猛吹雪の蠱毒
BL要素なんて実はほとんどなかったり。
シリーズ全体につけてるタグです。
たとえば、「目的のためなら何だってできる」という言葉がある。しかし実際のところ、その「目的の達成」というもの自体は人生のごくごく一部に過ぎないものでしかなく、それ一つのためにそれ以外のすべてを捨てるのは愚か者のすることで、要するに目的を達成するためには手段を慎重に、細心の注意を払って選ぶべきである。
だけど、そんな理論はうちのクラスの大半には適用されないらしく、目的のためなら何だってするどころか手段を選びさえしない危なっかしい輩が大勢いるのである。
隣の座席でぐったりしている笹代涼風にそんな嘆きを聞かせると、蹴られた。曰く、そんなのクラス委員が心配することで、葛葉、お前が心配するようなことじゃねーよ。
状況を説明すると、学年でのスキー合宿に向かうバスの中で、涼風が酔ってしまってすることがなくなったので、いつものようにくだらない話をしていた、という感じである。もっとも、話していたのは僕だけで、涼風には雑談に興じるような体力はないのだけど。
それにしても、スキー合宿か。
運動能力が皆無の僕にとっては、地獄だ。
地獄兄弟だ。
まったく、雪国の住民が全員スキーが出来るとか、そんなことを思わないでほしい。
さーぼろっ。
サボった。
みんながスキーではしゃいでいる中、小屋の陰でケータイをいじっている。さすがに煙草は吸えないけど、スキーをしなくていいなら充分だ。念には念を入れて、足跡まで消した。これは絶対に委員長にだってバレるまい。完全犯罪成立だ。スキーをするより重労働だったといっても過言ではない。いや、さすがに過言だけど、とにかくここには誰も来ないだろう。
「あ、暮菱葛葉」
バレた。
見ると、そこにいたのはクラスの副委員長、仙堂零君だった。うちのクラスは委員長がパーフェクトすぎるのがしばしば学級問題となるのだけど、そんなクラスでも唯一と言ってもいい、副委員長たり得る存在である。
外見的にはこれといった特徴はないが、歯に衣着せぬ発言から、みんなにはあまり好かれていない。
「こんなところで何やってんの、ゼロ副委員長」
「サボりがいねーか見回ってんだよ」
「サボりね。ここでは見なかったよ。どっか他のところにいるんじゃないかな?」
「そうか、いなかったか。ご協力感謝するぜ、暮菱葛葉」
「いやいや、このくらい一般市民として当然の責務だよ」
そのまま僕に背を向けてつかつかと去っていく。
あれ? 帰ってきた。
「いやいやいやいや、この状況だったらどう考えてもお前がサボりだろうよ」
「そうかな? 僕はそうは思わないけど」
「あのなぁ」
雪を気にせず、僕の隣にどっかりと座る零君。
なんか、涼風に似たタイプのようだ。
「クラス人気投票堂々一位の暮菱葛葉が、こんな所でサボってていいのか?」
「クラス人気投票?」
そんなのをいつやったのだろう。っていうか僕が一位?
零君はにやりと笑って付け足した。
「七割以上の票を得て、な」
多いな。
「安心しろ。俺は残りの三割の方だ」
それって嫌われてるってことじゃん。
嫌われ者に嫌われる僕。
委員長のキャラのせいで今まで目立ってなかったけど、仙堂零、なかなか普通人じゃなさそうだ。
「野党たれ、っつーのが俺の信条でな。
それでだ、暮菱葛葉。この際だからお前に聞きたいことがある」
「僕は言いたいことはないよ」
「まあまあ、そう言わずに」
さすがに二度目は通じないか。
言って、零君はおもむろに何かを取り出す。
取り出したのは、何枚かの写真だった。
どの写真にも、僕と涼風の姿が映されている。
「俺が秘密裏に収集した、お前らの不純異性交遊、否、不純同性交友の証拠さ!」
そのキャラは鬱陶しいが。どうやってそんな写真を集めたのかは疑問だけど、別にそんなに問題になる姿は映っていない。そんな行動、とってないんだから当たり前か。
「ふふふ……。じゃあ聞くが、学園祭前、準備をサボって三階の空き教室で、お前ら一体何をしていた?」
「……あ」
迂闊だった。あれはそういうのじゃないけど、人によっては誤解を招きかねない。
「何をしてたか聞いてんだよ。うん? お前らは言えないようなことをしてたのか?」
「いや、その、あ、あわわ……」
「このことを大好きな委員長にバラされたくなかったら、俺の質問に答えることだ」
「ちょっと待って」
一瞬で冷静になった。
大好きな委員長? 僕が委員長のことを? いつ、誰がそんなことを?
そんなこと、地の文でも語ったことがないのにっ!
「地の文? おかしなことを言うな。
そんなの、いつもの反応見たらわかることだろ。
とりあえず、図星のようだな。さあ、質問に答えて貰おうか」
「……わかったよ、仕方ないな」
「質問一。生年月日は?」
「一九九四年六月二日」
「質問二。好きな食べ物は?」
「ケーキ」
「質問三。じゃあ、嫌いな食べ物は?」
簡単な質問ばかりが続く。他愛のないものばかりで、目的が見えない。
こういうのって、だんだん核心に迫ってくるんだろうな。
「質問四。笹代涼風との関係は?」
お、質問の種類が変わった。
「友達。親友って言ってもいい」
「そうかそうか。
質問五。委員長との関係は?」
「クラスメイト。隣の席。いつもだけど、学園祭のときは特にお世話になったかな」
「質問六その委員長に副委員長になったりして恩返しがしたいとかは?」
「それはない」
仕事押し付けようとすんなよ。
「質問七。狐の人との関係は?」
狐の人? ああ、雪比等さんか。あの見た目だし、狐の人というニックネームはぴったり嵌まってる気がする。
「雪比等さんね。家に居候させてもらってる」
「ふむふむ、居候ね。これは知らなかった。
質問八。その三人から一人を選ぶとすると?」
「選ぶ? どういうこと?」
「じゃあいい。質問を変えよう。
愛する人に殺されてもいいとか思ったことは?」
「そんなことはないけど」
「む。質問九。同性愛についてどう思う?」
「別にいいんじゃない? そんな人、そうそういないと思うけど」
「世界の十パーセントはそういう人らしいがな。
それだけか?」
「うん。他に何か?」
「いや、いいや。質問終わり」
時計を見ると、もうお昼だった。じきに集合時刻になるだろう。
「じゃあ戻るか」
「そうだね。
結局、何を調べたかったの?」
「暮菱葛葉、今日のラッキーパーソンは、車酔いに弱い大親友!」
「……」
こんなことを聞きたかったわけじゃない。
「……だーいしーんゆーう」
「それだけ?」
「ああ、他に何か?」
こいつ、開き直りやがった。
さっき自分で同じことを言ったもんだから、開き直られると困る。
しかしまあ、腑に落ちない。
次の日。スキー合宿二日目。
「葛葉、起きろ。……起きろー。…………この俺が起きろっつってんのがわかんねーのかっ!」
「涼風、起きてる」
お願いだから、そんな頓挫した連載小説みたいな起こし方しないで欲しい。
「何呑気にやってんだよ。急げ」
遅刻かな。まだ起床時刻までは時間があるはずだけど。
「いや。
仙堂の奴が病院に運ばれたらしい」
話を聞くと、零君は早朝に出歩いていて、雪に落ちたそうだ。命に別状はないが、意識がないらしい。このままだとスキー合宿は中止だろう。
なぜ早朝に外に出ていたのかはわかっていないが、一人で落っこちた事故だと思われる。
「腑に落ちませんね」
そういったのは僕の委員長、もとい、僕のクラスの委員長だった。
「暮菱さんもそう思いませんか?」
「確かに納得はいかないけど」
それを聞いて目の色を変える委員長。まずい。こういうときは大抵困ったことになる。
「じゃあ、調べてみませんか?」
やっぱり。
僕は昨日零君と話したことを委員長に伝え、その中に引っかかるワードを見つけた。
「『愛する人に殺されてもいい』ですか」
「うん。そんな質問をされた」
「どうも引っかかりますね」
「こういうのはその時の心情が影響するから。
その言葉を額面通りに受け取るなら――」
「仙堂さんは『愛する人』に突き落とされた」
「そうなるね」
さすが委員長。話が早い。
「だから、零君の彼女が犯人の可能性が高い、というわけだ」
「彼女さんですか。
相手が女の子なら、私が調べてみます」
しかし、二十分後。結果は芳しくなかった。
「見つからなかった」
「はい。クラスの女の子全員だけでなく、学年全体にまで規模は広げたのですが」
「他の学年はスキー合宿には来れないし。まさか先生というわけもないだろうしね」
「一応先生方にもお聞きしたのですが、彼女さんがいらっしゃる様子も無かったと」
「一応聞くけど、委員長自身が犯人じゃないよね?」
「いえ、お恥ずかしい話ですが、他に好きな方が……」
いくら委員長がパーフェクトでも、零君とは合わなさそうだ。
「むう」
「手詰まりですね」
「だね」
委員長は未だに不満そうだったけど、僕たちのささやかなる捜査も打ち切りにするほか無かった。
結局結論は出せず、帰りのバスの中。涼風は、やっぱり揺れに苦しんでいる。
「葛葉」
涼風が真っ青な顔でこちらを向いた。
「何? 酔い止めは持ってないけど」
「無いのかよ。ったく、そのくらいあってもいいだろ。
じゃなくて仙堂のことだよ」
「零君がどうしたの?」
「お前は犯人が解ってたんじゃないか?」
「どうしてそう思うの?」
「いつものお前なら、容疑者の候補が出なかった時点で捜査打ち切りっておかしいだろ。こじつけで犯人を決めるくらい諦めが悪いお前がそこで止めるってことは、なんか解ったってことだろ」
「バレた?」
さすが涼風。僕の親友なだけある。
「で、犯人は一体誰だ?」
「実は誰かまでは特定できてないんだけどね。
零君は『愛する人』とは言ったけど、それを『彼女』とは言ってないんだよ」
「と、言うことは、あれか? 犯人は女じゃなくて男って……」
「うん。
仙堂零は同性愛者だ」
「そんなのアリか?」
「いまどき珍しくもないでしょ。世界の十パーセントはそういう人らしいよ」
「委員長が犯人とかじゃないのか?」
「自分で犯人じゃないって言ってた」
「委員長には甘いんだな。そういうのダブルスタンダードっていうんだぜ?
例えばさ、委員長が仙堂と付き合ってたとして、仙堂の人間関係を委員長自身が聞いたら、みんな委員長との関係は除外して答えるんじゃないか?」
「ごめん涼風。わかりやすく説明して」
「委員長が葛葉に事実を話したとして、仙堂が誰とも付き合ってなかった、の『誰とも』に質問者である委員長が含まれてない可能性があるってことだよ」
「ああ。その可能性は考えてなかった」
「おい」
「でも、それはないと思う」
「なんでだよ」
「合宿中は煙草吸ってなかったからね、目はいつも以上にいいんだよ。
委員長、嘘をついてるように見えなかった。元々嘘がつけるようには見えないしね」
それに、クラスメイトが容疑者にされているのに放っておくような委員長は僕らの委員長じゃない。
「まあ、そうだな」
「ということで、犯人は、クラスの男子のうちの誰かだ、QED」
結局、零君は意識が戻っても事件のことに関して何も言わなかったが、学校を辞めることとなった。元から留学の予定があったらしい。それが早まっただけだと本人は笑っているが、そんな言葉を聞いてくれるような仲の良い友達は、彼にはいないのだった。
同時期にもう一人、男子生徒が退学することとなった。こちらは親の仕事の都合だそうだ。
どちらについても真偽のほどは定かではないが、何も言うまい。
そして――
「暮菱さん、副委員長よろしくお願いしますね」
人気投票の如き圧倒的な票差で、僕は副委員長にされてしまった。
だがしかし、隣で天使のように微笑んでいる委員長と一緒に仕事ができると思うと、副委員長職も悪くない気がする。
どうやら僕は、仙堂零のようなアウトローにはなれないようだ。
《Love is OverKill》is not Bad END.
『猛吹雪の蠱毒』、いかがでしたか。
感想頂ければ幸いです。