第13話
何となく蘇る“使い方”。自分はコレを知っている。使えない方が可笑しいんだ。
「君もキレイだけどね、あまりにも相手にならないと僕が退屈でしょ?」
たしかにコーレインからは溢れんばかりの魔力を感じるが、300年前の自分程じゃない。魔力は戻したんだ、首輪をされてるだけで。抑えられていると言ってもある程度は使えるはずだ。
そうだ。アヴェルダンに駆り出されたんだから、これ位の魔物を倒せる程度の力は使えて当然だ。
「ティラン。私がアンタを守る義務が無いのは分かってるんでしょう?」
軽く腕くみしながら言ったヘレン。
ティランはハッと笑って言った。
「何度も言われなくたって分かってらぁ。何なら先に行ってても良いんだぜ」
「フン・・・。バカが」
機嫌の悪そうに鼻で笑うと、ヘレンはティランの後ろに下がった。「さっさと殺れ」と無言の圧力を感じた。
「‘寝起き’なもんで、お手柔らかに頼むぜー」
笑って言うティランだが、コーレインは可愛くため息をついた。
「言ったでしょ?僕はこう見えて容赦ないって」
そしてニコリと笑った。それが合図だったようにわらわらと闇から魔物が出てきた。全て動物系で血の気の多い連中だ。
「お姉さんが死んじゃったら、今度はその体を貰おうかなー♪」
余裕気に楽しそうに笑うコーレインだが、ヘレンは嘲笑するかのように未だ腕を組み流し目で笑った。
「『お姉さん』『お姉さん』・・・。坊やは私の名前を知らないのかな」
「名乗ってないじゃん?」
「にしても、この森の侵入者は私達位だと思うけど。さっき会ったのも知ってたようだし、此処は情報に乏しいようだね」
「だってそんなん興味ないもん。縄張りを犯すものは殺すまでだし」
「簡単に言うね。言っとくけど、アンタ程度の魔物なんて私にかかれば簡単に死ぬよ?」
「・・・言ってくれるね」
コーレインの殺気が全てヘレンに向いた。
「ホント、口が達者な人ってムカツク♪」
目を見開いて明るくそう笑った。そして「殺れ」と短い指示を出した。待ってましたと言わんばかりに魔物が群がって来た。
そこで構えようとしたヘレンは目を疑った。
「・・・・・・・!」
群がってきた魔物達が粉砕したのだ。無論ヘレンは何もしていない。となれば・・・
「ティラン・・・?」
本当に信じられなかった。さっきまで雑魚すらまともに倒せなかったティランが、いきなり多数の魔物を蹴散らしたのだ。
ティランを見ると、嬉しそうに楽しそうに笑っていた。
「よー見たかヘレン!俺は‘使える’ようになったぜ!いや、訛りが抜けて来た!」
まるで子供のように笑うティランにヘレンは思わず唇の端が緩みかけた。しかし止まったのは、あの日の残忍な笑顔と重なってしまったから。
「何はしゃいでんの?それくらい出来て当然でしょうが。足手纏にならなくて良かったわ」
辛口なコメントで・・・。
ティランは端から良い返事は期待していなかったようで、「はいはい」と普通に向き直った。その時だった。
「おいKY!!何やってんだよ馬鹿野郎!」
「え?」
コーレインの後ろからバリがやってきた。
「何だよ単細胞~。これからが良い所なのに」
ギャハハと笑っていた別名単細胞のバリがずかずかと歩いて来た。
「お前一人で突っ走んなよ!それに話も聞かずにウノを投げ出してさーあー?!コイツが誰だかわかんねーのか?!」
「分かんないよ?」
物凄く素直な応え。蹴散らされた魔物達も今は攻撃を控えている。
「コイツァな、ヘレンだよヘレン!」
それを聞いたコーレインは目を丸くした。
「だから人の話を聞けってんだよ!分かったら一旦引き返すぞ!一人じゃ適わねぇ」
その言葉にヘレンはピキンと来た。
「一人じゃ敵わないって?ハッ!笑わせんなよ単細胞」
低く透る声で怒りを含んで言ったヘレン。バリはポリポリと頭を掻いて言った。
「ニックネームで呼ばれると困っちゃうなぁ・・・。仲良さげじゃん?殺しにくいじゃん?」
「マジで単細胞の馬鹿野郎だ」
そもそも倒せること前提で話を進めていることが腹立たしいのだ。
「そうゆうことなんで、一旦失礼しまーす♪」
「・・・ウぜェ」
暴言と共に一発魔球をお見舞してやった。勿論当てる気で。しかし交わされた・・・。コーレインが去ると他の魔物達も去って行った。
「・・・おぃ」
折角コツを掴んだティランにとっては好ましくない結果だった。
ヘレンは軽く人差し指で頭を掻くと、小さくため息を吐いた。
「どいつもこいつも絡んでくるクセに、どいつもこいつも途中で退散か・・・」
呟くような独り言を言うと、また歩き出した。ティランもつまらなそうに見えぬ空を見上げてため息を吐いた。
長らく歩いたところで、いい加減休憩がてら休むことにした。何十時間も動きっぱなしだったがヘレンは疲れを微塵も感じさせなかった。力が戻ったとは言え、全く運動不足なティランは結構疲れているようだ。
恐らくもう日が暮れているだろう。
ヘレンは結界をはり、寝ることにした。ティランとの間にも結界がはられていて、触れることは出来ない。
横になったヘレンを尻目にティランも背を向けあうように横になった。横になると、ずっしりとした重みが倦怠感を誘い、直ぐに深い眠りへと落ちていった。
不気味で殺意満載な森も、この時だけは静かに感じられた。
・・・夢を見た。
懐かしい山で過ごしていた頃の夢を。
笑顔の絶えなかった日々の夢を。
それは一つのページになっていて、ルディアの笑顔の直後燃えて無くなってしまった。
後に残るはただの灰。
焦げ臭さも熱さも残らないただの塵。
吹けば飛び散り、握れば崩れる脆いモノ。
握った手の平には黒い霞みが。
吹いた後には目にしみる。
どれもこれも、後味の悪いモノばかり・・・。
それでも、どんなに粉々にしても、遠くまで飛ばしても、‘無くなる’ことは決してなかった。
どんな形になろうとも、確かにその存在は消滅することはなかった・・・・・・・。
「・・・ラン・・・ティラン・・・」
遠くから声が聞こえた。聞きなれた筈の遠い声が・・・。
「・・・おぃ起きろ。もうお休みタイムはお仕舞いだ」
薄らと目を開けると、ニコリと笑ったヘレンが・・・いるはずもなく。腕くみして見下ろすヘレンが立っていた。
むくりと起き上がったティラン。数秒間ぼーっとするが、痺れを切らせたヘレンの鋭い声でやっと立ち上がった。
数時間経ってもこの森の深さは相変わらずだった。
「少し力が戻ったからって調子こいて気ぃぬいてるとあっと言う間にお陀仏だよ」
何だか機嫌の悪いヘレン。普通睡ったら頭はスッキリするものじゃないのか・・・。あぁ、低血圧?
「見て」
仏頂面のまま視線を向けたのは森の奥のアヴェルダンへと続く山の方向だ。そこには怪しい雲が渦巻いていた。
「あれは・・・」
ティランもそれを見て感じたようだ。今のアヴェルダンがどんな状況になっているかということを。
不意にギラリと輝く獣の瞳がそこから見えた。かと思うと、一斉に何かから逃げるようにして土煙を上げながら走って来た。
獣たちはヘレンたちに見向きもせず、一目散に過ぎ去った。
「・・・何だ・・・?」
ティランが過ぎ去って行った獣達のもう見えなくなった後姿に振り向きそう呟いた。その時だった・・・。
ギャァァォォオオオ!!!!!
体中に響き渡る重低音のような雄叫びに目を丸くした2人。ティランは珍しく驚いているヘレンに少し気分を良くしたが、直ぐにヘレンは駆け出した。・・・その雄叫びに向かって。
後を追うティラン。
「おぃ!何してんだよ!!」
森中の獣達が、ましてはアヴェルダンから逃げ出したモノもいるであろうその方向へ、ヘレンは一直線に向かっていた。
「普通様子を見るだろ!?今のは絶対まずいぞ!」
「黙れチキン。恐ければそのカッコイイ首輪を手土産にお家へ帰ったらどうだ?」
皮肉しか言わないヘレンだったがティランは返した。
「恐かねぇけど!今お前が進む先に何のメリットがある?」
ヘレンの横を走るティランは見向きもしない横顔に訴えた。だがヘレンは止まらない。
「少なくとも今なら邪魔が入らない。スムーズに目的地に着ける。違う?」
「その途中で今までにないバケモンに会ってもか?」
そう言った瞬間、ヘレンは足を止めた。しかしそれはティランの言う事を聞いたからではない。大きな魔力の塊が直ぐ目の前で感じたからだ。
ティランもそれに気づきピタリと足を止めた。取り敢えず、そいつが姿を見せる前に脇に隠れた2人。
ものの数秒で澱んだ気配が姿を現した。そいつは牛のような骨を被り、金の骨のような飾りが肋骨の形でついた真っ黒なマントを身に纏い、赤いマフラーをきっちりと巻いていた。
以前使い魔の『紫』に聞いた事がある。紫も赤いマフラーを身につけているが、『赤マフラー』は邪悪とされる証しだと。普通魔物は赤を好まない。ましてや息の根の懸かっている首周りに身につけるなど・・・。
息も魔力も潜める2人。それを通り過ぎた魔物を注意深く観察するヘレンだったが、そうつはふと足を止めた。
「・・・逃げ遅れか?」
被っている骨のせいでくぐもった声を発した魔物。それは明らかに2人の事を指していた。