自身もまた、宙を舞った。

袈裟懸けに体を切り裂かれながら、スカルモールドの剣が起こした突風に舞い上げられ、彼の体はまるで放り投げられた人形のように自分自身の血煙の中を低く飛んだ。

飛びながら思った。


敗北を。

絶望を。

死を。


急速に落ち込んでゆく意識の中、それでもなぜかバルタの思考は明瞭だった。

(これで終わり…。あの世でエダにどの面下げて会えばいいんだ?)

ふと見ると、スカルモールドはなおも攻撃を繰り出そうと、両手で握り締めた剣を真正面に突き立て、今まさに駆け出さんとしていた。

(しつこいねぇ。とどめなんぞ刺そうとしなくっても、この傷ならすぐに…)


すぐに?


突然バルタは消えかかっていた意識がわずかにはっきりしてくるのを感じた。

そして考えた。

この傷はそれほどひどいものか?

確かに出血は大きい。

傷の範囲もかなり広い。

だが深さは?

自分が今感じている感覚に間違いが無ければ、傷は骨の辺りで止まっている。

無論、もはや生き延びる可能性はほとんど無いだろう。


だが戦うなら?

戦うだけなら?


バルタの思考は急激にその速度を増していった。

あの化け物が放った全力の一撃を受けて、なぜこの程度の傷で済んでいるのか。

少し考えれば答えは容易だった。

スカルモールドの一撃は、逆に威力が大きすぎたのだ。

それゆえに剣自体が体に接触する以前に余計な風圧でもってバルタを、的を遠ざけてしまった。

恐らくは感情的になりすぎたために起こした偶然の失策であろう。

だからこそ今自分はこうして空に浮かんでいる。

奴自身もそれに気づいたからこそ、さらに追撃の用意をしているのではないか?

ふと、我が血で妨げられた視界の脇へ目を向ける。

そこには先ほど奴に投げつけてかわされた金製の杭が建物の壁板に突き刺さっていた。

自分の心音が耳元で聞こえた。

そして全身の血が沸き立つ感覚。

バルタは失いかけていた意識とともに意思をも取り戻していた。


(動け、俺の体!)

一陣の風と化したスカルモールドが近づく気配を感じる。

(あと少し、あと少しだけ言うことを聞け!)

強い向かい風とともに、絶対的な殺意が迫ってくる。

(休むんだったら死んでからにしろってんだよ、この木偶の坊がぁっ!)


そのとき、ついに意思が体の反逆をねじ伏せた。無意識のまま持ち続けていた折れた剣を即座に手放すや、通り過ぎるぎりぎりのところで壁板に突き刺さった杭へ右手を伸ばし、これを引き抜く。ついで、ほとんど地面に落ちかけていた体を空中で後ろ向きに一回転させると、屈みこんだ姿勢で着地した。

スカルモールドとその切っ先はすでに体一つ分も無いほど接近している。

立ち上がる余裕は無い。

倒れこんでかわす余裕も無い。

となれば、選択肢は限られていた。


バルタはスカルモールドの凄烈な突きを、我が身で受け止めた。

刀身の中ほどまでが体を貫通して背面に突き出る。

左胸、心臓を貫く完璧な狙いの突きであった。

が、その狙いの完璧さゆえにバルタは必殺を免れた。

心臓へ目掛けて寸分の狂いも無く突き入れられた剣に対し、バルタは寸前で体を右に傾け、左の肩口より少し内側を貫かせたのである。

狙いを外されたスカルモールドが次の行動に移るよりも早く、バルタは最後の攻撃に出た。

まず残された左手の小指、薬指を用いて器用に、しかもすばやく左足のブーツからナイフを引き抜くと、都合よく手前まで接近しているスカルモールドの、柄を持つ手元を切り払った。

小指と薬指のみで持ったナイフにはほとんど力を加えることは出来なかったが、元よりその必要は無かった。

金のナイフに撫で切られたスカルモールドの手は予想していた以上の勢いで激しく炎を噴き上げ、顔を苦痛に歪ませながら剣を手放した。

それとほぼ同時に、バルタは自分の体を鞘として固定されたスカルモールドの剣の柄へ狙いを定めると、まさに全身全霊を込めて右手に握り締めた杭をそこへ突き立てた。

次の瞬間、まるで目の前全体を覆うような凄まじい炎が起こり、その火元付近で杭を突き立てる右手は容赦無く炎に焼かれた。


肉の焦げる不快な匂いが辺りに充満し、火傷の激痛に晒されながら、バルタはなおも杭を突き立て続ける。

火勢はさらに強まり、熱を持ち始めた剣に、貫かれた身までが焼かれ始めたそのとき、声無き絶叫を上げながら杭を突き立て続けていたバルタは、燃え盛る白炎の中でついに剣の柄が爆ぜるように砕けるのを見た。



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