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第12話


 逃げ惑う人々の波とは逆らって走って行くヘレン。途中、中年のおばさんにぶつかった。

 おばさんは尻餅を着くとカッと前を向いて、こんな時でも何か言おうと口を開いたが目の前の人物を見て目を見開いた。そしてわなわなと怒りに燃える目で立ち上がり嘆くように言い放った。


「ヘレンあんた!!あんたの仕業だろう!?昔から人間嫌いと聞いていたわ!とうとうこんな真似してくれたってのかい!!?」


 ヘレンは冷めた目でおばさんを見下ろすように顎を少し上に向けると、「そうやって何でもかんでも人のせいに・・・」と言いかけた。しかし、おばさんの真後ろに魔物が迫っていた。ヘレンは悪態つく間もなくサッと手を空で払うとおばさんは自分に向けられた攻撃かと思いヒィっと身を(すく)めたが、瞬間後ろで魔物の悲鳴が聞こえたため驚いて振り返る。

 魔物は地に伏したが、急に立ち上がると別の方向へ逃げるように飛んで行った。


「あ、あんた・・・」


 おばさんは驚いた表情を見せるが、ヘレンはふぅっと息を吐いて言った。


「立ち止まらずにさっさと逃げろこのノロマ」


 無実の罪を擦り付けられた気持ちをそう言う事で消滅させた。おばさんは戸惑いながらも走って行った。


「・・・ハァ」


 ルディア、私どうしても毒吐いちゃうよ。そう心中で少し反省し、ヘレンはまた走って行った。





 魔術師たちが盾のように立ちはだかっている所を見つけた。ヘレンはそこへ向けて猛ダッシュ。

 魔術師たちの壁を軽々と乗り越え、少しざわつく魔術師達には気に止めず、目の前の人物に向き合った。


「ティラン・・・見つけた」


 仲間だった2人が対峠している光景は魔術師達のざわめきを生んだが、ティランは冷たくふっと笑った。まるで人が変わってしまったかのような残忍な笑みだった・・・。しかし、ティランはそうすることで、張り裂けそうな想いをも笑って自分を守ろうとしたのかもしれない。

 これは自分の意思でやっている、そう思う事で罪悪感を消し去りたいのかもしれない。

 そしてまた、(わざ)とらしく悪そうに笑った。


「よぉヘレン・・・。‘まだ’元気そうだな」


 目を細めて牙を出すかのように笑うティランに、ヘレンは毛が逆立つような感情を抱いた。


「ティラン・・・。自分が何をしたか・・・、何をしてるか分かってんの」


 分かってるよ・・・。だけど、言えるわけねーだろ、そんなこと・・・。


「仲間を殺し、そして人間共を殺している。分かってるぜ?」


 悲しみを隠すように眉間に皺を寄せて笑うティラン。ヘレンはそんなティランを睨んでいる。


「・・・『裏切りの代償を』、・・・って言葉、知ってる?」


 それは以前、ルディアの家で聞いた本の内容だった。ティランは顔を反らせるように持ち上げ、見下ろすように笑って言った。


「・・・あぁ。お前はその猿芝居を演じるつもりか?フッ、楽しいねぇ」


「それは良かった。私は容赦しないよ。『裏切りの代償を、其方(そち)の命にて』」


 召喚した魔物の数はほぼ互角。それぞれが街中で対峠していることだろう。

 ヘレンは後ろにいる魔術師に言った。


「私はある者との誓いにて、人間(あんた)たちの味方をする。そいつに手を出すな。アンタらは国民(にんげん)を守っていれば、それでいい」


 それを聞いて、ティランは内心笑みを溢した。

『それでいい。人間の味方をすれば、政府もお前に容易に手は出せまい・・・』

 魔術師達はヘレンの気に圧倒され、若干オドオドと2人の前から消え去って行った。

 ティランが街にまで手をかけたのは、ヘレンを英雄に仕立て上げる為だ。

 今までのヘレンでは人間を敵対視していたため、政府が捕まえる理由は簡単に作れた。しかし最悪なこの状況から人間どもを助け救ったとなれば、人の目も変わるだろう。ヘレンの見方を変えるだろう。そして人の輪にも入り込む事が出来れば、ヘレンは独りじゃなくなる。簡単に政府に捕まる事は無いだろうが、正当な理由はつけにくくなり、都合の良いように手を回すのも困難になる。民に支持されてこその国家だ。人々の信頼を失う事は即ち滅びを意味する。

 更に頂いた人間の血と命は、ヘレンに『転生』させることも可能だ。ヘレンは‘どちら’の体質を持っていようとも武器になる。

 ティランはただ止まっているだけかと思っていたが、こっそりと儀式の陣を既に作ってあった。あとはタイミングだ。どうしてもヘレンの隙を作る必要があった。

 ヘレンは睨み、殺意を沸かせていた。


「ティラン、アンタは強くなったようだけど・・・。私だって負けてない」


「!!」


 そう言うと、これまでにない程の大きな魔方陣をヘレンの背後の宙に出し、3つの頭を持つ巨大な龍を召喚した。


「マジかよ・・・」


 ティランも初めて見る。こんなものを隠し持っていたなんて思わなかった。興奮と緊張が感情を支配する。


「こいつは融合体。互いの利点を最大限に活かせる最高の使い魔。こいつに死角は無い」


 3つの頭にはそれぞれ左右に3つずつ目があり、耳は尖り角も同じ。ティランは息を飲んだが、自分の力を信じた。そして何より、殺さないように手加減するつもりだったがそんな必要はないようで、殺す気で丁度良い相手だった。

『さすがヘレン』

 と思わずにはいられなかった。


「俺だって、ヘレンに渡り合える位の力は手に入れた」


 そう言って、ティランも一際大きな魔方陣を出し、全身が烏の羽毛で出来たような真っ黒な体の虎を召喚した。体は一回り程小さいが、力は肩を並べる程あった。


「ふん。・・・私の方が・・・上だ!!」


 強く張り詰めた声と共に、ヘレンの龍は攻撃を開始した。虎も漆黒の羽を枚散らせ、空気を振動させて雄叫びを上げた。


 互いの使い魔は全く遅れをとらなかった。どんな攻撃も互いに粉砕し、勝敗は未だ見えず。

 住民は殆ど避難出来た。ヘレンが守れた人間はかなり多かった。しかしヘレンが実際どれほどの人間を救えたかは知りはしない。約束は守れたのかは分らない。

 そしてヘレンが人間に優しくすることに困惑していたように、人間もまたヘレンが助けたことに困惑していた。


 互いの切り札は体力を消耗させて行くばかりで決着がつかない。ヘレンも短時間にかなりの魔力を使いだいぶ消耗していたが、それを見てまた新たに魔物を召喚しようとした。

 片手を上げ、魔方陣を出そうとしたその時だった。



―――ドクン―――



「!」


 急に脳裏に重く響き渡る脈の音・・・。それは一瞬の事で、全身に激痛が走った。


「ッ――――――――――!!!!!!」


 声にならない悲鳴を全身が訴えてきた。肉が裂かれるかのような鋭い痛みに顔が歪む。ヘレンは『さすがに無理をしすぎたか・・・』と頭では冷静に考えていたが、ティランはその瞬間を見逃さなかった。

 ヘレンが(うずくま)るように体を支えて立っている姿を見て、ティランは術式を発動させた。瞬間、ヘレンを取り囲む大きな陣が出現し、輝きを増して行った。


「っ・・・!!」


 何の陣か分らないヘレンだが、敵対している今は攻撃系のものと思ったので、そこから逃げようと足を動かそうとするが全身の細胞が崩れてゆくような激痛に上手く動かすことが出来なかった。

 項垂(うなだ)れていた頭を懸命に少し持ち上げティランを睨む。しかし視界が揺らぎ顔がぼやけてしまう。一体今、ティランはどんな顔をしていることだろう・・・。


「ヴヴ・・・っ・・・!」


 陣の光が増してゆくに比例して徐々に意識が遠のいてゆく・・・。そんな時、ヘレンの周囲から声が聞こえた。そして薄らと開いた瞳には別の魔方陣の光が見えた。


「悪なる魔物ティランよ!!貴様は我々が、カラルス家の名にかけて封印する!」


 十数人のエリート魔術師がティランを取り囲んでいた。力の差を見せつけられた魔術師達はティランを倒す事は不可能と判断した。

 今のティランには人間のどんな魔術師でも優に蹴散らす力はあった。しかしそれをしなかった。今途中で『転生』を止めてしまえば、ナトルやミジェル、そして今までのことが全て無駄になる。ティランは魔術師達に対抗するわけにはいかなかった。


「(・・・ティラン・・・!!)」


 自分はここで死んでしまうのだろうか。ティランの突然の裏切りに、ナトルやミジェルをも亡くし、(かたき)も打てぬまま、約束も果たせぬまま・・・―――。

 仲間の笑顔が脳裏を(かす)めた。自分はこんなにも無力だったのかと絶望した。かつて子供に言った言葉を思い出した。


――――弱い奴は、何も出来ない――――


 今もその考えは変わっていない・・・。実際本当のことだから。今自分がこうして意識を手放しかけているのも力が足りなかったせいだ。自分がティランよりも『弱かった』せいだ。全身を駆け巡る激痛にすら耐えうることが出来ないことも『弱さ』だ。

(私はこんなにも弱かった・・・)

 仲間一人守れない。約束一つ守れない。一体自分はこの数百年もの間、何をしてきたんだ・・・。



 魔術師達に術を受けつつも儀式は進んでいた。魔力を無くしてゆく感覚はあったがティランは術を必死に繋ぎ止めていた。


「(・・・間に合え・・・!!)」


 疲労に直に受け続ける術にと体が重く感じてきた。魔力を一気にここまで使ったのも初めてだった。そしてここまで体に負担がかかるものだと知ったのも初めてだった。封印の術に全く抵抗せずに、ただ目の前の事だけに全身全霊をかけた。

 魔術師から見れば、そこまでしてヘレンを倒したいのか、と映った。人情としてか、人間を守ってくれたヘレンを魔術師達は守ろうとしていた。




 ティランの封印が終わるのとほぼ同時に、ヘレンを囲んでいた魔方陣も消えた。

 そして、辛うじて封印を見届けたヘレンは気を失い、その場に倒れた。互いの使い魔達も徐々に消えていった。

 獣の呻き声も雄叫びも消え去って行き、事件は終幕を迎えた。



「・・・間に合った・・・」



 封じられた暗闇の中で呟く魔物はたった一人。疲れ果てた全身には程なく睡魔が襲って来た。

 やり切れた達成感に、仲間の顔を思い浮かべた。色んな事があったなぁ・・・と思い出を振り返る。

 ミジェルはアホで、ナトルはお人好しで・・・、ヘレンは頑固だったなぁ。

 ルディアとの出会いは劇的にヘレンを変えていった。本当はあんないい奴、ミジェルやナトルにも紹介して、ヘレンを驚かせて、わいわい楽しくやっても良かったな。

 ここにそんな現実が無くても、思い浮かべるだけで楽しそうだ。叶うことはないから、余計に楽しそうなのかな・・・。

 ・・・まァ、何にしても、少し疲れた・・・。これから長い間、眠らないとな・・・――――。


 ・・・―――闇の中、温かな笑顔が眩しかった。




 この事件での犠牲者は述べ一万人。全て魔物を通じてティランに喰われた人達だ。そしてその魂は全てヘレンへ『転生』された。しかしヘレン本人には分かり得ることは無い。

 一万人の命を受けたのなら、きっと十万でも百万でも、これからは助けて行けるだろう。ティランにはそんな想いもあった。

 わざわざ人を襲う必要があったかと聞かれれば、あったと答えるだろう。

 供える魂にはそれに見合った数が必要なのだ。魔物に加え、一人でも人間をヘレンの足しにするにはそれ程の量が必要だった。魔物同士だけで行うならば人間は必要ない。しかしヘレンは‘分らなかった’。

 ティランは最後まで悪役を演じきれただろうか。『間に合え』、と強く願うそれは、掠れた視界のヘレンには見ることは出来なかっただろう。それは皮肉にも幸運だったのだろう。グダグダな役者だったが、運も実力のナンタラと言う事は、100年間の日々は報われたと言って良いだろうか。




 それから月日は流れ、ヘレンとティランは再開した。これを運命と呼ぶならば、なんて意地の悪いことだろう。

 これほどまでに封印生活が退屈だとは思っていなかった。人が近づいて来ても直ぐ‘壊れる’し、魔物なんて来るはずもなく・・・。

 ティランは約300年ぶりに聞いたヘレンの声に、何を思ったのか・・・。



































 行く森の闇は増していた。運命はどこまでもお茶目で、全く困ってしまう・・・。

 湖でアンナモノを見せて、一体どうしろと言うのだ。


「・・・・・・・」


「・・・・・・・」


 最後の会話から、一向に沈黙が続いていた。もしかしたらヘレンは寧ろそれで良いと思っているのかも知れないが・・・。

 昔と変わったことは、ヘレンの性格と、ティランの魔力に、髪が伸びた位だ。

 しかし、長らく冷たく暗い地下牢に閉じ込められていたティランは中身も冷めてしまった。反面、陽の当たる暖かい地上で過ごしていたヘレンは中身も極力温かく変わったようだ。


 陽も届かないここら辺は、少し肌寒く空気も湿気の多くジメジメとしたものだった。居心地が良いとは言えないが、ティランには慣れたような環境だった。

 奥に進めば進むほど、弱い虫のような魔物は見えなくなってきた。代わりに獣のような生臭さが強くなってきた。


「はーいストップ!」


 いきなりティランの声でそんなふざけた音が聞こえた。「ハァ?」と思って振り返るヘレンだが、ティランはいつもよりも少し目を大きく開いて首を横に振った。「こんな空気でそんなこと言うわけねーだろ」という無言の訴えも感じられた。


「ここから先は、僕のお家だから~」


 今度はヘレンの声で聞こえた。ヘレンは不愉快そうに眉を寄せて声の方を見た。


「勝手に入らないでね♪」


 またティランの声だ。しかしもう2人でない事は明白だった。ヘレンが何か言おうと口を開きかけたが、ティランはそれより速く声を出した。


「誰だよKYだな」


 ヘレンは内心少し可笑しげに笑った。前方から人影が見えてきた。


「あははー良く言われるー。だって僕の名前がコーレイン・ヤンクだから~」


 ウザイな、と感想を述べたヘレン。


「それじゃぁアンタ何?この先に道が無いとでも?」


 上着のポケットに手を入れ、顎を少し上げて見下すように言ったヘレン。コーレインはキャッキャと笑った。


「道はあるけどー、この先の森は僕の縄張りだから、僕のお家ってこーと♪」


 ようやく見えたその姿は、あどけなさ残る顔立ちの少年のようだった。しかし確かな魔力が感じられる。


「・・・その体は人間から奪ったものかな?」


 ヘレンが眉を寄せて険しく問うた。するとコーレインは無邪気そうに笑って言った。


「そうだよー。可愛いでしょ?この子将来美青年になっただろうね~。僕はやっぱり見た目がキレイな方が好きだからぁ~」


「中身は下衆だな」


「えー?」


 言った瞬間魔力の砲弾のような物で攻撃を仕掛けたヘレン。ヘレンはいつも相手の返事も聞かずに攻撃してしまう癖があるようだ。

 「うぉっ!?」と反射的にしゃがんで交わしたコーレイン。


「危ないなぁ~。お姉さんさぁ、子供好きじゃないのー?女の人ってだいたい子供好きじゃーん」


 頬を膨らまして可愛く主張するコーレインに、ヘレンは嘲笑した。


「昔から、大嫌い♪」


 それを聞くと、コーレインは好戦的な笑みに変わった。「イヒヒっ♪」と笑うと、楽しそうにヘレンを見た。


「そっかそっか~!小細工の利かない人って、ムカツクなー」


 言葉とは裏腹に楽し気だ。ヘレンも笑って少年の造形を見据えた。


「ティラン、コイツ結構強いみたいよ。アンタどうすんの?」


 するとティランは忌々しげに軽く首輪を触ると、フッと笑った。


「ちょっと、やってみようかな」


 自分の手を握ったり開いたりする動作を何回か繰り返すと、コーレインを見た。コーレインはそんなティランを見ると、ポリポリと頬をかいた。


「え~君ー?魔力殆ど感じないけど大丈夫ー?僕こう見えて結構容赦ないよー?」


 可愛らしく首を傾げて言うコーレイン。「それにぃー」とニコリと付け足した。


「やっぱり『お姉さん』の方が好きだなぁ~♪」


 それを聞くと、ティランはふんと笑った。


「ませ餓鬼が・・・」


 コーレインはニコッと笑った。


「ボクはこれでも成人年齢クリアーだよー」


 魔物の成人年齢は500歳位だ。


「とんだ年上好きだな」


「いやー?そう言う訳じゃ無くてだね?僕はキレイな人が好きなだけー♪」


「とんだ面食いか・・・」


 そう言うと、コーレインはまたニコッと笑顔を見せた。

 先ほどの野生モノですら倒せなかったティランだが、湖を見た後では気持ち的に全然変わっていた。

 何となく、感覚的に‘出来そう’な気がしていた。



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