揺らぐ炎
夜。
王都・訓練所裏の高台。
風は弱く、空は澄んでいる。
セラフィナは一人で立っていた。
掌に小さな炎を灯す。
半分。
いつもの重さ。
いつもの密度。
――のはず。
(でも)
今日の戦い。
あの瞬間。
グレイスが隣に立った瞬間。
炎の奥が、確かに“戻った”。
深く。
重く。
懐かしい温度。
「……気のせいじゃない」
炎を強める。
出力は上がらない。
封印はそのまま。
それでも。
胸の奥に残る感覚。
距離。
そう、距離だ。
今日、一瞬だけ離れた。
その時、炎が軽くなった。
隣に戻った瞬間、重くなった。
偶然?
違う。
戦場で偶然は死に直結する。
もう一度、記憶を辿る。
ゼノ戦。
殺されかけたあの瞬間。
氷の世界。
時間が止まったような感覚。
自分の炎が、呼応した。
あれも、距離は――
近かった。
「……まさか」
小さく呟く。
ありえない。
自分は単独で最強だった。
誰にも依存しなかった。
誰も必要としなかった。
なのに。
「彼がいないと、戻らない……?」
言葉にした瞬間、胸がざわつく。
否定したい。
それは弱さだ。
依存だ。
最強が持つべきではない。
炎が一瞬だけ揺らぐ。
不安定。
(違う)
(これは戦術的相性)
(属性干渉の問題)
必死に理屈を並べる。
だが。
思い出す。
広場で他の女兵と話していた時。
胸が焼けるように熱かった。
あれは戦術ではない。
訓練場で顔が近づいた時。
鼓動が速くなった。
あれも戦術ではない。
炎が、ふっと弱まる。
「……感情で、揺れてる?」
その仮説に辿り着いた瞬間。
一番触れたくなかった場所に触れる。
感情が乱れると、不安定になる。
もし逆なら?
感情が“整えば”。
「安定する……?」
静かな夜。
胸に手を当てる。
鼓動は少し速い。
彼のことを考えると、速い。
並んで戦う姿を思い出す。
隣に立った瞬間の安心感。
炎が、わずかに強まる。
深く。
柔らかく。
「……何よ、それ」
苦笑する。
世界最強。
第三覚醒到達者。
それが。
一人の少年の存在で揺らぐ。
情けない。
けれど。
嫌ではない。
炎を消す。
夜空を見上げる。
「私は……弱くなったのかしら」
答えは出ない。
ただひとつ確かなのは。
あの感覚は偶然ではない。
そして。
彼が隣にいる時。
炎は、怖くない。
その事実だけが、静かに胸に残る。
遠くで雷が小さく鳴る。
嵐は近い。
だが今はまだ。
炎は揺れながらも、消えてはいない。




