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第16話


 ティランの目が一瞬光った気がした。


「おぃヘレン、大丈夫か」


 そう声をかけるティランを苦痛な表情で可笑しげに笑ったヘレン。


「・・・何?心配してるの・・・?っはは・・・!」


「・・・大丈夫そうだな・・・」


 折角心配してやったっていうのにコイツ・・・。

 そんな事を思いながら凍える体に上着をかけてやった。


「・・・なんか気味悪いんだけど・・・」


「文句の多い奴だな」


 再開したのはついこの間・・・。しかも合ったときはお互い殺そうとまでしたというのに、この奇妙な感情は何だ・・・。




「ぐっ!!」




 急にサイレーンがふらりとよろめいた。骨ばった赤い手で頭を抱えるように覆った。


「・・小僧・・・!貴様何を・・・!」


 その様子を見たティランはしてやったりな顔でニイっと笑った。


「気分はどうだ?牛頭」


 笑って見下ろすティランに一発氷の弾球が飛んできたが、シュッと反射的によけた。・・・真紅龍が。


「・・・ふ、ふん。そんなへなちょこボールが当たるかよ!」


 何故か偉そうに真紅龍の頭上で仁王立ちするティラン。真紅龍はそれが気に食わなかったようでティランを振り落とそうと頭をブンブンと揺らした。


「おいちょっ、ちょっと待て!分かった分かった!!サンキューな!お前のおかげだありがとう!!」


 大きな角に捕まり振り落とされないように礼を言ったティラン。真紅龍は取り敢えず大人しくなった。やはりいつも決まらない・・・。


「・・・小僧・・・貴様・・・!この幻覚魔に向い・・・幻覚を仕掛けるとはなぁ・・・!!」


 ふん、と得意げに笑うティラン。


「俺だって得意なんだよ。・・・さて、ヘレンを解放しろ。じゃないとアンタ、焼け死ぬぜ?」


 ジュワジュワと体の中が溶けているような錯覚・・・。


「まぁ、キレイに中身だけなくなってその仮面と同じような格好になるのもいい見世物かもな」


 ティランの幻覚は相手が完全に錯覚に堕ちたところで本領発揮する。初めは幻覚だったものが本人の認識によって現実となってしまうのだ。


「ぐっ・・・くくく・・・ワラワセルナ小僧・・・!!」


 サイレーンはそう叫ぶと一気に魔力を放出した。竜巻のような黒い邪気が渦巻いた。


「・・・別に笑わせてねーよ」


 その光景をみたティランはボソリと呟いた。

 下にうごめく魔物たちは黒い気に触れると消えた・・・。吸収されてしまったように。


「ふっははは!!貴様のような青臭い餓鬼にやられると思うたか!」


 ティランの幻覚は粉砕されたようだ。そして殺気むんむんのサイレーンを見て苦笑い・・・。真っ黒なあの穴の中の目は血走っているんじゃないかと思う。

 アヴェルダンの魔物たちは散り散りと逃げていってしまった。ここには悪魔とその僕たち、そしてヘレンにティランと使い魔しかいなくなってしまった。


「どうだヘレンよ!・・・気分の方は」


 芯から冷えてくるこの寒さに無意識に震えながらも、ふっと笑みを溢した。


「あと10分もすれば氷像と化すだろう。・・・だが、その前に」


 明らかに先程よりもテンションの高いサイレーンはギロりとティランを見た。・・・そう、見た。初めてあの穴からギロりと目が光ったのだ。本能的にゾッと冷や汗が頬を伝った。


「貴様を始末してやる・・・」


 ・・・やっべーメッチャ怒ってる。俺まだ本調子じゃないんだけど・・・四の五の言ってられねーか。



「死ね、人喰い!!」



 サイレーンが叫ぶ同時に一斉に2体の魔物が攻撃してきた。視界が埋めつくされるほどの大きさにティランはニヤリ笑った。

















 ベチョッ・・・






 ドロドロになった物体が落ちてきた。


「・・・ふっ。他愛もない」


 それを見てサイレーンは少々満足げに笑った。そしてヘレンの様子を見るべく視線を上へ向けた。





「そうかよ」





グサッ・・・!!





「!!!?」




 不意に真後ろからティランの声がしたかと思えば、立派な刀が胸から突き出ていた。


「・・・ぐふっ・・・!!こ、小僧・・・何故・・・」


 勢い良く血反吐を吐き、足元にはポタポタと流れる真赤な血・・・。


「言っただろ?得意なんだって」


 そう言われると先ほど落ちてきた物を見てみた。・・・そこには何も無かった。


「げ・・・幻覚か・・・?!」


 ズチャッと刀を引き抜いた。その瞬間大量の鮮血が宙に舞った。


「言え。お前が死ねばヘレンは元に戻るのか?」


 バタリと倒れたサイレーンに尚も刀を向けるティラン。サイレーンは(しわが)れた声で答えた。


「・・・望みは薄いだろうな・・・。負けたことはなかった故分からぬが・・・」


 チッと舌打ちしたティラン。


「じゃあどうすればいい?」


「・・・ふぅー・・・小娘をここへ・・・」


 上から微かに眺めていたヘレンは、ティランがとった瞬間一瞬目を丸くした。それからしばらくしてティランはヘレンを呼びに来た。

 真紅龍から降りるとティランにおぶられた。


「や、やめろ・・・一人で歩ける・・・」


「少しはその口閉じたらどうだ?」


 あっけなく運ばれてしまったヘレン。

 サイレーンの前まで来ると、ティランは言った。


「さぁ、どうすんだ」


 サイレーンはゆっくりと口を開いた。


「・・・ヘレンよ・・・約束だ。ガラス玉の正体を教えてやろう・・・」


 「はぁ?」と何言ってんだ的な表情をしたティランだが、ヘレンはサイレーンに顔を向けた。


「アレはヒトの魂だ・・・。ワケあって魔王様には必要なものなのだ・・・。そしてヘレン、助かりたくば俺の氷の使い魔を飼え・・・。そうすればお前の冷えは・・・――――――」









ズチャッ!!!!









「「!!」」



 言いかけたサイレーンは、その使い魔に一瞬にして潰された・・・。

 ティランは瞬時に距離をとった。真紅龍もヘレンの前に立ちはだかり、物凄い熱気を帯びた雄叫びを発した。


「・・・そいつを“取り込め”」


 ヘレンは真紅龍にそう命令すると、ガクッとティランの背に項垂れた。それと同時に真紅龍は氷の魔物に攻撃を仕掛けた。


「おい!ヘレン?!」


 背中から伝わる氷のような冷たさ・・・。変に心臓が跳ねる。


 そんな様子を遠くから見ていた悪魔は「ほぅ」と感嘆の声を漏らした。


「サイレーンを殺ったぞ、あの銀髪。なかなか面白いじゃないか。なぁ、シャイリー?」


 僕の魔物に向かって笑ったような声をかけた。白髪の魔物もチラリとそちらを見た。しかしシャイリーと呼ばれた殆ど布で覆われた魔物は無感情のような声を返した。


「そうですね」


 その返事を聞いた悪魔はやれやれよ言ったふうにふぅっと息を吐いた。


「では、次は我々が・・・」


 白髪の魔物がシャン、と手の中にある武器の金具の音を響かせて足を進めた。


「そう慌てるなレンディー。まだ小物が頑張っているじゃないか」


 レンディーと呼ばれた魔物はヘレン達の方を見てピタリと止まった。真紅龍が氷の魔物を喰っている所だった。


 ヘレンは大分体力を消耗していた。ティランはいつの間にかヘレンを抱きかかえるようにしていた。小さな子供がぬいぐるみをギュット持ち離さんとしているかのようだ。


「ティラン・・・もういい」


 ヘレンは吐息混じりにそう言うと、心配そうな顔をして抱きしめてくるティランを見上げた。・・・その顔を見た瞬間、400年前と錯覚を起こしそうになった。


「ヘレン・・・」


 徐々にヘレンの体温が上がってきたのが分かる。真紅龍は魔物を喰う事で相手の能力なども取り込むことが出来るのだ。


「ふぅ・・・」


 身を小さくして凍えていたヘレンだったが、小さく息を吐くとゆっくりと起き上がった。


「大丈夫か?」


 そして立ち上がったヘレンを見上げてティランは言った。ヘレンはそんなティランの態度が可笑しく思えてきてつい笑ってしまった。


「アンタでもたまには役に立つんだな」


 「はぁ?」と怒って立ち上がったティラン。


「俺がいなかったらお前は死んでたんだぞ?命の恩人じゃねーか」


「最初は足でまといが付いてきたと思ってたけど・・・、中々馬鹿にできないもんだね」


 もういつものように毒を吐くヘレンは大分調子が戻ってきたようだ。


「当然だ!なめんなよ?!」


 両手を腰に当ててふふんと笑うティラン。「はいはい」と軽く流すと、ヘレンは真紅龍を元のパーカーに戻した。


「コレ、ありがとね」


 ティランが貸してくれた上着を脱ぐと、意外にも素直にお礼を言ったヘレン。その態度にキョトンとしつつ「案外可愛いじゃねーか」などと思っていたら、受け取り際に一言つけたされた。


「凄く獣臭かったけど、まぁまぁ温かかったよ」


「・・・一言余計なんだよ」


 一瞬でも可愛いと思ってしまった気持ちを返して欲しい・・・。

 ヘレンはパーカーを着ると、少し笑った。


「でもやっぱ温かさはこの服には敵わないね」


 そりゃ地獄層の炎の熱に包まれてればなァ・・・。


 2人は悪魔の方を見た。高いところから2人を見下ろしている3体の魔物を・・・。


「いやぁ結構楽しかったぞ。次はもっと楽しませてくれよ?」


 悪魔がそう言った直後、側近の2体が瞬時にこちらに飛んできた。ストン、と身軽に着地しフワッと砂埃が舞った。そしてゆっくりとこちらを見た。2体とも背が高く、必然的に見下ろされる形となった。


「ヘレン・ルートフィア、会えて光栄。殺して名誉を」


「何、詩人?短い言葉で素晴らしくまとまってるね白髪」


「レンディーだ」


 好戦的で血の気の多い性格のようで、キッと刃先を向けてきた。その態度にヘレンもまた好戦的な笑みを向けた。


「丁度1対1か。邪魔する奴は女だろうと容赦しねぇぞ」


「・・・・・・」


「・・・。何か言えよ!!?バカみたいじゃん!」


 片方はとてもクールな性格らしく寡黙だった。そのため既にティランが可哀想なことになっている。


「・・・シャイリー」


 それだけ言うと、また黙り込んでしまった。ティランはムスっとしつつも「そう・・・」と返した。かと思えば、既にヘレン達は戦闘開始していた。


「ふっ!さっきまで凍え死にそうだった割には素早いじゃないか!」


 槍のような長い刃先を素早く動かしヘレンを串刺しにしようとしたり、また切り刻もうとしてくる。しかしヘレンは全て余裕で交わしていた。


「さっきまで見物していた分鈍いんじゃない?」


 余裕の笑みでしかもからかうように言うヘレンの態度にカチンときたようで、更にスピードが上がった。武器が動くたびにシャンシャンと音が鳴る。


「オシャレな武器だけどその音やかましくない?」


「無駄口叩いていられるのも今のうちだ!」


 そう言うと一気に詰め寄ってきて横に切りつけた。かなり速い。


「おぉ・・・、っふふ。楽しいね」


 本当に楽しそうに笑うヘレンにギリギリと武器を握るレンディー。ヘレンは異空間から刀を取り出した。いつしかティランに向けた対魔の剣だった。

 対魔の剣に切られた魔物はその傷口が癒えることはない。永遠と血が流れ、必ず死に絶えるという。


「まぁ立派な刀ね。その装飾は好きよ」


 刃には細かな装飾が施されている。遠目からでは分らないだろうが、これは呪文だ。そして持つところにも鮮やかな装飾が煌びやかに輝いている。


「私も気に入ってるの」


 ヘレンはどこか妖艶な笑みで刀を片手に持ちゆらゆらとさせた。


「アンタが武器使うからね、私もそうしようかなと」


「いちいちスタイルを合わせてくれなくて結構」


 シャンと音を鳴らすとよく透る声でそう言った。ヘレンはやれやれと小さくため息を漏らした。

 ティランの方はまだ戦っていなかった。シャイリーが全く動かないのだ・・・。


「・・・なぁアンタ、やる気ある?」


 ティランが少し首を傾げてそう尋ねた。しかしシャイリーは一向に動かずジッとしている。


「・・・ティラン・ハラウェルエム」


「ん?」


 間抜けな顔でそう返したティランに、シャイリーは不意に闇のような霧を放った。これには驚いたティラン。


「・・・なんだよ、やる気満々じゃん」


 冷静すぎる相手にどこか悪寒を覚えつつも、ティランは身構えた。


「・・・アナタは私を倒せない」


「!!」


 言った瞬間、仮面が目の前に・・・。まるでスローモーションのようにふわりと真前に現れたシャイリーは、またスローモーションのようにティランの顔スレスレで真っ黒な節穴から瞳をギラリと輝かせた。


挿絵(By みてみん)


決して視線を外す事は許されないかのようにジッと目を見開いて見つめてきた。ヘレンとよく似た琥珀色の瞳が・・・。


「!」


 ハッと我に返って瞬時に距離をとった。


「・・・何だ・・・?」


 まるで存在ごと飲み込まれてしまいそうな感覚だった。つぅっと汗が流れ落ちる。


「意外としっかりしてるじゃない・・・」


 トン、とこちらに真っ直ぐ向いた。全身マントを被っており首には赤マフラーがちらりと顔を覗かせ、そして骨の仮面。全く正体の分らない風貌が逆に心拍数を上げる。


「並の魔物ならもう死んでるわ・・・」


「・・・ふっ。君意外と喋れるんじゃない」


 違和感を感じたさっきの空間はなんだ・・・。それにあの目・・・。何の魔物だ・・・?


「・・・次こそ寝てもらうわ坊や」


 言った瞬間、また霧で覆われた。構えるティランだったが、音も無く消えたシャイリー・・・。


「(どこだ・・・)」


 五感をフル活用して気配を探る。しかし何も感じない。―――――次の瞬間





ふわっ





 体が浮くような感覚に陥ると、目の前は一瞬にして真っ赤に染まった・・・――――――。



 ヘレンは目の前の敵しか見ていなかったが、ふとティランの方を向いてしまった。


「・・・あれ?」


 2人の姿はどこにもなかったのだ。

 よそ見をした瞬間レンディーが攻撃してきたが刀で防いだ。ギシギシと刃物の削れるような音が鳴る。


「気になるかい?どこに行ったのか・・・ふふふっ」


 レンディーはニタニタと笑うような声でそう言った。ヘレンも睨むように相手を見据え、押し合いが続く。仮面の穴からはエメラルドグリーンの瞳がギラギラと輝いていた。


「シャイリーは時空を渡れる魔物。今頃どこかで坊やは息絶えたんじゃないかな」


 そう言ったレンディーに笑みを見せた。ククッと笑うとレンディーを弾き飛ばした。


「うっ・・・!」


 そして若干揺らいだレンディーに間髪いれずに切りつけた。しかし交わされた。


「面白いこと言うねアンタ」


 レンディーが交わした方に向けてどこからともなくナイフのような小さな刃物の集団を鋭く放った。


「っ!!」


 避けきれず数本掠った。直後キッとヘレンに振り向くが、ヘレンは立ったまま動かずにいた。ただこちらを眺めているだけで・・・。


「最初は確かに弱かった。でもあれでいて結構頭が回る。コソコソ隠れて攻撃してくるだけならまだティランの方が強いわ」


 レンディーは体制を立て直しまた構えた。


「仲間を信用しているのね、美しい友情だこと」


「え?アハハハっ!やっぱアンタ面白いこと言うわ」


 また可笑しげに笑うヘレン。


「あんなの仲間なんかじゃないし、友情なんて欠片も感じちゃいない」


 そう笑うと、ヘレンは宙から無数の刃物を召喚し、全ての矛先をレンディーに向けた。


「面白いけど・・・、あまり気持ち悪いこと言わないでくれる?鳥肌止まんないわ」


 直後一斉に降り注いだ。・・・激しい破壊音が響きわたった・・・。



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