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紅炎戦記  作者: えみり
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魔法のない朝

数年後


王都東区。


小さな校舎。


黒板に白い文字が並ぶ。


「魔法史概論」


教壇に立つのはリシェル。


肩下の淡い水色の髪。


蒼い瞳。


魔力は感じない。


でも声はよく通る。


「いい? 三覚醒時代は“力”が中心だった。でもそれは未完成な社会構造だったの」


生徒たちが真剣に聞いている。


彼女は一度死にかけた。


王の魔力に吹き飛ばされ、重傷。


数日間意識不明。


目を覚ましたとき、


世界から魔法は消えていた。


最初は泣いた。


少しだけ。


でも、すぐに立ち上がった。


魔法教師志望。


それは変わらない。


魔法はなくなった。


でも“魔法をどう扱うべきだったか”は、


次の世代に伝えられる。


授業が終わる。


子供が聞く。


「先生は覚醒してたんですか?」


リシェルは少しだけ笑う。


「ええ。第一覚醒止まりだったけどね」


誇りも未練もない。


ただ事実。


そして小さく付け足す。


「でも、それで十分だったわ」


放課後。


校舎の外。


丘の上。


二人が待っている。


グレイスとセラフィナ。


リシェルが手を振る。


「遅い!」


「仕事だ」


「教師は忙しいの」


三人並んで歩く。


魔力はない。


共鳴もしない。


でも距離は昔より近い。


リシェルは二人を見る。


穏やかな目。


もう痛みはない。


あの時、少し諦めた。


でも完全には捨てていない。


それでいい。


今は三人で笑える。


それが答え。



春。


王都外れの小さな墓地。


石造りの簡素な墓標。


そこに刻まれた名前。


レオル・ヴァルカ


風はただの風。


もう魔力はない。


グレイスが静かに立っている。


隣にセラフィナ。


少し後ろにリシェル。


三人で来るのが、いつの間にか当たり前になった。


グレイスがしゃがみ、墓前の雑草を抜く。


無言。


しばらくして、ぽつりと。


「……終わった」


報告のように。


セラフィナが花を供える。


「強かったよ、あんた」


少しだけ笑う。


リシェルは空を見る。


「あなたがいなかったら、あそこまで行けなかったわ」


風が吹く。


グレイスが小さく息を吐く。


「あの時さ」


視線は墓標。


「追いつけなかった」


正直な言葉。


「でも今は、並んで歩けてる気がする」


静かに。


墓標は答えない。


でも風が優しく揺れる。


グレイスが立ち上がる。


「また来る」


三人は墓地を後にする。


背中は軽い。


背負ってはいない。


共にいる。


それだけ。



小さな家。


王都の外れ。


畑があり、木の柵があり、洗濯物が揺れている。


セラフィナは袖をまくり、水桶を運ぶ。


もう黒紅はない。


銀髪はそのまま。


瞳は真紅のまま。


でも発光はしない。


ただの色。


グレイスは木材を削っている。


傷は残っている。


氷輪はない。


手のひらから氷刃も出ない。


でも手は硬い。


働く手だ。


「重い」


セラフィナが少しだけむっとする。


グレイスが無言で桶を受け取る。


「……ありがとう」


小さい声。


セラフィナが少し照れる。


昔なら言わなかった。


今は言える。


遠くで子供たちが走っている。


笑っている。


誰も空を恐れない。


誰も覚醒を望まない。


力が人生を決める時代は終わった。


守るために戦う必要もない。


守る方法は、別にある。


手で作る。


言葉で伝える。


支え合う。


時間はかかる。


でも壊れない。



夕方。


二人が並んで丘に座る。


王都が見える。


煙は上がっていない。


ただ、生活の煙だけ。


セラフィナがぽつりと呟く。


「寂しくない?」


少しだけ。


強かった日々。


並んで戦った記憶。


グレイスは少し考えてから答える。


「……少しだけ」


正直。


セラフィナが笑う。


「私も」


沈黙。


でも重くない。


セラフィナがそっと手を伸ばす。


グレイスの手に触れる。


今は何も起きない。


共鳴もしない。


発光もしない。


でも。


温かい。


セラフィナが小さく言う。


「好き」


今度は戦場じゃない。


命が削れる状況でもない。


ただの夕暮れ。


グレイスは少しだけ視線を逸らし、


それでもちゃんと答える。


「俺も」


風が吹く。


魔法のない風。


空は静か。


世界は静か。


強者もいない。


王もいない。


覚醒もない。


ただ、人がいる。


選択した二人がいる。


魔法の時代は終わった。


でも物語は終わらない。


力ではなく、


生き方で続いていく。


――完――

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