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第8話

 

 ルディアと初めて会った日の翌日の夕方頃、ヘレンはこっそりと様子を見に行ってみることにした。

 今日はあの複雑な道にも人がいた。だから屋根の上から見下ろしていて下には降りなかった。ここの街の屋根は皆平だ。昨日迷った時、早々と屋根の上に出て帰った方が速かっただろうが、負けず嫌いな性格がそうさせなかった。因みに昨日聞いたのだが、この道はロスティロードという名前らしい。

 ここの地区はそんなに裕福ではない事が見てとれる。しかし生活に困るほど貧しくもない。いわゆる普通だ。

 ルディアの家は少し小さめだ。家と家の感覚は狭く、ここ自体、一軒一軒が繋がれた壁のような住宅地だ。一人暮らしで、体が弱くあまり外にも出歩かないから友達も少ないとか。時々小さい子供が窓から声をかけてくれるという。

 屋根の上からここの住人の様子を見ていると、確かに魔除の何たらを家の外に飾ったりしている。しかしヘレンの仲間くらい強い魔物には殆ど効果はないだろう。人間が潰れたカエルを見るくらいの気持ちになるだけだ。

 ヘレンが屋根の上で夕日を見ていると、子供たちが騒ぎ出した。隠れん坊をして遊んでいるようだ。ロスティロードはそういう遊びには最適だろう。

 薄暗くなり、人も少なくなった。もうそろそろ夕食の時間だ。子供たちもキャッキャと(はしゃ)ぎながら家の中に入ってゆく。ルディアも肌寒くなってきたのか、窓を閉めるべく立ち上がった。ヘレンはそんな様子を向いの屋根の上から足をぶら下げるような格好で座り見下ろしていた。窓を閉めようとするルディアの表情も穏やかなものだったが、何となく悲しそうな表情にも見て取れた。その理由は直ぐに分かった。向いの玄関にも、その隣にも、またその隣にも、魔除けの道具が飾ってあったからだ。ヘレンはそれを見てふっと笑った。

 ルディアは小さなため息をついたとき、何となく空を見上げた。ヘレンはもしかしたら気づかれるかもしれないと思っていたが、隠れることはしなかった。ルディアは普通にまた前を向いたが、二度見した。薄暗いが本来あるはずのない影があったからだ。ルディアはそれがヘレンであると分かると、笑みを(こぼ)した。ヘレンも薄く笑っていたが、それは影になっていて見えなかっただろう。

 スゥッと下まで降りてくると、昨日のように開いた窓を挟んで向かい合った。しかし今日はルディアが近い。直ぐ目の前にいる。


「皆が魔除けの道具なんて飾っちゃったから来れないと思ってたよ」


 ニコリと言うルディアに、ヘレンは仲間と話すような笑みで言った。


「そんなもの私には無意味だよ」


 ヘレンの事を魔物と思っている者は多い。しかし実際は誰も知らない。今の言葉も、ヘレンは強いから効果がない、と受け止めただろう。


「そっか、良かった。これからご飯食べるけど、一緒にどう?」


 わぁ・・・。人間とご飯を・・・。こんな日が来るとは思っても見なかった。ヘレンは少し人が減るまで暇を潰していたためお腹が減っていた。素直にYESとは言えなかったが、もどかしく肯定の意を表した。


 初めて入った人間の家。小ざっぱりとしていて静かだ。生活感は感じられるが、必要最低限以外のものはない。

 座って待っててね、と言われたので、恐らくご飯を食べるであろうテーブルに配置された木の椅子に座った。座る所にはクッションがついていて、座り心地は良かった。

 物珍しげに天井を見たりキッチンを見たり壁を見たりしていたが、そんな様子をルディアはこっそり笑っていた。

 一人暮らしで病弱なため、ルディアは国から色々と良くしてもらっているらしい。家具は全て国が揃えてくれたり、近所の人からの手作りだったりと色々助かっているようだ。今座っている椅子がその手作りのようだ。机も木だが、こちらは光沢があってツルツルしている。一目で国からの物か住人からの物かが分かる。

 徐々にいい匂いがしてきた。食料も国から貰うらしい。この王国は住民に親切なようだ。確かに一度も浮浪者を見たことは無かった。お金の心配はない王国なのだ。ルディアのような一人暮らしの働けない者は、医療代も免除される。ルディアに関しては1ヶ月に2度医者が出張に来る。そんな制度でも誰も不平を訴えないのは他の面で補われているからだろう。しかしこれは400年前の話・・・。


「出来たよ」


 そう言って料理を運んできた。長く一人暮らしのためか、料理は得意なようだ。スープもおかずもありバランスが整っている。


「今更だけど、人間の食事って食べれるの?」


 並べながらそう言って来た。本当に今更だ。もし食べれないなんて言ったらこの二人前の量をどうするつもりなんだ。


「食べれるよ。それに、私は魔物じゃない」


「え、そうなの?でも人間でもないよね」


 コクリと頷くが、何か聞かれる前に悪戯(いたずら)な笑みで「教えないけど」と言った。ルディアも深く追求してこなかった。ただ「そっか」と優しく笑っただけだった。

 それから「食べよっか」と言って食事を口に運ぶルディア。ヘレンも戸惑いながら一口食べてみる。するとその味がじわりと口いっぱいに広がった。驚くほどに美味しかった。


「美味しい?」


 とニコリと聞いてくるルディアの表情も自信があるようで期待した笑顔だった。そんな笑顔に、なにより人間を褒めるなんて素直に出来そうもなかったが、実際物凄く美味しかったので控えめに「うん」と頷いた。それだけでもルディアは嬉しそうだった。



 山に帰った頃にはもう深夜だった。ヘレンは高い木の太い枝に横になり、星空を眺めていた。何食わぬ無表情で空を見上げる姿はいつものこと。しかし今日の星空はいつもより綺麗だった。


「・・・変な人間・・・」


 小さくそう呟くと、ヘレンは目を閉じた。












「なぁ最近ヘレンしょっちゅう出かけてるよな~」


 ミジェルがティランとナトルに笑いながら言った。この時もヘレンは山にはいなかった。最近はルディアとも普通に接するくらいにまで仲良くなったヘレン。もう人間がどうとか気にする事も殆どなくなっていた。そして少し素直に接することが出来るようになった。


「今日もいないな。ティラン見てみろよ~」


 千里眼を持つティランに言うミジェルだが、ティランは両手を頭の上で組み枕がわりにして寝転がった。


「他人の行動を覗き見する趣味はねェよ」


 ふわりと笑って目を瞑る。


「何だよーお前も気になるだろ?」


「別に?アイツが楽しければ邪魔することもねェだろ。つーか楽しい事を邪魔なんてしてみろよ」


 ハハっと笑いながら言った。それにナトルが答えた。


「殺されるかもね」


 こちらも笑顔だった。ミジェルはどうも気になるようで、頬を膨らましてブーイングしていた。


「あ、そうだ。じゃあ見に行ってみようよ!」


「お前はストーカーか?」


「違う!でも気になるんだよォー」


 一人子供のように我儘(わがまま)をいうミジェルに、2人は困ったように笑った。そしてティランは立ち上がって、仁王立ちして言った。


「仕方ねぇな。そんじゃ行くか」


 ワーイ!と喜ぶミジェルがあまりにも素直だったから思わず笑ってしまった。


 天気の良い昼下がり、ティランは千里眼でヘレンを探した。しかし全く見つからない。


「おかしいなぁ・・・」


 街中を見ているがどこにも見当たらない。いるのは魔術師の魔物や弱い魔物くらいだった。


「見つからないの?」


「あぁ・・・」


 ナトルが穏やかに言うが、ティランは集中している。すると、「お」と短い声を出した。


「いたか?」


 ミジェルが楽しそうに聞くが、ティランは千里眼をやめ、好戦的な笑みで振り返った。


「いたのは噂の魔物だ。どうする?」


「一番知りたがってたのはヘレンだけど・・・本人いないしね。ちょっと見に行くくらいいんじゃない?」


「そうだな。案外街中でヘレンにも出くわすかもしんねェし、いいだろミジェル?」


 2人は興味あり気に目がキラキラしていた。ミジェルはわさわさと頭を掻いてからニカッと笑って「ま、いっか!」と言った。

 3人は噂の魔物を追うことにした。しかし見に行くだけだ。手は出さない。


 そんな頃、ヘレンはルディアと丘の方へ来ていた。ティランが街中探しても見つからないはずだ。あまり体力を使わせない為にヘレンは魔物に乗せてあげた。今は心地よい風に吹かれながら草の上に街を見下ろす形で座っている。


「初めて魔物に乗ったよ」


 楽しそうに言うルディアに、ヘレンも「初めて人を乗せたよ」と返した。

 ここ最近はずっと穏やかな日々が続いていた。山でヘレンに襲われる者も激減し、住民は少しほっとしていた。ヘレン事態以前より穏やかになり、街で人間に会っても気に止めることもなかった。とは言っても、昔から街に来たときはいつも自分から手を出すことはなかったが。勿論街以外は別の話。何が変わったかと言うと、以前は自分から手を出すことはなくともヘレンからは「近づいたら殺すぞ」位の威圧感が感じられたのだが、最近はそんな雰囲気もなくなったのだ。


「最近、魔除けグッズの売り上げが悪いって聞いたよ」


 ニコリと話すルディアにヘレンもニコリと「へぇ~」と返した。


「『ヘレン・ルートフィアが丸くなったな』って、近所のおじさんも笑ってた」


 何だか嬉しそうに言うルディア。ヘレンはそんなルディアを見て、最近の自分を振り返っていた。


「でもやっぱりまだ怖いみたい」


 クスリと笑って言った。恐怖はそう簡単に消え去ることはないからね、と思った。寧ろ根付くものだ。


「俺はヘレンに会えて良かったよ」


 ヘレンに振り返りまた嬉しそうに言った。


「一生見れなかったものとか、出来なかったこととか、そういう嬉しさを沢山くれた」


 ヘレンは照れくさそうに笑った。


「いつも感謝してるよ。ありがとうヘレン」


 ヘレンには絶対言えないような恥ずかしい事をサラリとニコリと言ってしまえるルディアが羨ましくもあった。自分もきちんと素直に気持ちを伝えられたらな、と思い、少し下を向いた。それでも自分に言える範囲で言ってみようと思い、目線だけ街の方を見て言った。


「私も、ありがとう・・・。」


 もっと色々、何が『ありがとう』なのかを伝えたかったが、上手く思いつかなくてこれが精一杯だった。しかしルディアは凄く嬉しそうに笑ってくれた。それを横目で見たヘレンは、恥じも忘れて自然と頬が緩んだ。

 ヘレンが極度の人間嫌いになったのはそれなりの理由があったのだが、このときはそんな記憶など消え失せていた。


「俺ね、ヘレンに会った日からずっと夢でも見てるんじゃないかって思う時があるんだ。でも目が覚めたらまたヘレンが来てくれる。夢から覚めた時に、今は夢じゃないんだって教えてくれる。俺の日常は大抵が本だけだった。そんな日常にいきなり全く違う非日常的な日常が割り込んできたみたいな感覚。今も俺がこんな所に来られるなんて夢なんじゃないかって思う。でも夢じゃないんだよね」


 ヘレンを見て微笑むルディア。ヘレンは首を縦に振った。そして笑った。


「これって凄く幸せなことだと思うんだ」


 まるで天使のような笑顔で笑うルディアに、ヘレンは思わず見とれてしまった。そして、頭の中で「幸せ」と言う言葉がいつまでも響いていた。


「・・・幸せ・・・・」


 小さく呟くと、ヘレンは‘幸せ’そうにクスリと微笑んだ。幸せなんだ、って思った。

 2人の間には、いつも心地よい空気が流れていた。


 そしてその頃、ティラン達はある酒屋にいた。全体的に木で出来た店の造りに、奥にはずらりと様々な酒が並んでいた。そしてその店の隅っこの方にガタイの良い大男が背を向けて座って酒を飲んでいた。昼でもそこそこ客はいる。

 その大男こそが噂の魔物だ。大男は魔力を上手に消しているが、ティラン達も同様だ。しかし服の柄や質から見て、どう見ても魔物を身に纏っていた。そして小物の数から見て予想以上に強い魔物であると分かった。しかし万が一襲って来ても、3対1なら確実に勝てるだろう。1対1なら同じくらいだ。

 魔物の姿を確認した3人は弱い酒を一杯飲んでから店を後にしようと席を立った。その時だった。


「待てよ(あん)ちゃん達」


 低く太く、凄みのある声が3人を引き止めた。振り返るとその大男・・・。大きな背に振り返ると、未だに振り返らない大男の声が響いた。


「俺()を見に来たんだろ?ちぃと出るのが早かねぇか」


 すると、ズシリと重た気に立ち上がり、こちらに顔を向けた。それと同時に魔力を開放した。


「!」


 思っていたより凄かった。そしてその顔は傷だらけで、目を見開いて笑っていた。どうやらあちらさんはやる気のようだ。しかし、ティランは言った。


「アンタの言った通り、俺達は見に来ただけだ。戦うつもりはない」


「おぃおぃマジかよ。俺ァなぁ、この街にはよく強ェ魔物がいるって聞いてやって来たんだ。やりあおうぜェ・・・」


「戦いたけりゃアヴェルダンにでも行けばいいじゃねぇか」


「俺ァそのアヴェルダンから来たんだよ」


 なるほど納得。だからこんなに魔力が大きいのか。


「だったら何でわざわざこんな所まで・・・。ご苦労だなぁ」


「都会側の魔物の『強い』ってもんがどれほどなものなのか、興味があってなぁ」


「俺達は別に都会に住んでねぇけどな」


 なんせ山だから。


「それにアンタんとこみたく喧嘩っ早くねぇ」


 ミジェルも言った。しかしゲラゲラと笑う大男。


「平和ボケしてんじゃねぇぞ!魔物がァア!」


「平和でもないけどね」


 ニコリとナトルが言った。しかし有無も言わさず魔力の塊を3人目掛けて高圧水流のように放出してきた。








「!!」


 街を眺めていたヘレンはいきなり黒いモヤが上がったのを見て反射的に身を乗り出した。ルディアも分かったようだ。


「行ってきなよ、仲間がいるんでしょ?」


 そうニコリと言うルディアに、ヘレンは若干眉を下げて笑った。「ごめん」と言って、ルディアを鳥魔物に乗せた。そしてヘレンはルディアを見送る形になった。別れ際、「気をつけてね」と言って笑った。その笑顔にはヘレンを信頼しているという意味が伝わった。


 ルディアを見送ると、ヘレンはドラゴンタイプの魔物を召喚した。物凄く大きく、頭には立派な角が1本ドリルのように()えている。紺色の体色で、首から下はふさふさの毛が揺らめいている。よく見ると結構プリティーな顔かもしれない。

 ヘレンはそれに飛び乗ると豪快に飛んで行った。


 モヤの上がった所まで来てみると、大男が何十体もの魔物を引き連れ、一匹も魔物を召喚していないティラン達と対峠していた。


「やる気出せよォ魔物!そんなんじゃつまんねぇだろうが!」


「だったら帰れよデカブツ」


「そのままつっ立ってると死ぬぞオメェラぁ」


 呂律(ろれつ)があまり回ってなく、酔っているせいもあって歯止めが利かないようだ。


「まァ俺ァそれでも良いぜ!こっち(・・・)の魔物は雑魚だったと、それだけの話だぁ!」


 その言葉には少しムッとしたが、ナトルが2人に諭した。


「安い挑発だ。気にする―――・・・・・」


 言いかけた瞬間、大男が顔面から地面に食い込むくらいダイブした。そして上を見上げると、ドラゴンと共に屋根に仁王立ちしているヘレンがいた。



「だァーれが雑魚だってェ?」



 その様子を見たナトルはガクンと肩を落とし、ため息を吐いた。ティランとミジェルはふっと笑った。ヘレンは肝心な時に一番子供っぽいかもしれない・・・。挑発にはすぐ乗ってしまうのだ。

 顔の埋もれた大男は瓦礫と共に起き上がった。そして上を見上げると、ガハハハハと大きな声で笑った。


「威勢のいいのがいるじゃねぇか!!いいぜ・・・!お前みたいのを待ってたんだァア!!」


 愉快且つ豪快に笑う大男の目にはもうヘレンしか映っていない。ヘレンは好戦的に、高いところから更に見下ろすように顎を上げてフッと笑った。


「酒臭いんだよ」


 そう言って両者笑いながら睨み合った。

 これにより、一時の街の安泰は幕を閉じた。しかしこの戦いは、いつものように緊迫した雰囲気はなかった。寧ろこれからスポーツ大会を始めるような胸踊る興奮が両者を支配していた。



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