風と氷
「お前が中央の氷坊主か?」
背後から声が飛んできた。
訓練場の朝は早い。
まだ日が昇りきっていない。
振り返ると、少年が一人、肩に木剣を担いで立っていた。
茶色がかった髪。
無駄に爽やかな笑み。
「噂より細いな」
第一印象、うるさい。
「……誰だ」
「冷てぇなぁ。仲良くしようぜ」
軽く笑いながら、俺の前に立つ。
「レオル・ヴァルカ。風属性。ここじゃまあまあやれる方」
自信満々だ。
嫌味じゃない。
本気でそう思っている顔だ。
「グレイスだ」
「姓は?」
「ない」
一瞬だけ、レオルの表情が変わる。
だがすぐに戻る。
「そっか」
それ以上は聞かない。
気を遣ったわけじゃない。
自然に踏み込まない距離を取った。
それが、少し意外だった。
⸻
「おーい中央!」
教官バルドの怒鳴り声。
「走れ!」
合図と同時に駆け出す。
横を見ると、レオルが並んでいる。
「昨日ボコられてたな」
「見てたのか」
「目立ってたぜ。悪い意味で」
軽口。
だが息は乱れていない。
速い。
風が足元でわずかに揺れている。
魔力補助か。
ずるい。
「使うなよ」
俺が言うと、レオルは笑う。
「訓練中は使わねぇよ。バルドに殺される」
その瞬間、背後から衝撃。
二人まとめて地面に転がる。
「私語する余裕があるのか!」
バルドの蹴りだ。
最悪だ。
⸻
午前の模擬戦。
俺の相手はレオルだった。
「手加減しねぇぞ?」
「するな」
開始。
風が走る。
速い。
氷刃を出すが、かすらない。
横から打撃。
辛うじて防ぐ。
「お前、氷は綺麗なんだよな」
余裕の声。
「でも遅い」
踏み込み。
回転。
背後を取られる。
首元に木剣。
負けだ。
「……くそ」
息が荒れる。
レオルは木剣を肩に担ぐ。
「まあ、今は俺の勝ちだな」
悔しい。
だが、嫌じゃない。
圧倒的ではない。
届きそうな差。
それが、腹立たしい。
⸻
休憩中。
レオルは地面に寝転がる。
「家族がいるんだ」
唐突だった。
「母さんと妹二人。だからさ、早く兵にならねぇと」
軽い声。
だが目は真剣だ。
「死ぬ気はないけど、死ぬ覚悟はある」
風が少しだけ揺れる。
「お前は?」
「……強くなる」
「理由は?」
「立つためだ」
自分の足で。
誰の後ろでもない場所に。
レオルはしばらく黙って、それから笑った。
「いいじゃん。じゃあ競争な」
手を差し出す。
俺は少しだけ迷って、握る。
温かい。
「次は負けねぇ」
「望むところ」
風が吹く。
氷が震える。
訓練所の空に、二つの未熟な力が並ぶ。
まだ小さい。
だが確実に、同じ高さで。
これが始まりだった。




