水面の理論
東訓練所、第三演習場。
朝の霧がまだ薄く残る中、十五名ほどの訓練兵が整列していた。
その中に俺とレオルもいる。
「本日は小隊戦闘訓練だ!」
教官バルドの怒声が響く。
「三人一組。実戦想定。油断した組から脱落だ」
ざわつく空気。
レオルが肩を回す。
「よし、グレイス。組むか」
「勝手に決めるな」
「もう決まりだろ?」
その時だった。
「ちょっと待ちなさい」
澄んだ声。
振り向く。
淡い水色の髪が朝日に揺れる。
背筋の伸びた少女。
蒼い瞳がまっすぐこちらを見る。
「あなたたち、理論を理解して動けるの?」
第一印象。
感じが悪い。
レオルが苦笑する。
「お、座学女王」
「その呼び方やめなさい」
彼女は俺を見る。
一瞬、視線が氷刃の残滓を捉える。
「氷属性……中央出身。あなたがグレイス?」
「そうだ」
「効率は悪いけど、構成は悪くないわね」
上からだ。
だが目は本気だ。
「リシェル・アクアリス。水属性。あなたたちと組むわ」
勝手に決めた。
レオルが小声で言う。
「強制加入だな」
⸻
演習開始。
敵役の上級訓練兵が突撃してくる。
「左から来る!」
レオルが叫ぶ。
速い。
風が地面を削る。
俺は氷刃を生成。
だが背後から衝撃。
対応が遅れた。
「遅い!」
水が弧を描く。
鞭のようにしなり、敵役の足を払う。
精密。
だが威力は低い。
決定打にならない。
「連携しなさい!」
リシェルが怒鳴る。
「風で軌道をずらして、氷で固定!水で制圧!」
理論は完璧だ。
動きが追いつかない。
俺とレオルは顔を見合わせる。
「やるぞ」
「ああ」
風が吹く。
敵の体勢が崩れる。
その瞬間、氷が足元を凍らせる。
リシェルの水が上から叩きつける。
転倒。
制圧。
「……できた」
息が荒い。
レオルが笑う。
「おー、三人揃えば形になるな」
リシェルはそっぽを向く。
「当然よ。理論通りだもの」
だが耳が赤い。
⸻
休憩時間。
三人で木陰に座る。
周囲の訓練兵たちがちらちら見る。
中央の孤児。
風の問題児。
座学女王。
妙な組み合わせだ。
「実戦じゃあんなに上手くいかねぇぞ」
レオルが言う。
「分かってるわ」
リシェルは真面目な顔になる。
「だから訓練するのよ」
俺は言う。
「強くなればいい」
シンプルだ。
リシェルが一瞬だけ俺を見る。
「……単純」
「悪いか」
「別に」
沈黙。
風が吹く。
水がきらめく。
氷が静かに溶ける。
十五人の中で、俺たちはまだ目立たない。
だが確実に、三つの属性が噛み合い始めている。
それは小さな波紋。
やがて大きな流れになる。
まだ誰も知らない。
この三人の時間が、永遠ではないことを。




