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第15話


「・・・ヘレン・・・」


 既に魔王として存在しつつある仮面の魔物は誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟いた。その後に少し不快気に眉を寄せた。

 ・・・これは‘俺の’気持ちじゃない。邪魔をするな・・・。


「何を(ほう)けている!」


 一瞬の揺らぎから醒めた悪魔が荒々しく怒声を上げた。それに反応した魔物達が一斉にヘレンに襲い掛かって来た。

 既に先手を打ったヘレンの方が圧倒的に優勢だ。ティランもやれやれと言った風に参戦。だいぶ感覚は掴めてきたようだ。・・・その時だった。


「只今戻りました、魔王様」


 地に響きわたるような低い声でそう告げたのは、先ほどすれ違った牛の面をつけたサイレーンだった。

 彼の登場で一旦戦場は休戦した。ヘレンたちも様子を見た。

 サイレーンは愉快気に笑うとヘレンを見た。


「若者よ、血の気が多いのも考えものだな」


「別に多くない」


 でかい図体で漆黒の穴からヘレンを見下ろす。


「まぁ良い。少しでも魔王様の娯楽になりさえすれば、お前たちの死にも価値が生まれるというもの」


 そんな事を言いながらヘレンを通り過ぎた。そしてその行く先は魔王の元へ・・・。が、


「・・・何だって?」


 やはり堪に障ったようで、その声音から怒りが漏れていた。

 サイレーンは魔王の元へ行くと、美しく輝くガラスのような球体を差し出した。


「ご苦労」


 そう言いながら受け取ると、魔王はスウっとそれを自身の身に宿した。ヘレンがそれを見ながら言った。


「何だそれは」


 これにサイレーンが答えた。


「なぁに、大した物じゃない。魔王様にはこの上なく大切なモノであるが、我々には何の意味も持たぬものよ」


「それは何だと聞いたんだよ」


 質問の答えにならない返答にイラつきながらも極力冷静に話すヘレン。


「気の短い娘よ。・・・それほどまでに知りたくば、この俺を倒して力ずくで聞き出してみろ」


 サイレーンが言い終わると同時にヘレンは快楽とも不快とも感じる情緒の狭間で目を見開いて笑うと魔力を放出した。少し冷静さを欠いているのが荒々しい攻撃から見て取れる。

 羽織っていたマントを(ひるがえ)すようにかわすと、前に向いた瞬間骨のような赤く干からび、獣のような尖った爪の生えたた手を出し魔球をお見舞した。結構な威力があった。


「ヘレン!」


 まさかとは思うが、直撃したかのように見えたティランは反射的にそう叫んだ。

 砂煙で視界が悪く状況が分らない。


「・・・っ・・・」


 ・・・何だ今のは。

 一応盾でガードはしたものの、変な攻撃だった。

 端から見たら何の変哲のない魔球だったが、当たると思った瞬間、一瞬だけスピードが遅くなったかのようにズレた。・・・面倒な。

 ヘレンはポケットから一枚の白く黒で文字の書かれたカードを取り出し、バンダナとして身につけていた魔物を解放しそれに託した。


挿絵(By みてみん)



「いい?このカードは『切り札』として取っておくんだよ。しっかり守ってて」


 小者のような小さな魔物だが、ヘレンの使い魔だけあって魔力は高い。

 リスのような可愛らしい外見の使い魔はコクリと頷くとスゥっと消えた。


 ヘレンは煙を薙ぎ払うように出てくると、巨大な一体の真紅の龍を隣に歩いてきた。ヘレンがいやに小さく見えるその龍は、熱い熱気のような息吹を吐いて高揚しているようだった。


「!」


 ティランは初めて見た。ヘレンの上着が龍に変わった所を・・・。・・・それ程の相手ということなのか。

 上着を脱いだヘレンは黒のタンクトップというラフな格好だった。しかしくすねた血の涙はしっかりと首からネックレスのようにぶら下がっていた。漆黒の闇に唯一存在を際立たせる真赤な赤。今の闇に輝くのは皮肉にも血の赤だけだ。


「サイレーン、アンタ幻覚魔?」


 ハッキリと姿が確認出来る所までやってくると一定の距離をとって立ち止まったヘレン。その問いにふっと笑うサイレーン・・・。


「いかにも」


 それを聞いて大層面倒だと言うような残念な顔でため息をついたヘレン。サイレーンは笑った。


「者ども、手を出すでないぞ。魔王様への見世物を邪魔するな」


 下っ端の魔物達にそう言いつけると、サイレーンは真っ直ぐにヘレンを見た。


「ふ・・・。一先ず見物としようか」


 魔王は王座に頬杖をつき仮面の下で薄く笑った。側近の仮面2体も手を出そうとはしなかった。


「見世物ってのは楽しいから価値があると思うんだけど?」


 ヘレンは不機嫌そうに首を傾げて言った。


「楽しいさ。見ている側がな」


 見世物にされる側に何の権利も無い。見物人はその対象が何をしても面白がるのだ。


「ハァ・・・。趣味悪い」


 嫌味気に笑うとヘレンもサイレーンを射抜くように見据えた。

 ・・・そして幕は上がった。


「お前の使い魔に敬意を証して俺の使い魔を見せてやろう」


 ヘレンの龍の強さを戦う前から認めると、サイレーンは両手を大きく広げ空中に陣の周りに少し変わった模様が放射線状に入った魔法陣を出現させた。

 するとサイレーンのバックから禍々しいオーラを纏った怪物が現れた。


「!・・・お前・・・」


 それを見たヘレンの目が変わった。


「魔界から直々に呼び出したのか・・・」


 通常陣の中にストックさせておくものだ。魔界から魔物を呼び寄せる事が出来るのは真の実力者の証しと言ってもいいだろう。

 魔界特有の共通の模様の魔方陣を見たのは久しぶりだ。ヘレンも呼び出せなくはないが、大きな力にはリスクがつきものだ・・・。

 直接召喚された魔物は気が荒く血の気が多いものが大多数だ。基本主には忠実に従うが、契約が解かれたら瞬時に虐殺されるだろう。しかしサイレーンがそこまで弱る前に魔界に返してしまうだろうが・・・。

 最低条件は『使い魔より強い』こと。当然といえば当然だろうが、かなり重要だ。


「ヘレン、お前のその龍も元は魔界の地獄層にいたモノじゃないのか?」


「何言ってんの。魔物の故郷はみんな魔界でしょう?」


「ふ。確かにな・・・。いつから人間界に蔓延(はびこ)るようになったのやら・・・」


 地獄層は極寒と灼熱に分類されている。元は魔力が強いため放出できるように儲けられた場所だった。しかしいつからか魔力が溜まりに溜まって溢れ出し、近づくだけで凍死または蒸発してしまうようになり、『地獄』と呼ばれるようになった。

 真紅龍は灼熱側であったが、熱を引かせようと極寒側へ行った所冷気が熱気に変わってしまったと伝えられるくらいアツイ魔力を蓄えている。


「魔界はつまらぬ場所だ。しかし和みを感じる場所だ・・・。」


「人間界はくだらない・・・。けどそれが面白い。どっちも似たような場所だけど、得る物の多い方が結局は楽しいんだ」


 例え失う物の方が多くとも・・・。


「要は質だね」


 言いながら指で宙にスラスラと魔方陣のような紋様を書き出したヘレン。書き終わるとそれは真紅龍に吸収された。


「ここなら遠慮は要らない。思う存分暴れるといいよ」


 真紅龍に笑顔でそう言うと、ヘレンは小さくふっと笑った。


「ティラン、悪いけど加減しないから」


 丁度「何が『遠慮は要らない』だよ」と思っていた所だった。自分の事を忘れすぎじゃないか?と。


 ヘレンはどうしていつもそう面倒な道を選ぶんだ。くすねた血の涙をもってさっさと帰ればいいものを。

 約束にしたってただの口約束。バックレたって構わない。

 それでもヘレンは約束は破ったことは無かった。少なくとも俺の知ってる範囲では…。


「人間界に魔王は要らない」


「両の国を統べるお方になるのだ」


 サイレーンがそう言うとヘレンはさもおかしいと言う風に笑った。


「魔界を舐めてんじゃないの?」


 そして王座に座る魔物に向けて言った。


「アンタより強い魔物なんてごまんといる」


 さすがに側近の2人も構えた。しかし魔物は制した。


「良い、言わせておけ。今にその減らず口叩けなくしてやる」


 ふっ。どっかで聞いた台詞…。


「もうお喋りは終いだ。死ぬ覚悟をするんだな」


 その台詞にもヘレンは余裕の笑みでふっと笑っただけだった。


 ――――――神も魔王も、見えないからこそ‘力’があるんだよ――――――


 ヘレンは真紅龍に攻撃の合図を出した。それと同時に熱気を帯びた雄叫びを上げ、灼熱の炎を豪快に吹き放った。

 サイレーンもヘレンとほぼ同時に合図を出した。

 目玉が3つに、触れれば痺れる琥珀色の(たてがみ)、開けた口からは悪寒がするほどの激しい冷気、そこから覗く牙は氷柱(つらら)のように銀色に鋭く光っている。藁のような服を羽織り、腕は極端に長く、足は(ふくろう)のような形で巨大な図体をずっしりと支えている。

 ・・・真紅龍とは真逆のタイプだ。しかしこれは真紅龍の方が有利な条件だ。

 勢い良く襲ってきた真紅龍の炎を、巨大な氷河を砕いたような吹雪で相打ちにした。

 すると一面が一気に川のように洪水になった。


「『極寒』だからと言って舐めるなよ。まだまだこんなものではない・・・!」


 直接魔界から召喚された魔物だ。常に準備万端だろう。


「そっちこそ、熱に焼かれて干枯らびるがいいさ」


 戦闘で活躍するまでもなく出番が無かった真紅龍の魔力は溜まりに溜まって爆発寸前だ、とは言い過ぎだが、不満(ストレス)は物凄く募っていることだろう。思い切り暴れられるこの機を存分に楽しむといい・・・。

 一時的な洪水にみまわれたアヴェルダンの魔物たちはさすがで、あまり流される者はいなかった。

 余裕気に周りの様子なんて観察していたサイレーンだったが、次の瞬間言葉の通り体中に電撃が走った。


「!!」


 サイレーンが来るまでヘレンが召喚させておいた雷属の魔物だ。狐の姿をした愛らしい外見とは裏腹に、主人が大好きすぎて冗談でも主人を貶すようなことがあればその者は瀕死状態にまで叩きのめされるという恐ろしい子。

 ヘレンは空を飛んでいる真紅龍に乗っていて問題なく、ティランは丁度洪水になった時に飛行系の魔物に乗っていたので無事だったが、ヘレンはもうティランの安否は気にしていないかも知れない。今は目の前の敵しか見えていない・・・。


 水の力も借りて威力の増した電撃をくらったサイレーンはふぃしゅっ―――と焦げ臭い煙を吐いた。


「・・・ふっ・・・。なかなか面白いではないか」


 喋る度に煙が上がる姿を見てヘレンは可笑しそうに笑っていた。仮面の隙間、穴という穴からいちいち煙があがる。まるで鼻息の荒い馬みたいだな。あぁ牛か?と一人で思っていたのだ。

 笑っていたら雷を帯びた氷の弾球が襲ってきた。「おっと」と余裕でまだ少し口元が緩みながら交わした。


「ホント、楽しいね見世物は」


 ヘレンはそんなことを言いながら氷の弾球を炎で溶かし、真紅龍の翼で勢いの良い風を作り跳ね返しつつまた雷を絡ませ反撃した。

 今度はその攻撃は通用せずそらされてしまった。


「今のうちだけだ」


 そう言うと、サイレーンはもう一体魔物を呼び出した。


「・・・えー・・・」


 大して感情を込めずに呟いたヘレン。

 出てきた魔物は既に興奮していた。落ち着きなくサイレーンの周囲を飛び跳ねていて、巨体のせいか振動も大きく軽い地震のようだ。

 真赤な出目金のような目玉を飛び出てしまいそうなくらい乗り出させ、全身はゆさゆさと紫の体毛が忙しく揺れている。見た目は何とも言えない不格好な魔物で、強いていえばカンガルーのシルエットで腕が猿のように伸びているものだ。


「なにソイツ全っ然可愛くないんだけど。寧ろ醜すぎて可哀想」


「レディにむかって失礼にも程がある・・・」


「えぇ?!メス!?」


 真顔でいうサイレーンにヘレンは少し驚いた。


「なんて落ち着きのないお嬢さんですこと」


 呆れたようなふざけたような口調で言ったヘレン。


「まだ若いのでなぁ・・・」


 低く響く貫禄のある声音で言ったサイレーン。


(さんしょううお)の類のモノが魔力を持ちこうなったのだ」


 鯢に全く見えない。カンガルーと猿を足して2で割った生き物だよ。てか鯢にそんなふさふさなものついてないでしょ。

 そんなことを思っていたのが野生の勘とやらが察知したのか、その鯢といった魔物はヘレンを本当に目玉が飛び出そうな程睨みつけ、口を大きく開けたかと思うと勢いのある液体を放出してきた。

 瞬時に交わすと、べちょっと落ちた液体は地面を急速に溶かしていった。かなり強い酸のようだ。


「レディと言う割に品がないね、そんなゲロみたいなもん吐き出して人にかけようとするなんて」


「お前に言われたくないと思うが」


 そうだ、と言わんばかりに連射してきた。真紅龍は(ことごと)く可憐に交わしてゆく。


「いやぁ臭いも結構きついね。ちゃんと歯磨いてる?」


 そんなことを笑顔で聞くヘレンは余裕のようだ。しかし鯢は一際大きな球を放ってきた。


「うわー・・・」


 引きつった笑みを浮かべるヘレン。と言うのもその鯢の表情が必死すぎて滅茶苦茶になっていたからだ。 もはやレディの欠片もない…。


「レディ言うならもっと品を持った方がいいと思うなぁ」


穏やかな口調で苦笑いを浮かべつつ、放たれた糾弾よりも一回り大きな陣を出すと吸い込まれるように入って行ってしまった。

大きさの割には大したことない威力だなと思い軽くふっと息を吐く。

…その時だった。





―――ドクン――





「!」



サイレーンがニヤリと笑ったかと思うと、ヘレンは胸元の服を鷲掴みにするようにギュッと掴んで苦痛に顔を歪めて屈みだした。


「愚かな…」


笑みを含んだサイレーンの声が響いた。


「使い魔がおるというのにわざわざ主人がでしゃばるからそういうことになるのだ」


 見るとヘレンの指先が青白く冷たくなってきた。

 未だ苦しそうに胸元を押さえ込み屈んでいる。

 ヘレンの様子に気付いたティランは反射的に近寄ろうとした。が、側近の白髪の仮面に行く手を阻むように刀を突き出されピタリと止まった。


「舞台の邪魔立ては認めん」


キリリとしたハリのある透った声でピシャリと告げられると、ティランは鼻で笑った。


「融通の利かない奴は嫌だねェ」


 言い終わると同時にその剣をスルリと通り抜けると、その魔物は瞬時に追ってきた。

 しかし次の言葉で止まった。


「好きにさせておけ」


中心の王座に座る魔物だ。

悪魔が言うのならアヴェルダンの魔物の誰もが言うことを聞かざるを得ない。


ティランはヘレンの傍までやって来るとハッとした。ヘレンの肌は冷気を帯びて青白く、今にも凍って砕けてしまいそうだった。

眼下にいるサイレーンを見下ろすと、真っ黒な穴と目があった。


「ヘレン・ルートフィアはアヴェルダンで凍死。そんな舞台に飾られるのは美しき氷像…。実に洒落た舞台ではないか?」


真っ暗な闇の中、笑っているのが見えた気がした。



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