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第7話



「おいヘレン、やり過ぎじゃねぇか?」


 ティランが諭すがヘレンは応えない。この『紫』は、ヘレンが持っている使い魔の中で最も危険で強いのだ。

 ヘレンは冷たい笑みで片手を紫の帽子に添え、紫を見上げた。そして術師に優しい口調で言った。


「コイツは最高に残忍だ。今でも私の命を狙ってる」


 ニヤリと薄気味悪く笑う紫。コイツはいつでも笑ってる。いつでも血に飢えている。

 術師は桁外れの魔力に圧倒され、全身の力がふぅっと消え失せ地面に尻餅をつき、金縛りにあったかのように動けない。嫌な汗が頬を伝う。


「・・・ヘレン、虫の息の魔物達相手にそこまでする必要はないでしょ?」


 ナトルもヘレンを(なだ)めるが、ヘレンは不快そうに眉をしかめた。更にティランも言った。


「俺達も殺す気か?そいつはお前以外の奴には容赦ねぇんだぞ」


 続けてミジェルも。


「ヘレン、もう帰ろうぜ。そいつ腰抜けてるじゃ・・・」


 

「黙れ」



 低く通るヘレンの声が響いた。あまりにも澄んだ通る声だったので、思わず黙ってしまった。ヘレンは腰の抜けている術師に目を向けつつ言った。


「私はそこの男が許せないんだ。身の程を知らず私に『負けだ』などとほざいたそこの術師がなァ」


 ヘレンは本気だ。手加減しそうにない。それを悟ったミジェルが術師に言った。


「おい謝れお前!マジで危ねぇんだぞ!!」


 しかし術師は首を横に振る。何もかも否定することしか出来なくなっていた。何よりも、この感じたことのないこの恐怖を・・・、目の前の魔物とヘレンを。

 チッと舌打ちしたミジェル。聴衆達は命の危険を感じて足早に逃げ出した。一秒でも速く逃げなければ、なんて、今までただ見ていただけのエキストラ的傍観者達が、自分に被害が被るかも知れないと思ったときに我先にと逃げ出す様は滑稽なものだ。

 逃げ惑う住民共を尻目に、ヘレンは紫に合図を出そうと軽く片手を上げた。その間にも禍々しい霧は増してゆく一方だった。




「・・・死に急げ」




 そしてヘレンの合図が放たれた。その瞬間、一気に紫の霧が術師目掛けて取り囲むように集まった。もう既にヘレン達と術師たちしかいなくなっていた。


 ・・・術師の断末魔のような悲鳴が長らく響き渡った。術師の魔物共々その渦に巻き込まれ、何も見えない。


「・・・ふん」


 鼻で笑った直後、霧はスゥっと消えてなくなった。・・・さっきまで術師がいた所には何も無くなっていた。

 それを確認すると、ヘレンは早々と紫を勾玉に収めた。紫が仲間たちに牙を向けることはなかった。忠実にヘレンの意に従っただけだった。


「・・・あーすっきりー・・・」


 全くそうは見えない無表情で言うと、ヘレンは歩き出した。ミジェルが声をかけようとしたが、ティランがそれを阻止した。ヘレンは恐らくチビすけの事で用事(・・)があるはずだったから。ティラン達は先に帰ることにした。












 チビすけは見晴らしの良い所に埋葬した。海が一望出来る丘の上だ。この場所は山とは全く逆方向だが、どうしてもここにしたかったのだ。チビすけを拾った場所だったからだ・・・。


「・・・ごめんね」


 短くそう言いながらつい昨日の事を思い出していた。愛くるしく笑い擦り寄ってきたチビすけの少ない思い出を・・・。

 ヘレンは枯れることのない『永花草』という花を手向け、そこを後にした。




 帰り道にはまた街を通らなければならない。さすがに同じ道は通り(がた)かったため、今度はあまり人目につかない小さな細い道を通ることにした。こんなに入り組んで複雑な道には来たことがないが、方向音痴ではないので山の方角にさえ歩いていれば着くと思って歩いていた。

 しかし一向に山が近くならない。確かに何度も曲がり角があったため沢山曲がっただろうが、まさか同じ所をグルグルと回っていたとでも・・・?


「・・・こういうの何て言うんだっけ」


「方向音痴?」


「!」


 独り言に返事が帰ってきた。少し驚いてサッと声の方向に振り返ると開かれた窓があり、開いた窓から見えたのはベッドに寄りかかり(もも)の上にやや厚い本を置いて柔らかい笑顔でこちらを見ている金髪の青年だった。


「君、何度も何度もここを通っていたね」


 まさか見られていたのか・・・恥ずかしい。でもおかしいな。私は方向音痴ではないはずだ。


「大丈夫。初めて通る人は皆迷う道だから」


「・・・・・・・」


 まるで心を読まれているみたいだ・・・。優しい眼差しで笑う青年に無表情で黙っているヘレン。


「どこに行きたいの?教えてあげるよ」


 白く美しい顔をした青年が言うが、ヘレンはその青年の様子を見て言った。


「病人は寝てろ」


 そしてまた歩き出した。青年は一瞬目をパチクリさせたが、すぐにふっと笑みをこぼした。

 

 ・・・そして10分後・・・


「また会ったね」


「・・っ・・・・」


 見事ヘレンはまた一周してきた。ヘレンは悔し恥ずかしで下を向いた。


「で、どこに行きたいの?」


 そういえば、(自分で言うのもなんだが)何度も回っているようだがここでは誰一人として人間に会っていない。勿論彼を覗いて。

 今までは街のどこを歩いていても誰かしら人間は見かけたものだ。ヘレンは首だけ青年に向けて逆に聞き返した。


「ここには他に人はいないの?」


 全く違う答えが返って来たが、青年は特に気にすることもなく答えた。


「さっき表で騒ぎがあったみたいだからね。皆役所に魔除けの道具でも買いに行ったんじゃないかな」


 あぁ、私が原因か。にしても魔除の道具なんて私には効果ないけど。


「アンタは行かないの?それとも病弱だから行けないのか」


「ストレートに物を言う子だね君」


 年下に子供呼ばわりか・・・。まぁ見た目はだいたい同じくらいだろうけど。など思い、ヘレンは若干まぶたを緩めて青年を見た。


「確かに俺は病弱だよ、よく分かったね」


「最初はただの風邪で寝込んでる可能性も考えたけど、白くて細いからね」


「よく観察してるね。君も白いけど」


 ・・・不思議だ。この人間は何故か嫌悪感を感じない。仲間と話すのと同じような感覚だ。


「俺は魔除なんて必要ないから行かないだけ。別に普通に運動位は出来るよ」


 魔除がいらない?そんな人間初めて見た。そう思い、今度は体ごと青年に振り向いた。


「何でいらないの?」


 ヘレンがちゃんと青年に向き直ると、青年も本を閉じて(もも)から降し、近くの机の上に置いた。


「俺はいつも一人で寝てるばかりだから、魔物であっても来てくれたら嬉しいなって思ってね」


 一瞬胸がギュッと騒いだ。目をいつもより大きく開き、青年を凝視した。その間にも「魔除けの道具なんて買っちゃったら本当に誰も来なくなっちゃうでしょ?」と言って笑っていた。しかしヘレンの様子に気づき、またふっと笑った。


「やっぱ驚いた?そりゃぁ皆変だって言うよ。『魔物なんて来たら死んじまう』ってね。でも魔術師とかが魔物を操ったりしてるんだから、皆が皆凶暴ってことはないと思うんだ」


 ヘレンは人間に今までとは違う感覚を覚えてきた。人間に対して否定しかなかった感情が、肯定という2文字を浮かべつつある。しかしヘレンはまた聞いた。


「じゃあ今日の騒ぎを起こしたような魔物が来たらどうする?呆気(あっけ)なく殺されるかもよ」


 薄くやや冷たい笑みでそう問うた。そんな表情を見せても青年の柔らかな眼差しに変化は無かった。


「新しい自分に生まれ変わるのも悪くないかも」


 ヘレンの予想していたどんな答えでもなかった。「勿論、今度は健康でね」なんて笑って付け足すが、ヘレンは言葉を失って、少し口を開けたまま呆然と立ち尽くす・・・。青年は「ん?どうしたの?」と首を(かし)げてニコリと笑う。言葉無く立ち尽くしているヘレンを見て、青年は声をかけた。


「ねぇ君、もし気が向いたら、また話し相手になってくれるかな」


 (けが)れなき笑顔でそう問うた青年に、ヘレンは少し考えた。

 こいつは人間、だけど嫌じゃない。しかし人間に変わりない。今まで毛嫌いしてきた人間だ。・・・ん?・・・今まで・・・か・・・。

 考えているうちに、新しい考えが浮かんだ。


 こういう人間も、もしかしたらまだ存在するのかもしれない。私が‘今まで’知らなかった、もしかしたら毛嫌いすらしていなかった人間が。‘今まで’になかったこういう人間が‘どんなもの’か、知りたくなった。


 すると、ヘレンはこの時初めて人間に向かって肯定の笑顔を見せた。人間では、この青年が初めて、皆が恐るヘレンの優しい笑顔を見た。


「君、名前は何て言うの?」


 名を言えば前言撤回される可能性はあった。しかし、最後の見極めとしてヘレンは迷わず己の名を口にした。




「ヘレン・ルートフィア」




 青年は一瞬驚いただけで、また直ぐに笑った。全く恐れなかった。それどころか、「もっと怖い人かと思ってた」などと言って微笑んだ。



「俺はルディア・ラストフォンド」



 これが記憶の青年、ルディアとの出会いだった。



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