そういえば、この世界に来てからまだ一日目
あの後、歩きながら冒険者ギルドの話しを聞けば、だいたい千裕が予想していたような場所だった。
ギルドへ登録すれば、与えられたランクに応じての仕事をを貰い、達成した暁には報酬を貰う。要約すればそんなところ。
基本的な仕事は街の住人からの困りごとなどだが、昨今では、国からの依頼や大陸を渡るような大仕事も扱うのだと言う(ただし、当然ランクが高くないと受けられないが)。
これらの運営は『ギルド協会』という、国とは別の、全てにおいて中立を掲げる組織が行っているため、下手にたて突けば国ですら庇いきれない事態になることもあるらしい。
なぜそのような場所を案内するのかと聞くと、リノアが、
「私の世話になるばかりなのは嫌でしょ?」
とアルに問いかければ、即答で「あぁ」との言葉が出た。
そして、千裕には、
「チヒロさんはこの街で暮らしたいんですよね?」
と問われ、アルとあの山の中で暮らすのと人の住む街で暮らすことどちらがいいかと考えると、やはり後者を取ってしまうため、素直に「あぁ」と答える。
するとリノアは、
「チヒロさんがこの街で暮らすのならば、アルベリアさんもこの街に滞在するのでしょ?」
「当然、大切な花嫁を一人に出来るわけが無いだろう」
千裕はいつまで花嫁ネタを引っ張るんだろうかと思ったが、一生引っ張られる気がするなーとも思っていた。
あと、俺のことが心配なんじゃなくて自分が寂しいから一緒にいることに拘るんじゃないか? と、うすうす思い始めたが、それをアルに直接聞く勇気は千裕には無かった。
「ですから、住む場所は提供しますが、生活費はお二人で稼いでください」
働かざる者食うべからずという、至極もっともな意見を出された。そしてその働き場として冒険者ギルドを提案すると言う。
そこにあるリノアの思惑としては、近年冒険者が街の外へ出払うことが多くなってしまったため、街の中で求められる雑用系の消化率が低くなったことへの解決策も含まれていると、正直に千裕達に教えた。
たしかに竜の手にかかれば、人間の困りごとなど大概は簡単に解決できる。そんな簡単なことで千裕達は金を手にでき、住人の不満は解消でき、街が安泰できればリノアも助かる。
一石三鳥でしょ? とにこやかに言うリノアに、見た目とは裏腹にちゃっかりしているんだなと千裕は思った。
「さて、ここがこの街にあるギルドです」
商店通りの裏道にある、怪しい店が建ち並ぶ通りの一角あった。
その建物の中からは、外に聞こえるほどに騒がしい声が聞こえる。ここでも、今日みた竜の話しでもちきりのようだ。
リノアを先頭に、軋む扉を開けながら中へと入る。
見慣れない二人を引き連れた領主に驚きの視線を向ける者、まったく気にせず話しを続ける者、千裕とアルを見て馬鹿にしたような表情を見せる者、さまざまな反応があった。
「あれ、巫女様!? いったいどうしたんですか、こんなゴロツキの巣窟に足を伸ばすなんて」
カウンターに座っていた青年があまりの珍客に、驚きながらもその真意を探ろうあちこちと視線を動かすのが見て取れた。
「すみません、ギルドマスターにお取次ぎ願えますか?」
一切の説明もなく、笑顔で押し切るリノア。
「はぁ、いいですけど……」
と、青年の視線は千裕とアルを見る。
「説明は後でギルドマスターからお聞きください。今は――」
「はいはい、わかりました。巫女様がやって来た時は大体ろくな事がないとマスターもぼやいてましたからね。深入りはしません」
そう言って、めんどくさそうな表情を見せる青年は奥の部屋へ消えたが、残されたリノアは「ろくな事がないとは心外ですね」とちょっと膨れ面。
「お前も依頼をだすのか?」
「えぇ、西大陸の情報は、ギルドが一番早いですから」
「西大陸か……俺の目もそっちにあったらどうしよう」
「大丈夫ですよ」
不安そうにつぶやく千裕に、リノアは言う。
どんな根拠があってそのようなことを言うのかと思ったら。
「この世全ては必然です。貴方がその目を手に入れたことも、そして自身の目を手に入れることも」
言われたことの意味がわからず首をひねると、その言葉をフォローするようにアルが言う。
「つまりは、どうなるかなどすでに決められているということだ。ならばじたばたするのは馬鹿のすること」
「おいおい、そんなことは……」
「そんなこと? あまり馬鹿にするものでもないぞ。ワシの花嫁に選ばれたことも“運命”なのだから」
(いや、まだ決まっていない……でも、このまま一生見つからなかったら、その可能性もありそうだ)
なんだかんだと言って、千裕は目の前の竜のことを嫌っているわけではない。だったら一生一人で当ての無い目を探すよりは――と考えてしまう。
「しかし、この世には“運命”を司る力がある。故に、その力を扱う者がお主に味方をすれば、お主はなんの苦労もせずに自身の目を見つけられるだろう」
「“運命”を扱うって……」
「信じられんか? まぁ全て、努力と才能の範囲でしか考えられん人間の思考では余る話しだからな」
「…………」
「とにかく、今は何も心配するな。この世全ては“有る”か“無い”かの二択だ、だったらお前が信じる限りお前の目は近くに“有る”」
そう締めくくると、なんでワシがフォローせにゃならんのだ、とふて腐れながらそっぽを向く。
「アル……」
お前は何か知っているのか? そう聞こうとした千裕だったが、
「ふぉっふぉっふぉ、獣人のお嬢さん。そなたは魔法に関して造詣が深そうじゃのぉ」
いつのまにかカウンターに現れた老人に驚き、言葉を飲み込む。
「……まあな」
獣人という言葉に顔をしかめながらも、アルは簡潔に頷いた。
「お忙しいところ申し訳ありませんギルドマスター。少々貴方にお願いがありまして、ここへ足を運ばせてもらいました」
「ほほっ、リノア様じきじきにですか。それは後ろにいらっしゃる獣人のお二方のことですか?」
「そうです。彼らを登録したいのです」
「それは、試験抜きで、ということですか?」
「はい」
リノアの言葉に、ギルド内がざわっと反応する。その瞬間から、ギルドの冒険者達の視線が一斉に千裕とアルに集まる。その視線の種類はさまざまだが、その大半は嫉妬や妬み。そして、言葉の端々に獣人という単語が混ぜられている。
千裕は事情が飲み込めず戸惑い、アルは不思議に思った。
アルが知るころのギルドは、氏名を記入するだけで登録可能であったのだが、現在のギルドはそこそこに厳しい試験を行わなくてはならなくなっていた。
これは、西大陸で一攫千金をもくろみ、こちらの大陸と同じノリでむかった冒険者の多くが、まったく違った環境と敵の存在に命を落とす結果となったからだ。
「なんか、思いっきり反感を買ってるんだが……」
思わぬ事態に、千裕は隣にいるアルに耳打ちをした。
「気にするな、結局冒険者の質は昔と変わっていないと言うだけだ」
千裕としては、その昔をしらないからどうすればいいのか対応がよく分からない。ついでに、アルが不機嫌なのもなんか気になる。
「ワシらのことを獣人だと抜かしているのだ。不機嫌にならない理由が無い」
「その獣人って、俺のことも含まれているんだよな? なんだそれ?」
言葉のニュアンスからなんとなく想像は出来るが、この世界での立ち位置的なところで言うとどうなのかが気になる。
「人に作られた人だ。お主のところでは『遺伝子改造』と言うのか? ワシらの目を見てそう思ったのだろう」
千裕とアルが二人でぼそぼそと言葉を交わしている間にも、リノアとギルドマスターのやり取りは進み、二枚の用紙にリノアが書き込んでいる。
そしてその書き込みが終わると、ギルドマスターは二枚の紙に目を通す。
「チヒロ=アマミヤと、アルベリアか。よかろう、これから二人をギルドの一員として迎え入れよう」
老人がそう宣言した瞬間、今度は本当に多くの冒険者達から直接二人に向かって声が上がった。当然千裕とアルに対する反対意見だ。
だが、ギルドマスターが認めた以上何が出来るわけでもなく、ただ文句だけが出るだけだった。
「いいのかリノア。公平を重んじるお前が、このような状況にしてしまって」
どこか楽しそうに言うアル。
「かまいません。むしろ試験の際に貴方達の正体が発覚するほうが問題です」
ギルドでどのような試験を行うか千裕はしらないが、実際の試験内容はサバイバルテストと魔力検査の二種類。
サバイバルテストは、竜という規格外の存在のためまったく問題ないのだが、問題は魔力検査。
魔術師としての適正があるかの検査なのだが、これは検査器で計る。そして、当然その検査器は人間用に調整されている物のため、アルが計れば一発で人外の判定が下る。千裕ですら伝説上の人物クラスの魔力を保持している。
そうなれば、千裕にとってもアルにとってもリノアにとっても望まない結果になることは目に見えている。
「おい、巫女様! 俺たちは厳しい試験を超えてここに居るんだ! そんな役にたたなそうな子供を登録させるとは、どういうつもりなんだ!」
ついに不満が爆発した一人の男が立ち上がり、リノアに向かって食って掛かる。
「それについては問題ありません。私が彼らはこのギルドに在籍するに当たる実力者だと判断しましたので」
「はぁ? そいつら獣人だろ!? そんなのを野放しにしていいのかよ!」
リノアのお墨付きが効いたのか、男は論点を摩り替えてきたが、そのすり替えはアルにとってダウトだった。
明らかに引きつっているその顔は、「見せられないよ!」と書かれた看板で隠したいところだ、などと馬鹿な考えが浮かぶほど。
「ですからそれも――」
「よい、リノア。下がれ」
リノアと男の間に割ってはいるアル。
「キサマ、ギルドの掟を知っているか?」
「はぁ? 何言ってやがる!?」
「確か絶対的なものが幾つかあったな。その中でも、ワシが今でも覚えているのが一つある。たしか弱者は強者に服従――だったか?」
そんなの絶対ないだろ。と言いたい千裕だが、
「だからテメーが従えよ! 女子供だからと思ってチョーシ乗るなよ!」
「えぇ、本当にあるの!?」
思わず驚く千裕に、リノアが「あれは曲解したものです」と耳打ちしてくれた。
「調子に乗っているのはキサマだ。弱者」
その挑発に男の怒りが頂点に達し、胸倉をつかもうとした瞬間、アルの目が笑う。
――どん、と男が尻餅をつく音だけがギルド内に響く。そう、一瞬の間に誰もが言葉を失っていたのだ。
だが、その言葉を失った理由を理解できた存在は数少ない。
(なんつープレッシャーだ……今の、アルのだよな?)
放たれた力の正体に、嫌な汗を流しながら千裕は思う。
しかし、千裕は今どれだけ自分が特別な位置にいるか気がついていなかった。
目の前の男、今は尻餅をついて間抜けな姿を晒しているが、冒険者を名乗るだけの実力はもっている。それこそ外で魔獣と闘えるほどの実力を。
だが、アルのプレッシャーをさほど変わらない位置で浴びながら、その男は尻餅をつき、千裕は立っていられる。そもそも、今のプレッシャーを放った存在の正体に気がつけたのは、この場では千裕とリノアとギルドマスターぐらい。
この決定的な差異に、冒険者達は千裕とアルの存在を同時に認める結果となった。
「さて、ここでの用事は無くなっただろ。帰るぞ」
興味を失ったとばかりにアルはギルドの扉に手をかけ帰ろうとする。その後ろからリノアが小声で「やりすぎです」と言葉をかける。だが、「気絶させなかっただけありがたいと思え」と返しす。
しばし呆然としていた千裕はあわてて二人を追いかける。
「また来ますね」
と、最後にギルドマスターに愛想笑い見せて扉を閉めた。
外に出た千裕の耳に、「また来なさい」とギルドマスターの優しい声を聞いて、胸のどこかで、ここにはもう来れないんじゃないだろうか、と考えていたもやもやが晴れた気がした。
「さて、これで今日の用事はなくなっただろ。さっさと帰ってごろごろしたいぞ」
「アルベリアさん、あなた……」
と、リノアが何かを言いかけたところで、三人は思わず立ち止まった。
身長が二メートル以上にもなる大男が、立ちはだかるように立っていたのだ。
「……なんだお前」
アルの言葉に、男がじろりとなめる様に千裕とアルを見て――
「お前か? 先ほどの闘気は」
アルに問いかけた。
その言葉に、一瞬沈黙が降りたが、すぐさまアルは千裕を見た。
「ワシではなく、こやつだよ。ワシがゴロツキに絡まれそうになった時助けてくれたのだ」
堂々とその幼い容姿に見合った声色で言ってのけるアルに、リノアは顔を明後日の方へ逸らす。多分笑っているのだろう。
「そうか」
納得したのか、していないのか。感情の起伏が少ない言葉で男は三人の脇を通りギルドへ入っていった。
「……なんだあやつ。人間のクセに、そこそこの力を持っているが」
「えぇ、彼はギルドの上位クラスに属する人ですから」
「ほぉ、どうりで竜の血の匂いを付けているわけだ」
「いぃ!? さっきの人、そんなにすごいのか!?」
驚く千裕にからからと笑うアル。
「安心しろ。竜といっても亜竜だよ。本物が人に倒せるものか。せいぜいあやつの実力はお主と同等程度か少し下だろう」
「うっそ、俺にあの人と同じ力があるのか?」
「ある。その辺の自覚も早くもってもらわなくてはならんな」
「そうですね。ですが、今日のところは日も落ちてきましたので、神殿へ帰りましょう」
リノアに言われて気がついた。空はいつの間にか茜色に染まり始めていた。
俺がこの世界に来る前も確か夕方だったっけと、いまさらながら思い出していた。
神殿につくころには、すっかり夜となり果てていた。当然電気などという物は存在せず、神殿内は真っ暗な闇に包まれている。
一寸先の見えない暗闇の中を、へっぴり腰で歩く千裕。アルとリノアは当然のように、明かりを必要とせず歩いている。
なぜ歩けるか理由を聞けば、リノアは神殿内のことを記憶していると言うし、アルにいたっては魔術で位置や場所が分かるらしい。
「お主も本来なら、この程度できるはずなんだがな」
といわれても、理解できないモノを直ぐに出来るはずもなく、結局空き部屋へはアルとリノアに手を引っ張られ連れて行かれた。
部屋に入り、リノアが備え付けのランタンに火を入れる。
その部屋は、やはり一面真っ白の壁で、ただベッドが一つ備え付けられただけの場所。
「ここをお好きにお使いください」
とリノアは言う。
「ではワシも――」
「アルは昔使っていた部屋です」
「なっ、せっかくの新婚初夜だぞ! 花嫁と寝ないで何をする!」
「はいはい、子供の作り方も知らない子がわがままいわないでください」
「ちょっ、勝手に子供扱いするな。それに子供の作り方ぐらいしっている。ワシが卵を産めばいいのだけだろう――!」
首根っこを引っ張られてフェードアウトしていく二人を千裕は呆然と眺めていたが、しばらくして千裕は考えるのはやめた。
今はこの世界に来て知った知識を整理するのが優先だ。
ベッドに横になりながら瞼を閉じる。
思った以上に疲れていたのか、柔らかでいい香りのするベッドの心地よさにまどろみながら、今日の出来事を振り返る。
金の球体を拾ったことから始まり、異世界への召喚、竜の花嫁、巫女の領主と時の魔女、冒険者ギルドにまだまだ知らない異世界の常識――
この一日で、いろいろなイベントが起きたな苦笑するのと同時に、ずいぶんと遠いところへ来たものだ――などと、眠くなってきた意識の中で思う。
そして明日から、この世界でどのように暮らせばいいのか、少しだけ期待する自分がいることに笑ってしまう。
いつしか思考が夢へと落ちようとした時、千裕は枕元で聞こえるアルの声を耳にする。
それはどこか虚ろな懇願。今日一日、アルと共にいて一番似つかわしくない声色だった。
「チヒロ。お主がこの世にとどまるのなら、ワシはこのいけ好かない神殿で暮らすのも、窮屈な人の身で過ごすことも厭わない。だが、どうかワシが――」
そしてアルが最後に願った言葉はなんだったか?
確かにとどいたその言葉は、千裕の意識とともに夢の中へ沈んでいった。
――こうして天宮千裕の異世界での一日が幕を閉じていく。