マッチ売りの少女 ~今どきマッチ?ライターの時代に売れるわけないでしょう!~
マッチ売りの少女のパロディになります。
雪が降っていた。
街はクリスマスを迎える準備で賑わい、店先には色とりどりの飾りが並んでいる。
そんな街角に、一人の少女が立っていた。
薄い服を着て、頭には古びたスカーフ。手には小さな籠を持ち、その中には大量のマッチが入っている。
少女の名前は、エルザ。
彼女は今、父親から命じられた仕事をしていた。
「マッチはいりませんかー!マッチはいりませんかー!」
声を張り上げること数時間、誰も立ち止まらなかった。
正確に言えば、三人ほど立ち止まった。
一人目は、マッチを見てからポケットのライターを取り出し、無言で立ち去った。
二人目は、マッチを見て首を傾げた。
「これ、何に使うの?」
「火をつけるためです」
「ライターでよくない?」
「おっしゃるとおりです…」
そして去っていった。
三人目は、マッチ箱を手に取って裏表を確認したあと、スマートフォンで何かを検索し始めた。
「ええと……マッチ、十箱でこの値段?通販ならもっと安いな」
そして去っていった。
エルザは籠を見下ろした。
「……売れるわけないでしょうが」
思わず本音が漏れた。
そもそも、おかしいのだ。
ライターがあるのにマッチが売れるわけがない。
暖炉には火打ち石を使う者もいるが、少なくともマッチが生活必需品という時代ではない。
なのに、なぜ父はマッチを売れと言うのか。
「お父さん、商売のセンスが壊滅的なのでは?」
エルザは冷静に分析した。
商品には需要が必要だ。
需要がなければ売れない。
売れない商品を、寒空の下で声を張り上げて売る。
それは商売ではない。
ただの苦行である。
「そもそも、マッチって湿気にも弱いじゃない。雪の日に売る商品じゃないでしょ。せめて晴れた日に売らせてよ」
籠の中のマッチ箱を一つ取り出す。
紙製の箱。箱の中には細い木の棒。棒の先には、火をつけるための薬剤が塗られている。
エルザはじっと眺めた。
「製造原価はいくら?人件費は?輸送費は?これ、利益出てるの?」
もはや少女の独り言というより、経営コンサルタントの現地調査だった。
「お嬢ちゃん」
背後から声がした。
振り向くと、立派な毛皮のコートを着た商人が立っていた。
「そのマッチ、いくらだい?」
エルザの目が輝いた。
「一箱、銅貨五枚です!」
「ほう。では、全部買おう」
「……はい?」
「全部だ。籠ごと買い取ろう」
エルザは商人を見つめた。
疑うべきか、喜ぶべきか、それとも、まず契約書を作るべきか。
「失礼ですが、お客様」
「なんだね?」
「用途をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「用途?」
「はい。マッチを大量に購入される理由です。転売目的でしょうか?それとも、何か特殊な用途が?」
商人は目を丸くした。
「いや、別に。買おうと思っただけだが」
「では、質問を変えます」
エルザは一歩踏み出した。
「お客様は、マッチを使いますか?」
「……いや、使わんな」
「ですよね!」
エルザは勢いよく頷いた。
「私もそう思うんです!今どきライターもあるのに、なぜマッチを買うのか、ずっと疑問だったんですよ!」
「いや、君が売っているんだろう?」
「売っていますが、需要がない商品を需要があるかのように売りつけるのは、私の信条に反します!」
商人は口を開けたまま固まった。
エルザはさらに続けた。
「そもそも、お客様が使わない商品を大量に買うなんて不自然です。もしかして、私を哀れんで買おうとしてくれたのではありませんか?」
「まあ……少しは」
「お気持ちはありがたいです。でも、それでは継続的な売り上げにつながりません!」
商人は頭を抱えた。
この少女、なぜこんなにも商売に厳しいのだ。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「簡単です」
エルザは胸を張った。
「商品を変えます!」
「……商品を?」
「はい!マッチの需要がないなら、需要のあるものを売ればいいんです!」
商人は、ゆっくりと頷いた。
「なるほど……」
「まず、私に温かいスープを一杯ください」
「なぜだ?」
「寒いからです!」
商人は、とうとう笑い出した。
それから彼は近くの屋台でスープを買い、エルザに渡した。
少女は両手で器を包み、湯気を吸い込む。
「はあ……生き返る……」
「それで、マッチはどうするんだ?」
「家に持って帰ります」
「売らないのか?」
「売れないものを売ろうとするのは時間の無駄です。明日は市場調査をします。ライターの価格、火打ち石の需要、暖炉を使う家庭の割合。そこから販売戦略を立てます」
「君、本当に何歳なんだ?」
「十二歳です」
「十二歳……」
商人は遠い目をした。
目の前の少女は、どう見ても十二歳の子供の考えには思えない。
エルザはスープを飲み干すと、空の器を返した。
「ごちそうさまでした。ところで、お客様」
「まだ何かあるのか?」
「はい。商売に興味がおありでしたら、私を雇いませんか?」
「……マッチ売りの少女を?」
「いいえ。マッチを売るのは今日で辞めます」
エルザは、きっぱりと言った。
「明日からは、売れる商品を売ります!」
こうして、童話史上最も現実的なマッチ売りの少女は、マッチを一本も売らずに初日の営業を終えた。
ただし、その夜家に帰ったエルザは父親にこっぴどく叱られた。
「なぜマッチを売ってこなかった!」
「需要がないからです」
「言い訳をするな!」
「では、お父さん。質問です」
「なんだ!」
「お父さんは、今どきライターがあるのに、なぜマッチを売ろうと思ったんですか?」
「そ、それは……昔からマッチを売っているからだ!」
「なるほど」
エルザは深く頷いた。
「つまり、時代の変化に対応できない経営者ということですね」
「誰が経営者失格だ!」
「では、明日はお父さんも一緒に街頭販売しましょう」
「おう!望むところだ!」
「商品はマッチです」
「……は?」
「お父さんが、マッチには需要があると証明してください。私は隣で販売データを取ります」
「お前が売れ!」
「私は市場調査担当ですので」
「お前の仕事だろうが!」
エルザは、にっこり笑った。
「大丈夫ですよ、お父さん」
「な、何がだ?」
「売れなかった場合の改善策は、もう考えてあります」
「おお!」
「マッチをやめて、ライターを仕入れましょう」
「最初からそうしろおおおおおっ!」
雪の降る夜、父親の絶叫が、街角まで響き渡った。
そしてエルザは思った。
この家の最大の問題は、マッチの需要ではない。
経営者の頭の中が、何十年も前から更新されていないことだった。
明日からの転職活動が、今から楽しみである。
もちろん、履歴書にはこう書くつもりだ。
職歴:マッチ販売。
実績:需要のない市場からの撤退判断。
……案外、どこかの商会が雇ってくれるかもしれない。




