第6話
せっかくだから、少し過去の話をしてみよう。今から約400年前のお話・・・。
当時、ヘレンとティランは自分たちを含めて4人の魔物達とつるんでいた。全員の使い魔を全て召喚させたら軽く100は超える数になるほどの実力者揃いだ。
4人は本当に仲が良く、毎日笑いの絶えない日々であった。その中でも最も強く、最も人間嫌いであったのがヘレンだ。当時は街の外れにある広い山に住んでいた。食料も豊富で空気も良く、何より頂上から見渡す風景は絶景だ。時折人間が足を踏み入れることがあったが、そのたびにヘレンは人間どもを半殺しにしていた。一度たりとも人間に笑顔を向けたことはなかった。
そんな中、4人は街に強い魔物が出たと言う噂を聞き、興味津津で降りていった。ヘレンはこういう時には人間を気にしない。好奇心が勝るからだ。
街に降り、それらしいものを探すが見当たらない。きっと人型で隠れるのが上手いのだろうと推測し、この日は帰りまた出直すことにした。
来たときは浮き足立っていて気づかなかったが、ヘレンを見る人間の目が普通でないことに気づいた。コソコソと耳打ちしたり、恐れながらも忌み嫌うような目で見てきたのだ。山に入りヘレンに遭遇し、痛い目に遭ってきた人は星の数ほど、とまではいかないがかなり多い。あっという間にヘレンの事は住人に知れ渡った。しかし、ヘレンは人間のそういうところが嫌いなのだ。・・・いや、そういう所も嫌いなのだ。
軽蔑の眼差しで人間どもを見下すように視線を返していると、7歳くらいの男の子3人が4人の前に立ち塞がった。それを見た大人たちは息を飲んだ。そしてそういう反応にも嫌気がさした。
「おい魔物!じいちゃんをよくも!!あとちょっとで死んじゃうところだったんだぞ!!」
興味無さ気に喋った子供を見下ろす。・・・いや、見下す。
「何で山に入るだけで殺されかけなきゃなんないんだ!それに、お前たちが住んでいる山に僕達が入ると傷つけられるのに、何で僕達が住んでる街にお前たちが来ても無傷のままなんだよぉ!!」
一生懸命叫ぶ子供。ヘレンは相変わらず見下している。無駄な努力だ、とでも言いたげな眼差しで。そんな様子を見ていた仲間の一人、ナトルが眉を下げてニコリと笑い、子供達を諭した。温厚な青年姿で、実際物腰の柔らかい男だ。
「ごめんね君たち、ボク達も言ってるんだけど、なかなか頑固で直んないんだよ。これからはもっと気をつけてヘレンを見てるから、そこ通して貰えるかな?」
優しく言うが、その子供も言う事を聞かない。よく見ると他の2人は怯えている。
「やだ!お前たちにもじいちゃんの苦しみを教えてやるんだ!!」
すると、仲間の一人、ミジェルが笑って言った。ムードメーカー的存在の明るい青年姿の男だ。ちょっと童顔で可愛いクリクリのお目々をしている。
「いや~坊主、それは違わないか?」
「何がだよ!」
「『お前たち』ってのは違うよ~。だってやったのコイツ一人だもん♪」
そう言われると子どもたちは一回話し合って、ヘレンだけを見た。ヘレンは首だけをミジェルに振り返って無言の圧力をかけた。しかしヘラヘラと笑っていた。実に楽しそうに。
「お前!じいちゃんの仇だぁ!」
叫びながらさっきから喋っていた男の子が長い棒切れをふり回してきた。棒切れだろうと当たればそりゃあ痛い。気合をかけつつヘレン目掛けて棒を振り降ろした。周りの大人たちは更に目を見開いて絶句していた。
・・・棒切れは鈍い音をたてて木っ端微塵に粉砕した。ヘレンは眉一つ動かすことなく片手で受け止め握り潰したのだ。更に子供は強い殺気を受け冷や汗を垂らした。しかし負けん気が強く、歯を食いしばって今度は殴ってきた。が、ヘレンは何の躊躇もなくその手を払いのけ、男の子を蹴り飛ばした。子供だろうと容赦ない・・・。男の子の仲間は蹴り飛ばされた子に駆け寄った。
「だから止めようって言ったのに・・・。勝てるわけないよ、大人でも皆重症で帰ってくるんだよ?!」
「うるせぇ!嫌なら帰れよ腰抜け!俺は一人になったって行ってやる!!」
「殺されちゃうよ!!怖くないの?!」
そうと言ったら嘘になる。実際足は少し震えている。
「お前も言ってたじゃないか!父さんの仇を打ちたいって!」
「・・・そうだけど、勝目ないよ。もうやめようよ」
逃げ腰の2人に苛立つ子供。勝目がないなんてことは端から分かっていたことだ。それでも・・・
「俺はやる」
そう言って仲間を振り切った。そして再びヘレンの前に立った。しかしミジェルがまたニコリと言った。
「やめときなってー。ヘレン子供嫌いだよ?本当に死んじゃうかもよ?誰だろうとマジで容赦ないよー?」
それを聞いても向かって来ようとする。やれやれと肩を竦めるミジェル。
「そんなの今のでわかってる!それでもじいちゃんを傷つけて無傷でいるなんて許せねぇんだよ!!」
また向かって来る。そしてまた蹴り飛ばされる。2、3度同じ事が続いたが、とうとう子供も力尽きてヘレンの前まできて倒れた。何とも痛々しい姿になり果てたが、大人たちは怖いのかただそれを見て子供に同情するだけ。駆け寄るのは仲間の2人だけだ。
倒れた子供もまだ立ち上がろうとしてくる。見かねたヘレンがここに来てやっと口を開いた。
「人間は幼き頃より愚かだな。傷つけられたら傷つけなければ気が済まないか。仇を打たねば気が済まないか。そうやって何度も繰り返し、だから人の歴史は戦争で埋まってゆくんだ。醜いんだよ」
初めて人間に見せた笑顔は、蔑みの笑顔だった。
「お前はさっきから『何で』『何で』と言っていたなぁ。お前たちが傷ついて私たちが傷つかない理由を・・・。教えてあげようか?」
地に伏せていた少年の顔がゆっくりとヘレンに向いた。
「弱いからだよ。アンタらが」
この騒ぎを見ていた全ての人に聞こえるように言った。
「アンタらは弱いから負ける。私らは強いから勝つ。物事なんて単純さ。いつの世も力ある者が上に立っていた。力こそが全てなんだよ」
そして・・・と付け加え、さっきまで倒れていた少年の襟を掴み宙に引きずり上げた。仲間2人は助けてやれず、なにしろ怖くて思うように動かなかった。
「弱い奴は何も出来ない」
冷たい笑顔を見せると、本当に殺そうとした。宙に輝く魔方陣を発動させ、異次元から怪しく光る刀を取り出した。そしてニィっと笑うと、少年の喉元にあてがった。
「よく見ておくがいいよ。弱者が強者に歯向かうと、どうなるかを・・・」
聴衆に向かって残酷な笑みを見せると、少年の止めにかかった。喉元を一突きし、鮮明な赤が飛び散る。・・・はずだった。
刀が首を貫通することはなかった。その直前に、目の前に魔方陣が発動したからだ。刀は魔方陣に弾かれた。
「・・・誰だ」
魔方陣から使い魔が現れ、その子供を主人の元へと連れて行く。主人は見るからに魔術師だ。しかし宗教的な衣装にも見てとれる。
「情の欠片もない純粋な冷酷嬢ですね」
柔らかな声でそう言うと、子共をその仲間に病院へ連れて行かせた。
「いいや?私の素材は冷酷だけじゃないけど」
「そうですね。残酷、残忍、冷淡、非情、色んなものがあげられます」
「・・・ウザイなぁ」
眉を寄せ、鼻の間にシワを作り睨み笑う。
「邪魔立てしたということは、死ぬ覚悟が出来てるんだろうな」
もう笑顔は一切ない。ただ今は‘純粋に’、殺意だけで睨んでいる・・・。
男も使い魔を構えさせ、その気のようだ。
「ふん。その程度の使い魔が私に通用するとでも思っているのか。片腹痛いわ」
魔物なら相手の力量くらい感覚で分かる。上級の魔術師も同様。
「もちろんこれだけで倒せるなんて思ってはいない・・・。もし貴女のお仲間が参戦しようものなら、私は命を落とすでしょう」
そう言って、更に9体の魔物を召喚した。そこそこ腕の良い術師のようだ。
ヘレンも一体だけ召喚した。見るからに可愛らしいペットのような猫科の魔物だ。
「つい昨日拾ったんだ。可愛いでしょ?」
人間には決して見せない愛らしい笑顔で魔物を撫でる。魔物も嬉しそうに擦り寄ってくる。
「・・・そちらこそ、そのような愛玩動物一体で私の使い魔達に勝てるとお思いか・・・?」
ヘレンは明らかに術師を馬鹿にしている。普通に考えてまずその猫では無理だろう。しかしヘレンは撫でるのをやめ、また術師に顔を向けた。
「だから、昨日拾ったんだってば。この子がどれくらい強いのかなんてことはまだ完全にはわからない。だから今、試してみるんだ」
「使い魔にそんな扱いを・・・。本当に非道ですね」
見れば分かるほどの力量の差・・・。それをあえて戦わせるとは・・・。しかしヘレンは迷わず言った。
「行け、チビすけ」
まるで遊びにでも行くような可愛らしい笑顔で走ってきた猫魔物。その愛らしさに術師は戸惑ったが、使い魔を一体だけ向かわせた。
・・・結果、猫魔物はおでこをつつかれキャンと鳴いて戻って来た。悲しそうな顔もこの上なく可愛い。
あまりの弱さに辺り一面がシン・・・となった。
泣いてコロコロと走ってきたチビすけをしゃがんで両脇を優しく掴んで抱き上げるヘレン。
「よーしよーし。お前は本当に愛らしいなぁ。でも、・・・違うでしょ?」
そう言うと静かに降ろして優しい笑顔で言った。その笑顔には非情の欠片も見当たらない。
「私は確かにお前の可愛さにも惚れた。でも言ったよね?弱くちゃダメだって」
それを聞くと、チビすけは敵に向き直り、またコロコロと走って言った。
術師はまた同じ魔物を対峠させた。相変わらず可愛らしく走ってくる。そのまま抱き上げてハグハグしたい衝動にかられる。が、ここは抑える。
また使い魔がチビすけの前に立つ。何度やっても同じだ、と余裕気に構えもしない。寧ろ魅入ってしまっている。そしてまたおでこでもつついてやろうかと思ってしゃがんだ。が、チビすけは獣の雄叫びを発しながら瞬時に虎のような大きな魔物に変化し、油断していた使い魔の頭から胸までをかぶり殺した。それには驚く術師。チビすけは口周囲を真っ赤にお化粧し、赤い液体が滴っている。
後ろからヘレンの声が聞こえた。
「よーしよーしいい子だねー」
その声を聞くとやはり嬉しそうに顔が綻んだ。しかし目の前の術師がザッと少しでも動けば体中から響きわたる重低音と共に牙を剥き出し唸った。
術師は油断していた自分に心中喝をいれ、殺された使い魔に謝罪の念を送った。そして今度は抜かりなく全員でチビすけに攻撃を仕掛けた。チビすけも惜しみなく魔力を放出し、一瞬だけ大爆発が起こり激戦地になった。
煙が飛び交うが、双方の使い魔の様子は分らない。正直ヘレンはヒヤヒヤした。チビすけは防御系の魔法は持ち合わせていなかったのだ。この爆発の中、果たして・・・・・・・。
ヘレンは仲間を守り、術師は住民建物を守ったようだ。爆発した所以外の場所が結界で覆われている。
・・・徐々に煙が薄れてきた。そこから見えた影は、地に伏した魔物たち・・・。姿が確認出来るようになった頃には、辛うじて起き上がる魔物が3体だけ・・・。その中にチビすけはいなかった。
横になる大きな猫。ヘレンはチビすけに近寄って行った。火薬臭いふさふさの体を抱き起こし、顔を確認すると小さな猫に戻ってしまった。まだ若干の砂煙は残っている。
愛しそうに小さな頭を撫でるヘレンの表情は、どこが残忍かと言うくらい慈愛に満ちたものだった。
術師はと言うと、ヘレンがいるからか近づこうとはしなかった。ただ生き残った使い魔達が戻って行った。すると術師は言った。
「・・ち・・・、力が全てだと言うのなら・・・、君の負けですね」
その言葉にヘレンの目は一気に見開かれた。チビすけを魔方陣に返し、ヘレンはゆらりと立ち上がり術師を憤怒の眼差しで、しかしどこか冷たく寒気を誘うオーラで真っ直ぐ見つめた。
「・・・お前如きが勝利を口にするな・・・」
口調はいたって冷静。しかし言葉には凄まじい怒りが孕んでいた。
「事実貴女の使い魔は敗――・・・」
「思い上がるなァ!!」
叫ぶと同時に、ヘレンの紫の勾玉が弾けるように濃く輝き、魔物が召喚された。散っていた砂埃も一気に弾け飛び、黒の寸前の紫の禍々しい煙が一面を支配した。召喚された魔物は限りなく邪悪で存在自体が危険なものだった。紫の勾玉から出てきた魔物は全身が紫の服装で、顔は嫌に青白く、口は頬まで裂けて弧を描き鋭い牙を覗かせ、大きな緩い生地の魔女のような帽子に、真っ赤なマフラーを巻き、ロングコートを優雅に靡かせ、カラフルな髑髏を腰辺りに着け、首からは使い魔の証しである紫の勾玉を赤く長い紐でぶら下げていた。そして普段は開いていない真っ黒で立派な羽を広げ宙に浮き、髑髏のような細い腕をヘレンの首辺りに絡みつかせ、寄りかかるようにヘレンにもたれていた。そして下げていた顔をあげ、その残忍な笑みでニヤリと術師に笑いかけた。