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今いる場所と帰りたい場所


 千裕は半ば予想が当たった事と、これから起こりうる事態に頭が真っ白になった。

「あら、放心してしまいました」

「本当に何も知らされずに来てしまったようだな」

「そのようだ。本人も事故と言っていたし」

 片や、この世界の生まれである三人は、千裕の姿を見てどうしましょうと顔をあわせる。

「そう言えば、女性の方では無いのですね」

「あぁ、私も驚いた。だが、お嬢が問題ないと言っているからいいのかなって」

「マグナ。貴方はどうしてそういい加減なのですか。あの、すみません。少々お尋ねしてもよろしいですか――?」

 その後、リノアはどのような状況でココへ来たのかたずねたら、千裕はいかに自分が偶然でやって来て、今の状況が不本意なのか、身振り手振りでオーバーに語った。

 語ったが、その後でちょっと後悔した。なぜなら竜が千裕を見る目がどこか冷たくなっているのに気がついてしまったからだ。

 いくら竜とは言え、自分のことをあれだけ気に入ってくれた相手に、問答無用で冷水をぶっかけるようなマネをしてしまったことに罪悪感を感じる。

「――そうなのですか……どうしましょう。このままでは可愛そうです」

「おーおー、リノアはお優しい。なら、ここは私に任せろ」

「何か妙案があるのですか?」

「おい、ワシの花嫁に何をする」

 あんなことを言った後なのに、まだ自分を庇ってくれるのか――と胸が痛くなる。

「いやいや、何をするってワケじゃなくてだな。ここはあの異邦人にならって――」

 マグナはポンと千裕の肩に手を置くと、ウインクをしながらサムズアップ。

「落ち込むな少年。このような出来事、お前の世界で言うのなら“お約束”というヤツだろ」

 だから問題ないよな! とあっけらかんと言われ、千裕はついにブチ切れた。

「うがー! 何が“お約束”だ! ならどうしてこうなったか説明してみろ!」

 やけくそ気味にわめく千裕だが、他の皆に生暖かい目で見つめられてしまった。

「安心してください、私達はそのために来ました。まずは落ち着くために、お互い自己紹介をしましょう」

 優しくリノアが語りかけて、千裕を落ち着かせる。その少女の目を見ていると、なぜか逆らえなくなり、千尋はおとなしくすることにした。

「私はリノア=エ――いえ、ただのリノアです。ですから、リノアと呼んでください」

「私はマグナリス=エリナク。私はマグナでいいぞ」

 マグナは自分が名乗った後に、お嬢も名乗っておけと視線を竜に送る。

「ん? ワシか。ワシは“覇王竜”アルベリアだ。アルと呼んでくれ」

 そして最後は千裕に視線が集まる。その視線に気おされて素直に名乗った。

「俺は、天宮千裕だ……」

「アマミヤチヒロさん――チヒロがお名前でよろしいですね?」

 ファーストネームが名前であるであろうこの地で、後者が名前だとすぐに思い立ったリノアの言葉に驚いた。

「なに、それほど驚くことでもないさ。なぜならチヒロお前が来る以前に来た異邦人が、チヒロと同じ世界の住人なのだからな」

「なっ」

 想像外のことを言われ驚いた。この世界に来たのが自分以外にもいると言うのだ。

「ノガミサクラと言う名の御仁で、チヒロさんの世界の知識も多々お教えしてもらいました」

 ノガミサクラ。明らかに日本人特有の名前。同じ境遇の仲間がいることに嬉しくなった――

「そして同時に、お嬢の花嫁を見つけてくると言って帰っていったのもヤツなんだけどな」

 が、手ひどく裏切られた気分になった。

 そんなコロコロと表情を変えるに千裕の顔を見て、やりと笑うマグナ。アルもまたうんうんとうなずく。

 何が言いたいと視線で睨んでおくが、効果は無い。

「――ですが、戸惑うことは無いのです。チヒロさんが望む答えは私達が持っていますので、どうか落ち着いて話しを聞いてください」

「! それは、もとの世界に帰る術も――!?」

「それは、少し込み入った話しになります」

 どこか苦々しく笑うリノア。その視線の先にはアルの姿。

「ふん、別に全てを話せばいいだろ」

「ありがとうございます。では、少々場所を変えましょう。いつまでも外で立ち話と言うのも――」

 私が辛いです。と、後半は小声で訴える。

「くくっ、この場を辛いと感じるか。ならばワシの実力もついにリノアを超えたというわけだな」

「悔しいですがそのようですね。転送も貴方の縄張りであるこの山の中まで出来ませんでしたし」

 だが、リノアの表情は悔しいというより、どこか我が子の成長を喜ぶような母親みたいな表情だった。

「チヒロを連れて行くのならワシもついて行くぞ」

「おいおい、お嬢が街に入れば、それだけで街は滅びるっつーの」

「ふん。そんなことわかっている」

 そう言うと、アルはひと吼え。するとその竜の姿がまばゆい光を放ち、一瞬のうちに一人の人の姿になっていた。

 腰まで無造作に伸ばす白銀の髪はとても美しく、千裕の右目と同じ黄金の竜眼を両目に持っていた。その瞳が見せる表情はとても蠱惑的で、顔だけ見れば世の男どころか女でさえも魅了しかねない美しい顔立ちだが――残念ながら体つきがリノアと同じ幼女体型。

「つーか、服着ろよ」

 でも、いくら幼女体型でも、女性の裸体をガン見するのはいささか気が引けるため、千裕は明後日のほうに視線をそらした。

「先ほどから何も着ていなかっただろう。何を今さら動揺する」

 確かに銀の鱗を纏っていたとは言え、ソレも含めて生身と言うなら、確かに何も着ていないことになるが。ソレとコレはまったく違うと言いたい。

「アルベリアさん、人の殿方にはいろいろと思うところがあるのですよ。それより私たちを神殿まで転送していただけませんか? 私の力はこの山では使えませんから」

 リノアの言葉にふふん、と鼻を膨らませる。リノアに優っていることがとても嬉しそうだった。

「場所は覚えていますか?」

「問題ない。飛ぶぞ」

 パチンとアルが指を鳴らした瞬間、千裕はまるでこの世界に来た時に感じた浮遊感を感じた。だが、それは一瞬のことで、直ぐに地面に足がつく感触。

「うお……――!」

 千裕が見たその場所は、とても広い真っ白な空間。まるで教会の聖堂を思わせるような場所であるが、あまりにも広く、そして物が何も無い。

 それに、つい最近に出来上がったと感じさせるほどに真新しく、つまりはそれほどまで完璧に掃除がいきとどいていた状態だった。

「ふん、相変わらず狭いな。これで竜の巣と呼ぶのだから人間の器もたかが知れている」

 驚く千裕とは対照的に、ガッカリとした声を出すアル。

「人間からすれば十分過ぎる大きさなんだよ」

「だが、この程度ならワシの掘った巣穴の方がよほど巨大で快適だ」

 だから住むのならワシとの方がいいぞとアピールするアルには悪いが、人間的感性を持つ千裕としてはこっちの方に魅力を感じてしまう。

「さて、アルベリアさんはあちらで着替えを。マグナ、手伝ってあげてください」

「りょーかい」

「そしてチヒロさんはこちらで私とお話しを」

「わかった――」

「おい! ワシの花嫁を勝手にたぶらかすんじゃないぞ――!」

「いいから、お嬢はこっちだ」

 引きずられるように部屋へ入るアルとマグナ。そして千裕とリノアも別の部屋へ入る。

 そこは、先ほどの場所とはうって変わって、どこか生活感がありとても落ち着ける場所。どうやら談話室のようだ。

 リノアの勧めでソファに腰掛、対面にリノアが座る。

「さて、チヒロさん。貴方の身に起きた出来事を語る上で、まずこの国の成り立ちを話しておかなくてはなりません。ですから、どうか少々長くなる昔話しですが、ご拝聴をお願いします」

 リノアの言葉に首を縦にふると、紡がれる本当に少々長い昔話しに没頭することにした。

 その昔話をかいつまんで話せばこうだ。



 エルミュシア王国の成り立ち――約千年ほど昔のから始まる出来事。

 とある一団を率いる一人の人物と、その人物が目を付けた土地に住む一匹の竜。そして、いつの間にか加わっていた一人の異邦人の開拓史。

 一団を率いる人物は、国を創るため竜に助力を頼み、竜はその人物に恋をし、異邦人はその光景を楽しんだ。

 竜に見初められた人物はやがてこの国の初代王となり、竜はこの国全土を守る守護竜と化す。異邦人は――さて、何をする?



「王に知識を与え、竜に力を与えた――だな」

 着替え終ったってやって来たアルが補足を入る。なぜか当然のように千裕の隣で座りながら。



 王は異界の知識で他国と渡り合える力を持ち、竜には“覇王”として誰も寄せ付けることの無い無類の力を得たと言う。



「なぁ、その異邦人っていうのはノガミサクラって人だろ? 一体何者なんだ?」

 ただの日本人がそんな知識はともかく、竜に与えれる力を持っているはずが無い。それとももしかしたら、この世界に来て力を付けた――?

「ふふん、あやつがヒトだと? たしかに元々はそうだったのだろうが、実際はそんなかわいらしいものではないぞ」

 なぁ、とアルはリノアに視線を向ける。

「えぇ、そうですね。チヒロさんが聞けば笑ってしまうような存在です」

 今だって笑える状況なのに、これ以上に笑うのか?

「だってあの方は、マホウツカイなのですから」

 リノアが口にした言葉に一瞬、千裕の時間が止まった気がした。

「えーっと、それって、こっちの世界でそうなった、とかいう話し?」

「まさか。こちらの世界に来た時からあやつはマホウツカイだったよ」

「ソレってつまり、俺のいた世界でマホウツカイをやっていた、ってこと?」

「さて、あやつは“界渡り”ができたからな。時代や世界など関係なく存在できるやつだ。どこで“生った”かなど皆目検討もつかん」

 アルが分からないというのだから、これ以上深くつっこんだところでどうしようもないと判断し、千裕は話しを元に戻すことにした。

「で、結局その歴史がどう関係しているんだ?」

「いえ、この後にもう少し続くお話しが関係あるのです」

 そしてリノアは再び歴史を語る。



 初代王の命により、竜が人々の下へ帰ってこれるよう、この竜都『ヴァラノワシル』と降竜殿を建設。

 王と竜との間に子が生まれる。

 長き平穏の時。

 時代は流れ、初代王は死に、竜が愛した人物が消えたのと同時に竜も姿を消す。

 そして勃発する他国との戦争。

 現れる“覇王”の称号を持つ新たな竜。戦争は終結する。

 ――だが、その“覇王竜”は他国の“勇者”によって討ち取られた。それは約四百年ほど昔のこと。



「そして、その討ち取られた先代の“覇王竜”はワシの親であり、お主が持つ右目の持ち主――らしい」

「らしい?」

 なぜか自信なさげに言うアル。

 それをリノアは補足してくれた。

「えぇ、先代の“覇王竜”の死は、ノガミサクラさんから聞き及んだことで、そしてアルベリアさんはまだ――」



 異邦人はまだ生まれる前の竜の卵と、“覇王竜”が死した証として右目を持ち帰る。そのことを知るのはリノアとマグナの二人だけ。エルミュシア現王ですら知らないこと。なぜなら、そのことが知れ渡れば再び戦争になるのだから。

 卵はリノア達に預けられ秘密裏に育てられる。

 その卵からアルベリアが生まれるのを見届けた後、異邦人は一つの約束をして自分の世界へと帰っていった。

 ――それは、異邦人の伝承に記される竜の花嫁の話し。人々から恐れられ、生贄を求める竜と、捧げられる何よりも美しい人の娘の物語。

 いつの日か、アルベリアがその伝承のように、人々から花嫁を捧げられるような強き竜となるように願い――



「で、結果俺が捧げられた――?」

「有体に言えば。ですが、この国の根幹を成すことのため、無碍にもできず」

 リノアの一言に、千裕は顔を覆い天を仰ぐ。

「ワシはあやつの約束通り力を付けた。そしてコレから――というところでお主が現れた。ワシの直感も間違いないと言っている。さぁ、コレからワシと共に暮らそう」

「いやいやいやいや」

 いくら今の外見が人の姿だからと言って、その正体は山のごとき竜であるため拒絶感がどうしても出てしまう。やはり人の身である千裕としては、人の女性を求めるのは自然なところ。

「えーっと、ほら、肝心なこと聞いてない。俺、元の世界に帰れるんだよね?」

「まぁ、確かに方法はあります――ですが一つ聞きたいのですが、チヒロさんは本当に帰りたいのですか?」

「え?」

 リノアの言葉の真意がつかめず千裕は困惑した。千裕自身は、アルには悪いが、わけも分からずこんな場所に放り出されあげく嫁になれと言われても不可能だ。

「いえ、チヒロさんがこの世界から去りたい理由としまして、ただ単純に望郷と不安からではないかと思いまして」

「いや、そうだけど……」

「では、もしこの世界がチヒロさんにとって何も不安なく、そして親しい地となった時、それでも自身の世界に帰りたいと思われますか?」

 その質問に千裕は言葉を詰まらせた。

 たしかに、今ここで帰りたいと願う理由は、今までなんの疑問も持たずに暮らせてこれた、安心できる自分の世界だと認識しているから。そして親しい家族や友人が居るから。

 だが、この世界でも安心して暮らすことができて、もし、仮にも、目の前の少女や隣の竜が千裕にとって親しい存在となった時、果たして、それでも帰ることを望むだろうか。

 答えを出せないでいる千裕を見を、リノアは優しく微笑む。

「今は答えを出せなくてもかまいません。ですがいつかは出さなくてはいけないときが来るかもしれないのですから」

「それは――どんな、時に?」



「チヒロさんが竜眼を見つけた時と同じように、貴方自身の右目・・・・・・・を見つけたときです」



 その時は文字通り、目のが覚めるように・・・・・・・・・貴方は元の世界へ戻っているでしょう――そうリノアは締めくくった。



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