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第2話



 案内された病院はカナルーン病院と言って、ほぼ金持ちたちが常連の病院で国内でもかなり有名な所だ。なるほど立派で設備が万全に整っている。「金持ち通いの‘場所’は違うもんだ。」と思いつつ後ろを歩いていた。

 治療を受けると、ティランはまたグルグル巻きになった。


「俺は渦巻きに縁があるようだ」


 壁に持たれ腕組みをしている退屈そうなヘレンに笑いかけた。 ヘレンは仕事が終わるまで極力ティランから目を離してはいけないことになっていて、成るべくそばにいなければならない。


「なぁ無視か?心臓に穴空いちゃうよ」


「なんなら今すぐ空けてやろうか?」


「いや無理だね。だって君は俺を殺せないもん」


 何を言っても言い返してくるのがティランだ。

 フンと笑って目を閉じた。やはりティランといるとイライラする…。さっさと仕事を終わらせて殺してやりたい…。

ヘレンがそんな事を考えていると、ティランは急に軽蔑的な眼差しに変わった。


「にしても、ついさっきまで牢にぶち込まれてて殺されそうになってたってのに、‘使う’と来たらこんな待遇だよ。都合がいいよなァ人間は」


 ヘレンは目を(つむ)って黙って聞いていた。うっすらと目を開けると、記憶の片隅にニコニコと無邪気に笑う青年が出てきたが・・・---



「・・・ふっ。何を今更・・・」



 また目を閉じて冷静な口調で言った。


「だよねー。ヘレンは散々知ってることだもんねー」


「・・・お前寝てろよ。三日以内に治さなかったら役立たずと見なして殺すから」


「三日かよ。じぃさんは一週間って言ってたぜ?」


「医者の言うことが絶対じゃないだろう。アンタは魔物なんだから治癒力が早いはずだよ」


「まぁね・・・っと、どこ行くの?」


 ヘレンは扉に向かって歩き始めた。ティランには目も合わせていない。


「ここは空気が悪くて私まで気分悪くなる」


 それだけ言うとさっさと出て行ってしまった。やはりヘレンは極力そばに居たくないようだ。


「俺、気分はいいけど」


 閉じた扉につぶやいた。













 病院の屋上にやってきた。シーツが沢山干してあり、洗剤のいい匂いと共にどこか薬品くささがふわりと香った。ヘレンは目と鼻と耳が凄くいいため、些細なものも感じ取ることが出来る。

 奥まで歩き、フェンスにひじをかけて寄りかかる。深く深く深呼吸をすると、肺にたまった空気を残らず吐き出すくらい吐いた。


「・・・血の涙・・・ね」


 嘲笑気味に薄く笑うと、扉の方から人間の匂いがした。しかしあちらからはシーツが邪魔をしてヘレンには気づいていないだろう。だんだん近づいてくるのが分かる。


「・・・誰かいるの?」


 近くまで来たとき、高く可憐な声が聞こえた。振り返って見ると、そこには目に包帯を巻いた金髪のロングウェーブの女の子が立っていた。しかしヘレンは何も答えなかった。ただその少女を眺めた。


「ねぇ、誰かいるんでしょう?私目は見えないけど、気配くらいは感じるわ」


 お嬢様・・・。この病院に(かか)れるぐらいだ、きっとお嬢様なんだろう。少女自体から気品が感じられる。緑のワンピースに青いリボンをつけた上品な服装だ。


「・・・何も応えてくれないのね。あ、もしかして声が出ない方かしら?!だとしたらごめんなさい!」


 一人であたふたとする少女は頭を下げると、バッと頭を上げて乱れた髪を整えた。


「あの、もしよかったらお話相手になってくださらない?私一人でずっと退屈してたの。聞いてくれるだけでいいわ!・・・駄目かしら。よければ私の肩を叩いてくれるかしら・・・?」


 ヘレンはどちらかと言うと人間は好かないタイプだ。それに、カラルスの家にいた時は終始ほぼ笑顔だったが、実は基本冷静沈着な性格だ。


「・・・」



  トン トン



「!」


 しかしどういう風の吹き回しか、なんとなく叩いてみた。・・・本当は口利けるけど・・・。


「ありがとう!!嬉しいわ!!」


 本当に嬉しそうに満面の笑みを浮かべると、「椅子に座りましょう!」と言って置いてあるベンチまで足早に歩いて行った。随分とここに慣れているようだ。目の見えない人の気持ちは分らないが、そんなさっさと歩いて怖くないのだろうか。

 椅子に座ると、少女は楽しそうに話し始めた。


「私はグレイシア・カナルーンよ」


 あれ・・・?『カナルーン』?もしかして・・・


「ここの病院の委員長の娘よ・・・」


 あぁやっぱり。と思ったが少女は悲しそうに言った。


「私一人娘で、もともと体が弱かったのだけど、そのせいあってまるでここに監禁されてるみたいでね・・・。笑っちゃうわよね、病院の委員長の娘だなんてさぞ贅沢な暮らしをしているのでしょうに、私はわがままなのよね・・・」


 十歳くらいの子供がそこまで分かっているなら上出来だ、なんて思ってしまった。なんせこっちは数千歳だ。


「最近目の手術をしてね、目が見えるようになるのよ。もうすぐ包帯もとれるの。お父様にはとても感謝しているわ・・・」


 ・・・あぁなるほど。要は‘寂しい’んだ。


「私海が好きなの。夕焼けに染まったオレンジの海が。特にランファート海岸は素晴らしいわ!」


 へぇ、珍しい。あそこは何もないし、一般ピーポーでも行ける所じゃないか。空気はいいけど。


「最初で最後の家族旅行で行ったのよ。始めは、『なんでそんな普通の、しかも何もない所に』って思ったけど、お父様は夕日の美しさを分かっていらっしゃってたのね・・・。本当に綺麗・・・。目が見えるようになったら一番にそこに出かけたいわ」


 「だけど・・・」とためらいがちに口を閉ざした。ん?と思ったヘレンだが、すぐにまた話し出した。



「・・・お父様は変わってしまった。お顔はまるで病んだ悪魔のようだわ。すぐお怒りになるし、・・・私、お父様が恐ろしいの」


 ・・・ふぅーん・・・。『病んだ悪魔』ねぇ・・・。


「今初めて会った人に話すようなことじゃないのだけど、誰かに聞いてもらわないと私・・・もう恐怖で胸が苦しくなってしまって」


「それはいつから?」


「!!?」


 突然ヘレンが喋ったものだからだいぶ驚いたようだ。きっと包帯の下はパチクリしているだろう。


「あなた、話せたのね!?私てっきり失語症か何かかと・・・」


「アンタが私のことを『話せない』と思い込んだように、全てのことを思い込むのは危険だよ?」


「『アンタ』・・・だなんて・・・。初めて言われたわ」


 他人のことを『アンタ』と呼ぶのはどうもヘレンの(くせ)らしい。


「で?そのお父様とやらが‘悪魔’になったのはいつ頃?」


「え、えぇ。病院が大きくなってからね。」


「忙しすぎるストレスじゃなくて?」


「断言は出来ないけど、そんな感じじゃないわ」


「ふぅーん・・・」


 空に目をやり、何かを考えているヘレンにグレイシアは訊ねた。


「あなた、お名前よろしいかしら?」


「あぁ、私はヘレン・ルートフィア。気まぐれでアンタに協力してあげる」


「あ・・・ありがとう・・・?ヘレンさん」


 調子のつかめないグレイシアだが、続けた。


「考えて分かるんなら今まで苦労はないね。見に行ってくる」


 そう言って立ち上がると、スタスタと歩き始めた。


「え?!ま、待って!!お父様のお顔を知らないでしょう?!」


 ヘレンの背中に声を投げるが、ヘレンは平然と言った。



「どうせ同じ匂いがするでしょう。すぐ戻って来るよ」




 そう言って去って行ってしまった・・・。行動が早い。




「・・・・・・匂い・・・・・・?」



















 足早に会談を降りると、さっそくグレイシアの父を探し始めた。が、あっさりと見つかった。廊下の前方からそれらしき人物が歩いてきたのだ。立派な病院には不釣合いな表情だな、とどこかで言ったことのあるようなセリフを内心で発した。この男、白衣を着てなかったら(むし)ろ病人じゃないかと思うほどの(やつ)れようだ。

 すれ違うと、ヘレンは自身の気配を消し、後をつけて様子を伺った。・・・気配どころか透明化してるけど・・・。


「あ、委員長こんにちは!」


「・・・うむ・・・」


 声をかけられてもその調子。早く手当てしてもらった方がいいんじゃない?


「・・・駄目だこりゃ。‘増幅’しすぎて‘()いちゃってる’」


 この男、不の感情の溜まり過ぎで黒いオーラが怒りを刺激しつつ魔に具現化されている。・・・取っとくか。

 ヘレンは次に男が曲がる角に移動し、気配を戻して待機した。案の定男は曲がってきた。


「うぉ!?っ君!危ないじゃないか!!気をつけなさい!」


 些細なことで必要以上に怒る。こちらも気分はよくないが仕方ないこと・・・。


「アンタ、娘がかわいそうだったよ?」


「何?」


 とりあえず食いつきそうな話題を持ちかける。


「どういうことだ。何だ君は?!」


「その憑き物、払ってやろう・・・」


「何をわけの分からんことを・・・?!!」


 一方的に邪気を粉砕したヘレン。ようやく医者っぽい表情になった。


「・・・あ、・・・私は・・・」


 本当の正気にはまだなっていない。ほっとけばまた溜まってしまうだろう。


「ちょっと時間、いいよね?」


「・・・・・・・・・」


 何が起こったのか全く理解できぬまま、男はヘレンにつれられた。













 やってきたのは屋上だ。さっきのベンチのところまで歩いてきた。


「!・・・グレイシア・・・」


「!」


 父の声に反応したのか、グレイシアはサッと振り向いた。


「グレイシア。お父様とやらをつれてきた。今は医者っぽいましな顔にもどってる」


「おぃおぃ・・・、一体何なんだ?」


「・・・お父様?イライラしてらっしゃらない?」


「グレイシア?・・・何だって?何でそんなことを聞く?私は全く通常だよ」


「・・・まぁ!!・・・ヘレンさん、あなた一体どんなことをして治したのですか?!」


「まだ完全じゃない。このまま変わらないでいるとまた『病んだ悪魔』になる」


「『病んだ悪魔』・・・・?」


 男は意味が分からないといったふうに首をかしげる。


「そんなものにならない簡単な方法がこんな身近にあるってのに、嘆かわしいねぇ」


 ヘレンはやれやれと笑った。


「君、さっきから一体何の話をしているんだ?」


「さっき知り合ったそこのグレイシアの悩みを聞いてあげたのよ。んで、‘私に’出来ることだったから協力してあげたの。アンタを‘治す’という、ね」


 そしてヘレンはこの直前までのことを簡単に説明した。その間グレイシアは気まずそうだった。


「私がそんなことに・・・・・。すまなかったグレイシア・・・」


「それだけじゃない。アンタどれだけ娘と接してる?忙しくて放置か?」


「・・・すまない」


「謝っても仕方ないんだよ。これからの治療法はこの娘だから、ちゃんと時間を取ってって言ってるの。でなきゃ今までの全部パーだから」


「どういう・・・?」


「アンタのその‘悪魔’のもとはアンタが作ったもの。時間を削ってでも娘に会いに来ないと魔が消化されないんだよ。つまり、不の感情を削除するには‘自分の体の一部であるが自分ではないもの’に頼るのが手っ取り早い。さして気を使わないし、居心地がいいだろう、‘愛娘’なら。『人間には』そういうより所が必要なんだ」


「・・・君、若いのに大変なことを・・・---。色々見てきたんだね・・・」


 いや、若くはない。アンタより余裕で年上。


「ヘレンさん、」


 心の中でハハハと力なく笑っていると、グレイシアが今までよりも穏やかな口調で言った。


「ありがとう、本当に・・・。恐怖が・・・一気に抜けたわ。‘自分の体の一部であるが自分ではないもの’の効果かしら、ふふっ」


 そこには、本来あるべき親子の姿があった。微笑む二人に思わずつられてしまった。



「きっとね」



 こういうの、悪くはないな。

























「あれ?なんか嬉しそうだな?」


 ティランの病室に戻ると、ニヤニヤされた。


「まぁ悲しくはないね」


「なんだよ久しぶりに会った時はニコニコキャラだったのに」


「楽しかったからね?」


「うぉー・・・、ホントに俺を殺したいんだな」


 殺意を(はら)んだ笑顔で返したヘレン。しかしティランも切り替えが早い。


「なーんで君がご機嫌かあててみよっか」


「いやいいよ」


 即答したが勝手に話し出したティラン。ため息をついて取り敢えず答えてあげるヘレン。


「花が咲いてた?」

「違う」

「褒められた?」

「違う」

「自販機で当たりがでた?」

「違う」

「・・・じゃぁ・・・」

「?」



「『血の涙』‘成りかけ’を助けた?」



 ・・・一瞬時が止まった。音も消え、真空の世界が広がった・・・。


「当たり?」


「・・・何で知ってんの」


 しかしすぐに空気は戻った。ふふっと笑っているティラン。


「だって俺、千里眼だし」


「魔力が使えたんだ」


「悪いことじゃなければ使えるようだよ?」


「覗き見は悪いことじゃないんだ」


 へへっと笑うティランだが、ヘレンは至って普通だ。


「血の涙、ここでゲットしちゃえば楽なのにー」


「万能と言われているのはアヴェルダンの危険地帯のみだよ」


「でもその‘成りかけ’、どんな『効果』があったのかな~」


「・・・末路は同じだ・・・」


 『血の涙』・・・。人々はその伝説に魅了されつづける。欲が尽きない限り、消えはしない憧れ・・・。



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